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報復と幸福

「神殿に居るのも居心地が悪いですからぁ、ルティの家に参りませんかぁ?」

 神殿だろうとユリクス様の屋敷だろうとあまり大差は無いけれど、まぁアレの縄張りよりはマシだろうと同意したのだけれど、

「よく考えてみれば、さっさと帰っていいんじゃ……」

 確か神殿から帰れる筈!

というあたしの訴えは、にこやか笑顔のルティアに却下された。食い下がってはみたものの、あたしの訴えなどルティアはものともしなかった。

 もしかしてルティアって最強かもしれない。


だが、生憎と最強ルティアの思う通りにはならなかったが。


 神殿の庭を横切り、アマリージェ達とばったりと廊下で再会を果たすと、アマリージェは強張る表情でいきなりがばりと頭を下げた。


「ごめんなさい!」

何がですか?

予想外の動きに、あたしは思わずびびってしまった。

ご存知かもしれませんが、小心者なのであまり激しいリアクションには許容量一杯一杯になってしまいますよ。


「な、何が?」

 むしろあたしが心配かけたと詫びるべきではないだろうか?

本気で動揺してしまったあたしだが、アマリージェと共にいるアジス君すらなんだか表情が硬い。


「わたくしが舟遊びなど提案した為にリドリーを危険な目にあわせました」

「違うだろ。俺が一緒にいたのに、きちんと護れなかったのがっ」

 慌てて言葉を重ねるアジス君に、あたしは顔をしかめてちらりとルティアを見てしまった。

 なんだろうね、これは。


 原因なんてあたしが一番知っている。

誰が悪いのか?

――そりゃもちろん、あたしだ。

 あたしですよ。完全に。

あたしのしでかしたことが引き金だから、当然、彼らの誰かが悪いなんて事実は存在しない。

 あたしは深く溜息を吐き出した。


 今回の一件の根本原因はあたしだ。

それに対して何故にこの人たちときたら自分が悪いなどと言うのだろう。

あたしは両手を伸ばしてルティアとアジス君とを一緒にぎゅうっと抱きしめた。

「心配かけてごめんね。ありがとう」

「リドリー……」

「誰が悪いなんていったら原因はあたしにあるから、あたしが悪い」

 あの人だって――未だに名前も思い出せないマーヴェルの友人にしたって、悪気とか悪意でああした訳じゃ、きっとない。

 家出したあたしが目の前に現れたものだから、強行な手段に出てしまっただけ。マーヴェルの友人としてそうしてしまっただけ。

 逆の立場であたしが家出した知り合いを見かけたら、少なくとも声くらいはかけたろう。決して担ぎ上げて誘拐しようとはしませんけどね。


それはともかく――悪い人がいるとすれば、

「それに、他に悪い人がいるとすれば、それはエルディバルトさんだけだから!」

 あたしはぐぐぐっと二人を抱きしめたまま力強く言い切った。


「え?」

「は?」

「あら?」


 という三人の小さな声が同時にその場に響いたが、あたしは二人から体を引き剥がし、ぐぐぐっと拳を握りこんだ。

 ルティアには悪いけれど、あたしはエルディバルトさんへと報復すると誓った自分を忘れてはいない。


 さんざ馬鹿女だといわれまくり、挙句運河に叩き落された恨みは早々忘れられるものではないのですよ。

 更に言えば、エルディバルトさんのルティアへの仕打ち許すまじ!

馬鹿な娘が好きだと?

ルティアの名前も覚えられなかった人間の言うことですか。

心優しいルティアが許しているからといっても、ルティアの友人として絶対に許してなるものか!


 さぁどのように報復してやろうか。

あたしは現在人生で一番黒い自分を自覚している。


「エルが何かしたの?」

あたしは悪役よろしく「ふふふ」と鼻を鳴らしながら、口に笑みを刻んだ。

「さんざ馬鹿女馬鹿女呼ばわりされた挙句、泳げないのに運河に叩き落された恨みは絶対それ相応に思い知らせてさしあげましょうとも!」


 今まで人間関係がうっすい人生でしたので、実は嫌がらせをするだのしないだのという事柄はあたしには存在していなかった。

 子供の頃に自分の持ち物が無くなったりとかはたびたびあったけれど、あれはきっとお手伝いさんのうっかりだろうし。

 お父さんは泥棒だの何だのってぴりぴりしていたけれど、子供のリボンだの靴だの下着だの盗む泥棒など普通に考えている訳がない。

 お手伝いさんのうっかり、もしくは近所の犬の収集物になったに違いない。

それはともかく、果たしてエルディバルトさんの報復は実際どうすればよいだろう。靴の中に画鋲いれたり……持ち物を隠したり?


 女子学生ではあるまいし、なんだかちっとも打撃にならない気が――

こういったスキルはあまり持ち合わせていないのが残念でなりません。

むしろエルディバルトさんの前でルティアといちゃいちゃして見せ付けるとか。

それを言うならアレといちゃいちゃしたほうが打撃か? でもそれって自分にも打撃になりそうじゃありませんか? 

 そこまで身を切るのはちょっと……


「馬鹿女……」


 ぼそりと落ちた言葉に、あたしは真っ黒い考えから浮上し「そうなのよ!」と勢いをつけて顔をあげ、自分がすでに思いがけず報復の為の狼煙をあげていたことに気づいた。


「叩き落す……」


 その場にいたアジス君とアマリージェは完全に停止して微妙に引きつり、何故かルティアは必死に笑いを堪えるようにし自分の口元を可愛らしく片手で押さえ、そして――忠犬エルディバルトさんの唯一絶対の主様は微妙な笑みを浮かべてそこに立っていた。

 なんだってこんなに神出鬼没なのでしょうと思いはしたが、どうやら今回は歩いて来たようでその後ろにはしっかりと問題の人もいたりして、あたしは思わず喉の奥で呻いた。


「エル」


 響いた言葉に、エルディバルトさんはびしりと背筋を伸ばして「はいっ」と返事をした。

 それはそれは素晴らしい程の勢いで長靴(ちょうか)を打ち鳴らし。

「三月程顔を出さなくてよろしい。蟄居」

 主の言葉に、途端に忠犬は哀れな程の声をあげた。


「公っ、公それは駄目です。いけません。御身の警護はどうなりますかっ。公っ」

 というかイヤです。

と慌てて吐き出された言葉が一番の本音っぽい。

「まったく全然必要なし」

 完全に犬を追い払うしぐさで手をふり、彼のご主人様はにっこりと微笑んでエルディバルトさんに止めを刺した。


「消えてよし」


 がっくりとうなだれるその様子はあまりにも哀れだった。

そう、それは飼い主に捨てられたわんこそのもの。そして捨てられたわんこを更に主は足蹴にするように言葉を足した。

「リトル・リィ。何か他にエルディバルトにやりたいなら何してもいいよ? 運河に落そうか? いっそ海峡を横断しろって言ってみる? 体力はあるよ。それとも一人牛追い祭りとかやらせてみようか? 一晩パントマイム?」


 おまえは鬼か。


 ちょっとの間、確かにあたしは真っ黒い心で報復をどうしようと悩んだものですが、誰が命にかかわりそうな報復などしようものか。

 一晩パントマイム?

それ誰が得をするの?


 それよりも手を伸ばすな。

何であたしを引き寄せようとする。公共の面前での痴漢行為は警備隊に突き出しますよっ。

あたしはじりじりと逃れようとしたが、いつの間にかべったりと張り付かれてぎゅうっと腰に手が回された。


「えっと……そこまでしなくていいわよ。それに、護衛とかって必要なんでしょ?」

 あたしは体を突っぱねるようにしながら、当面の問題と向き合っていたが、首筋に顔をうずめた変態は他人様などものともしない。

「まったくいらない」

 だから、その相手の人生を完全否定いるようなこと言うのやめてやってよ。

それに、ほら。あんたがあたしに張り付いているからエルディバルトさんが苛々してるし。


 これもある種の報復活動っぽいけど、なんかもう頼むから匂いはかがないで。

あたしは慌ててルティアを見たが――それはただ後悔だけを誘うものだった。


 ルティアは心から幸せそうにうっとりと、捨てられた犬状態の自分の愛しい人を見つめながら呟いた。

「エディ様かわいぃぃ」

 エルディバルトさんのルティアに対する扱いが非道だと憤ったあたしだが、もしかしてそれは間違いかもしれない。

「海峡横断とか素晴らしいですわぁ」

 いや、だからそこまでやったら死ぬからね?

どれだけ体力ある人だって無茶ですからね?

ルティアのエルディバルトさんへの扱いも十分酷くないですか?


「せめて地下牢くらいにしてあげて、ね?」

 思わずあたしがぽろりと言うと、ルティアは不満そうに「それはあきましたー」と唇を尖らせた。

……そりゃ、飽きるだろうね。

必要以上に入れていたし、眺めておりましたしね。


「リトル・リィが望むとおりにしてあげるよ?」


 耳元で小さな笑みとともに落とされる言葉に、あたしはちらりとエルディバルトさんを見て、もうすでに十分打撃を受けているのを感じた。

「蟄居とか大げさなことしなくていいから」

 蟄居って、詳しくは知らないけれど騎士とか貴族にはきっと厳しい罰則だろう。何より、ご主人様至上主義のエルディバルトさんがご主人様と会えないのはものすっごく辛いだろう。


 あたしは寛大な心でもって言った。


「その髭そり落とすくらいでいいわよ?」


 トレードマークの口髭をばっちりとそり落としてやるというのはどうだろう。

なんだか毎日きちんと手入れをしていそうだし、もしかしてとっても落ち込ますことができるかもしれない。

 我ながらものすっごい譲歩だと思ったのに、エルディバルトさんは激しく憎しみの篭った目でギンっとあたしを睨み、ルティアは一層楽しそうに笑いを堪えていた。

どうやら……髭の騎士にとってその髭はものすっごい大事なものだったようです。


 なんか更に嫌われましたか、あたし?


……どうでもいいですけどね。

ええ、本当に。

それより問題なのは、

「いい加減はなせぇっ」

「だってぼくは今すんごい傷心なんだよ、リトル・リィ!」

 心底悲しそうに声のトーンを落として言われ、あたしは同情心から力を緩めた。

「なに、何かあったの?」

 あたしを引き寄せていた手を緩め、正面から顔を合わせて神官長の衣装の麗人は鼻をすすりあげるように悲しげに言った。

 傷心という言葉の通り、物凄くせつなそうに。


「リトル・リィの使った後のお風呂の残り湯捨てられちゃったんだよ!

すぅごく楽しみにしていたのにっ。でもぼくってば気づいたんだよ。もっといい方法があるでしょ?

ってことで一緒にお風呂に入ろうっ」


「お断りです!」


 護衛騎士が涙を流さずに泣いているので、これはこれで報復として成り立つような気がする。






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