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きつねとたぬき

古の竜が眠る町――

三百年の昔、大陸を蹂躙したという竜が眠るとされる御伽噺と、そしてその竜の眠りを守る竜守りが残る、町。


災いを招く竜は眠り続ける。

それは人々の幸せを願い、守り続ける為ではなく……その全てを破壊させぬように竜守によって眠らせ続けられているのだ。


「いや、ないデショ」


 あたしはくらくらとする頭を支えるように額に手をあて、もう片方の手を力なくひらひらと動かしてみた。

おばさん臭いと言ってくれて構いません。

自分でもそう思うから。


「人違い、じゃない? あたしは……極普通の一般人なんデスガ」


――竜を目覚めさせてしまえる人だから。


って、あたしいつからそんなことができるようになったのでしょうか。

物凄い田舎町に産まれた極普通の人ですよ。

ああ、いえ訂正します。

ただの根暗な人です。

くっらい青春です。

爽やか人間が持っている青春という言葉じたいがありませんでしたよ。

極普通の一般人なんて付けたら本当の極普通の方が憤慨してしまいますよね、すみません。


ともすれば現実逃避でおかしなことを考え始めてしまう思考をなんとか軌道修正しつつ、あたしはぺしぺしと自分の頬を叩いた。

そもそも、竜なんてそんな途方も無い生き物をどうやったら目覚めさせられると言うのか?

 確かに仕事のおかげか最近ちょっと腕力とか握力とかついてきた気も致しますが、竜なんてそんな強大なものを目覚めさせるような破壊力なんて到底持ち合わせている訳ではありません。

まさか竜を起こすのに「起きろー」と声を張り上げるとかではないだろうと思われます。

 町の大声コンテストなんてものがあったとしたって、きっとあたしは参加賞とかがんばったで賞くらいしか貰えない自信があるし。

完全に頭の中が煮えたあたしの動揺を前に、相変わらずトップハットをくるくると手の中で弄びながら魔法使いは微笑んだ。


「君が君だから、だよ」

 どう返して良いのか判らずに、あたしの口は無為にぱくぱくと動き、やたらと乾きを感じていた。

「なんだ、思い出してくれた訳ではないんだね。別に思い出さなくてもいいけれど――ちょっと、残念」

 へらりと言う口調は相変わらず。

あたしはぐちゃぐちゃになってしまった頭を抱えたまま、なんとかからからに渇いて張り付いてしまった舌を動かして音を吐き出した。


「竜って……起こしちゃ、まずい、のよね?」

 戸惑いが言葉を細切れにしてしまう。

自分でもそんな喋り方をしたい訳ではないというのに、あたしは幾度も言葉を詰まらせた。

最近になって読んだ竜の物語。

町の人たちの反応。

竜を目覚めさせられる人間ってだけで、町の人たちに嫌われること確定な気が致します。


「まずいと言われているけれど、実際起こした人はいないから。もしかしたら何も起こらないかもしれないし」

 面前の青年はほんの少し言葉をにごらせ、眉間に皺を寄せた。

「畏れられている通り、三百年前のように辺りを蹂躙するような破壊活動に走るかもしれない。まぁ、そうならないようにぼくみたいな人間がいる訳だから」

 なんだかやたらと簡単なことのように言う相手に力づけられ、あたしはぎこちなく微笑んだ。

「あ、もしかして実は竜を目覚めさせられる人っていうのは、結構普通にいたりするのかしら?」

「いるよ」


 そのあっさりとした返答に、あたしの肩の力がゆるりと抜けた。

なんだ、やけに重々しく捉えてしまったけれど、結構簡単なことなのだ。

まったく驚かせてくれる。

あたしはやっと大きく酸素を取り入れ、胸元が激しく動くのを右手を押し当てるように確認しながら相手をねめつけた。

 ここは一つ罵倒の一つや二つ――


「竜守が死ねば竜の力が膨れ上がって竜峰の氷が溶け出す。そうすれば二週間足らずで竜は目を覚ます――ぼくを殺すことができれば誰にでも竜を目覚めさせることができる。結構単純」

「……」

「でも、竜守が死んだら途端に国は次の竜守を作り出す。竜を封じ続けることはこの国にとって大事な事柄で、最も下らないことなんだよ。まぁ、ぼくが竜守にさせられた時はまだ先代が生きていたから、継承の仕方は違うけど」


 どこかなげやりな口調で肩をすくめる相手を前に、あたしは耳にどくどくと脈打つ熱と血とを感じた。

「でも、君はぼくを殺すまでもない。竜を目覚めさせたいのであれば……」

 細めた瞳で、まるで聖なる言葉を紡ぐように。


「ねぇ、リトル・リィ――君は望むかい?」


 とんっと指先で弾かれたトップハットはそのままやけにゆっくりとした動作でくるくると回り、なんの脈絡もなく宙空で忽然と消えた。

 シンと満ちた静けさの中で、白手に包まれた手が差し向けられる。


「君が望むなら、ぼくはこの国を滅ぼすことも厭わない」


 ゾクゾクと背筋に旋律が走り、あたしは危うくなんだか判らない誘惑に――恐怖に、ゆっくりと首を振った。


「なに、言ってるの?」

 

国単位規模の話などあたしの許容量を破壊する。

破壊するけれど、あたしは差し出された手をぴしゃりと叩き落し、睨みつけた。

「あたしがそんなことを望むと思って記憶を消した訳?」

相手の言葉に翻弄されてしまう自分を叱責する。元を正せば話はココに集約する。


あたしの、記憶。

 

「違うよ。それを利用しようとする人がいるかもしれないだろう?」

 くすりと笑みをこぼし、わざとらしく叩き落とされた手をもう片方の手で撫でる。

「実際に世の中には竜を起こそうとしている人たちがいる。現状に不満を抱え、竜を解き放とうと考える人が。そういう人達と、竜守の名を知りぼくという存在を記憶している君とが接触することは――あまり楽しい結果を産み落としはしなかったろうね」

 伏せた瞳がすっとあがり、その眼差しが楽しそうにあたしを見上げる。


「だから君の中からぼくという存在を消し去った。君はぼくになど出会わなければ良かったんだ。ぼくとかかわりあうことで、君の運命は変わってしまう――」

悲しげな微笑がただあたしを捕らえ、

「遠く離れた場所で、君が幸せになれることを祈ったこともある。きっと誰よりも幸せでいてくれるようにと」


真摯に落とされる言葉は一定の穏やかさであたしの中にせつせつと落とされる。

許しを求めるでもなく、ただ淡々と。粛々と。

厳格な青年の口調で。

まるで、何かの呪文のようにあたしの心にゆっくりと降り積もる。


「でも、君は再びぼくの前に来てくれた」

 ドクンっと心臓がはぜた。


困ったように瞳の色を変えて、面前の男は苦笑する。

再会は自分としても不本意であったかのように。

「一週間だけ我慢したけど」

もう一度差し伸べられた手を、

「無理だったよ」


――だって、どうしようもないくらい君が好きなんだ。


そんなことで誤魔化されたりしない!

そう怒鳴ってやりたいのに、結局その手を振りほどくことができないのは、どうしようもないくらい……


「もう、会わないつもりだったの?」

「――ほんの少しだけ信じてたよ? 記憶を奪う時、君は怒りながら言っていたから。絶対に又会いに来るって。お嫁さんにしてもらうって」


 指と指をからめて、額と額が触れて、

「随分と贅沢な夢だったけど。ねぇ、もっと欲張りになっていい?」

だから、あたしは怒ってるのに。


「君の世界にぼくは本当は必要ないんだ」

  

囁き、落とされる言葉に触れながら、あたしは泣きたいようなつんっとこみ上げるものに目を伏せた。


「ごめんね」


――何でもできる魔法使い。

あなたはあたしの心すら操るのではないの?

怒っているのに。

騙されたりしないと思っているのに。


あたしの心は砂糖菓子のように崩れてしまう。


***


「殺せ」

 あっさりとした命令。

そして命じられた言葉の通りに控えていた騎士達はするりと腰の剣を構えた。

「陛下っ」

「言った筈だな。

不満があればあやつを殺せ――できぬのであればお前が死ね」


冷たく言い放ち、全ては終わったというように席を立つ男の背後、神殿官ユリクスは胸元に手を当てて一礼した。

「差し出がましいこととは存じ上げておりますが」

「判っているのであれば口を挟むな」

「命はもう少し尊きものに存じます」

「尊んでいるさ。一万の命を救う為に百人の命を犠牲にする――それがこの国の正体ではないか! 

決して逃れることの出来ぬ負の遺産を押し付けられ、延々と同じことを繰り返す。幾人の魔法使いを作り上げ、幾人の人間を殺し、そうして果てに何がある!」

その声音は太く、低く怒りを内包するかのように発せられてはいるものの、その瞳はやけに平然とユリクスを見返してくる。


「何もありはしない」


達観か、諦めか。

ユリクスは胸元に当てた指先で自らのシャツをくしゃりと掴み、瞳を伏せた。

「いっそ竜など目覚めてしまえばいい」

「陛下……」

「三百年前にこの地位にいた男が面前にいれば、わしはこの腰の太刀を引き抜き突きつけてやる」

 まるでユリクスこそがその相手であるというように、その鋭き眼光をぴたりとユリクスへと向け、そして自らの腰に佩いた太刀をするりと抜き去り突きつける。


「そのそっ首叩き切ってくれる、この愚か者!」


 低い威圧的な怒号を真正面から受け止め、ユリクスは小さく息をついた。

「リドリー・ナフサートをご存知ですね」

「それがどうした」

 興をそがれたとでもいうように鼻を鳴らし、抜き身の剣を鞘へと戻してユリクスを睨みつけた。

「彼女は毒となりましょう。如何なさるおつもりです」

 ユリクスの言葉に相手の瞳が楽しげに揺らめき、口元に笑みを刻みつけた。


「さすがは先代に逆ろうた男は言うことが違う。当代すらも敵にするか」

意地の悪い物言いにユリクスは微笑した。


「いいえ。私が敵にしているのは貴方様でございます。陛下」

「ほぉ?」

「二度、貴方様はあの娘を殺し損ねた」

 淡々と言うユリクスの言葉に、相手が興味をそそられた様子で瞳を細める。


「不満があれば殺せ――できぬのであれば、というのはどなた様のお言葉でしたか」

 ユリクスの唇からこぼれる物騒な言葉に、相手は豪快に大笑した。

「危うい綱渡りは身を滅ぼすぞ、神殿官」

「やがて落ちる綱ならば、自らの意図するその時に落ちてみせましょう」

 ゆったりとした口調で笑みを浮かべる相手に、この国の主はやがて目にかかる白髪をかきあげて舌打ちした。

「おまえみたいなのが百年生きるんだ」

「褒め言葉として頂戴いたしましょう」


「小娘を連れて参れ」


 くるりと身を翻し、小さく命じつけられた言葉にユリクスはうやうやしく一礼したが、相手の男は何かが釈然としないというように歩み始めた足を一旦止め、底意地の悪い笑みをユリクスへともう一度向けた。


「おまえの馬鹿婿は先日パンを食べて顎を外したと聞いたぞ。大丈夫なのか?」

「それは貴方様の阿呆甥のことでいらっしゃいますか?」








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