表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
72/144

web拍手お礼小話つめつめ(6)

マイラは自分の人生の中でこれほど驚愕したことはない。

自分の孫が騎士になると騒ぎ出したことも、その孫のために領主館の姫君が教鞭をとってくれていることも驚いた。

 自分のパン屋の従業員が神官長と付き合っている(付き合ってない)のも驚いた。


だがこれ程に寿命が縮まるような驚愕を覚えたことは無い。

「やめてくださいましよっ」

悲鳴のように言うのだが、相手はさわやかに微笑を湛えた。

「いいんですよ。体を動かすのは良いことですね。とても楽しい」

「ご領主さまっ、あたしは一人で大丈夫ですったらっ」

「でも人手は足りないのですし、マリーにも言われているから」


【うさぎのパン屋】で働いている御領主様の姿に、若い娘さんの来店率五倍アップ! リピート率100パーセント。


マイラの寿命は三年マイナス。

……御領主様、ウサギのアップリケ付きエプロンがたいそうお似合いです。


***


「姫さまっ、あの建物は何だ?」

 姫様、と呼ぶ癖してアジスの口調ときたら遠慮が無い。それをいちいち諫める気もなく、アマリージェは列車の窓から見える景色に意識を向けた。

 きらきらと瞳を輝かせて好奇心いっぱいの子供は微笑ましい。

まったく子供ね!

 アマリージェは多少馬鹿にしながら言われた方向を見た。


列車は未だ走り出していない。場は聖都――これから竜公とリドリーとを迎えに行くのだ。

そもそも迎えなど必要ないし、邪魔してはいけないと思うのだが、エルディバルトが硬い表情で行くといっているので、それならばと便乗することにした。アマリージェだとて列車などはじめてなのだ。

 だがアジスの手前そんなことは絶対にいえない。

「あれは……」


何かしら?

やたら華美な建物だ。屋根も赤いし少しけばけばしい。

小首をかしげて眉をひそめたが、アジスが「何だよ、知らないのかよ?」と言ってくる。むっとして「知っているわよ!」と言い返し、けれどその建物が判らなくて、ここは適当に言いくるめてやろうと口を開きかけると、アジスはニヤリといやな笑いを浮かべた。

「娼館だよ、屋根が特徴的だろ」

「……何です?」

 得意気にアジスが言うから、アマリージェは唇を尖らせた。

「知らなかっただろ。やっぱ姫様だよなーっ」

「知っておりましたわよ!」

「ぜってー知らなかったろ」

 知っている知らないの騒ぎになり、アマリージェはぶちりと切れた。


「知ってますわよ! 娼館ですわよっ、娼館!」


大きな声で怒鳴りつけると、丁度車両の継ぎ目の扉を開いてやってきたエルディバルトと、そして彼の部下と思われる幾人かの男達がぎょっとした様子で足を止めた。


「アマリージェ……」

「なんでございます! エルディバルト様もわたくしを馬鹿になさいますのっ?」

 フーフーと肩を怒らせるアマリージェに、エルディバルトは眉間にしっかりと皺を刻みこんで言った。


「おまえだけは信じてたのに」

「どういう意味ですか!」

――ルティアは二人いらない。


***


「まったくもって度し難い!」

 アジス少年を送り届けに来たユリクスは、まるで自らの家のようにジェルドの私室で勝手にキャビネットからブランデーとグラスとを引き出し、手酌で注ぎ始めた。


「あの馬鹿婿ときたら」

「はぁ……えっと、何か食べるものでも用意しましょうか?」

 その酒は次の誕生日にでも飲もうと思っていたものだとか、おそらくユリクスには関係がないだろう。

ジェルドはちょっとだけ切なかった。

「何かつまみがあるかね?」

「あ、いいものがありますよ」

 とりあえず来てしまったものは仕方が無い。ユリクスは神殿官という役職だが、神官ではないので酒は飲むし女性も好きだ。だが神殿と王宮との板ばさみで色々と気苦労もあるだろう。

「今日私が作ったパンです!」

 いそいそとパン屋で作ったパンを差し出すと、ユリクスは狐につままれたような顔をした。

「何故パンなんだ?」

「今日はパン屋さんで働いていたので」

「……」

 ユリクスは鎮痛な溜息を吐き出し、額に手を当てた。


頭の中で二人の男が並んだ。

馬鹿婿エルディバルト。そして出世の見込みなど欠片もない地方領主ジェルド。


「世の中嘆かわしいっ――どこかに良い婿はおらんのかっ!」

「ユリクス様?」


ジェルドさん、婿候補にはなれないようです。


***


オペラグラスは便利なものだ。

アマリージェは聖都で幾度かオペラを見たことがある。ルティアが連れていってくれたのだ。だからその時に高価なオペラグラスもルティアから貰っている。

 高台に作られている領主館からは町の様子がよく見えた。

とくに【うさぎのパン屋】は角にあるし、前は開けたとおりだから良く見える。といったところで肉眼では少々難しいのだが。


「あの子供は何をしていますの!」


 パン屋の前でへらへらとしながら女性に頭を撫でられている若干十一歳を発見した。

「えっとマリー……プライバシーって言葉を知ってる?」

「未来の騎士を正しく導く為に必要なことなのですっ」

 愛らしい妹の剣幕に兄は降参するように両手をひろげ、乾いた微笑を浮かべた。


「そう、かなぁ……?」

「そうなのです!」

「そうか、うん、そうかな」


兄さま納得しちゃ駄目だ!


***


花を……花を摘んだ。

川辺にある何の変哲もない花だ。黄色い名もないような野辺の花。

ぱっと、彼女が浮かんだ。


「わっかんねぇ」

と、友人が笑う。

「ティナのほうが可愛いじゃんか」

 その言葉にムッとした。ティナは確かに可愛いけれど、リドリーが時々困ったように、どこか居心地が悪いように笑う時の可愛さは異常だ。

 皆はそれに気付かないだけだ。いや、気付かなくていい。


俺だけが知っていればいいのだから。


花をつんで、彼女の家を訪れた。

きっと喜んでくれる。彼女はこんな些細な花でもきっとはにかむように。

「リドリーっ」

声を掛ければ彼女は手元の花を一瞥して、そして、

「ティナっ、マーヴェルがお見舞いに来てくれたみたい」

「――」


そうじゃない、そうじゃない、そうじゃなくて……っっっ。


***


「毎日毎日本当に腐る程花をありがとう!」

勿論、嫌味だ。


アパートの螺旋階段で毎朝決まって魔術師がトップハットから花を引き出す。

時にはステッキのときもあるし、時には手をひらめかせる時だけのこともある。

悔しいけど、種はちっとも判らない。


さらに気になるのは、突然飛び出すハトやうさぎはいったいどこにいってしまうのか? だがそのことをまったく気にしない魔術師は、毎朝毎朝花をくれる。


「どういたしまして」


どういたしましてじゃない。

「ずっとずっと君に花を贈りたかったんだ。それでもって、それがやがては指輪にかわるんだよ!」

何が指輪だ、阿呆らしい。

そもそもずっとずっとも何も、初対面から花攻撃じゃないかこの阿呆め。

妄想大爆発なあんぽんたんを無視して、あたしはそれでも毎日毎日花を受け取る。


だって……花を貰うことは本当はとても嬉しい。

子供の頃、花といえばティナの元に届けられる花をうらやんでばかりいた。

本当はわかってる。ティナは病気なのだから、その心を和ませる為に皆が花を贈っていた。それをうらやましいなんて、意地悪だ。

 でもこの花は、あたしへの花。

魔術師がからかって贈ってるのだとしても、この花は、あたしへと贈られた花。

あたしは今日もバスケットに花を入れてパン屋に出勤しながら、その一輪を指先で弄んだ。

 たとえそれがあの変態魔術師からであろうとも、花に罪はないのだ。



……そう、花には罪はない。


*マーヴェルを書くと切なくなるのは、これはもしかして恋かしら。


***


「ユリクス様」

 御領主様の屋敷の門前で、アジスは思いつめるように顔をあげた。

「何だい?」

「明日、また聖都に行っていいですか?」

 年上の相手に対する礼儀を最近身に付け出した少年は、真面目な表情で言う。それを茶化すように、ユリクスは口元を緩めた。

「君には聖都は刺激的だったかな」

「そんなんじゃなくてっ。あの……姫様。アマリージェ様は、あちらに幾日かいるつもりなんですよね?」

「どうだろうね。明日こちらに戻るかもしれないし、幾日か泊まることになるかも知れない」

 正直に言えば、少年は更に生真面目な表情でユリクスを見上げた。


「一緒にいないと、心配だから」

それは多少の照れもなく吐き出された言葉で、ユリクスのほうが居心地が悪くなった。

思わず少年を見つめ、

「アマリージェにはルティアがついてる。ルティアはあれで結構しっかりしているんだよ。そうは見えないかもしれないけれど」

「オレ、騎士になるんだ」

ユリクスの言葉など聞かぬ気に真面目腐って言う。

「――大人になったら、姫様の騎士になるんだ。姫様をオレが守ってやるんだ」

続けられた言葉の意味に、ふっとユリクスは微笑み、


「アジス君は立派な騎士になれるよ。随分年齢が開くがうちのルティアの婿に来るか?」

――13差など気にするな!


 アルジェス、逃げとけ。


***


「はっぴー・はろうぃーん」

ルティアは三角帽子と黒いドレス。ついでに箒という姿で。そしてその隣のアマリージェは同じく黒いドレスに黒い猫の耳と尻尾とを貼り付けてリドリーの前に登場した。

「うわっ、可愛いですね!」

「ふふふ、リドリーさんも着替えましょう。魔女がよろしい? それとも狼が良いかしらー?」

 きゃいきゃいと三人娘が騒ぐ横、無骨ででかい騎士が通りかかるが、無視された。


「狼の尻尾も可愛いですわね」

「かぼちゃのランタンも持ちます?」

 着替えがすめばハロウィン娘が三人。


その横を騎士が通りかかるが、それも無視。


さすがにそれが三回も続けば、リドリーは乾いた笑いで「エルディバルトさん、構って欲しそうですよ」と促してみた。

 その言葉にルティアは満面の笑みで、次に通りかかった騎士に向かった。


「トリック・オア・トリート!」

ぱっと騎士が笑いたいのか笑いたくないのか複雑な表情を浮かべつつ、用意してあった菓子の包みをルティアに差し出した。

「お菓子はいらないので悪戯しまーす! では皆様ご機嫌よぉ」

 がしりと騎士を引っつかんでホホホと消える魔女の姿に、アマリージェとリドリーは顔を見合わせた。


「仲良しですね?」

「仲良しですわね」

アマリージェの言葉には物凄く呆れが含まれている。

「ちなみに、騎士と一緒にじぃっとこちらを見ていたあの黒い粗大ゴミもどうにかしてくださいませ」

「いや、あれは罠だから」


見えませんよ、見えませんったら!


***


 一番はじめの船はカヌーのような小さなものだった。

「自在に操れるようになったら、もう少し大きなものにしてやるよ」

父親の言葉に俄然はりきったが、生憎と結果は散々なものだった。あやつるどころか、その船は川の底に沈んだ。


「マーヴェル、大丈夫?」

そう言うリドリーのほうがちっとも大丈夫そうじゃない。

不安そうにしながら青ざめた顔で岸辺から見てくる。

「へい、き……」

言いながら開き直って泳いで岸まで戻ると、リドリーは小さく息をついた。

「ティナを乗せなくて良かった」

 ティナが乗りたがっていたのは知っている。だが、今日ティナはいなかった。まだ寝込んでいるのだ。ティナが寝込むとリドリーは家からあまり出てこない。それをやっと引っ張り出したのに、リドリーは相変わらずティナのことばかりだ。


うんざりする。


「手、貸して」

川の中から言うと、リドリーはおそるおそるというように手を伸ばして来た。もう片方の手は無駄に雑草など掴んでいたけれど、俺は水の中からリドリーの手を引っつかみ、勢いを付けてリドリーを引っ張った。


「え、ええっ?」

奇妙な声のあとに悲鳴がほとばしる。雑草が土ごとぼこりと抜けて、リドリーは水の中に落ちた。


「まぬけーっ」

「マーヴェルっ、ひどいっ」


 ほんの遊びだというのに、リドリーは傷ついたような顔をした。とても、とても……

必死に泣くのを絶えるように。


それから乗る船はどんどんと大きくなり、そのたびにリドリーを誘った。いつの間にか健康になったティナが乗るようになると、まるでお役ごめんとばかりにリドリーは船に乗らなくなってしまった。

不安定な船の上、水に落ちるのではないかとマーヴェルにしがみついていたリドリーは激しく可愛かったのに。いつもいつもリドリーの顔は泣きそうで可愛かった。

「マーヴェル、酷いっ」


本当に可愛い。


***


「違うんだよ、ちょっとからかっただけなんだよぉぉ」

うーっと低く唸りながら机の上で突っ伏す友人の寝言に、

「おまえだからいい加減に止めとけって」

酒、飲みすぎ。と忠告をしたが、がばりと体を起こしたマーヴェルはその勢いのままにオレにすがりついた。

「愛情の裏返しなんだっ」

「気持ち悪いって!」

「大好きなんだよー」

「酔っ払ってるんです、酔ってるんですよ! 違います、違いますからねっ」

酒場の中に謎の緊張がめぐり、俺はもう必死で怒鳴ったが――信じてもらえない場合、こいつを海にでも沈めていいだろうか。


***


「船は苦手です」

乗り物についての話だった。列車の速さに「すごいねー」などと言っていた時に、どんな乗り物が好きかと言われたのだ。

「馬車は短時間ならいいですけど、一日乗るとお尻痛いですよ。ロバは乗ったことがあるけれど、歩いたほうが早いですし。馬はいまのところ無いです。船は身近でしたが、実はあまり好きじゃないんですよ」


「あら、嫌いですの?」

アマリージェが小首をかしげる。

「船は水の上だから、嫌いなんですよ」

「泳げませんの? まぁ、わたくしも泳げませんけれど」

 コンコディアは山間ですからね。

アマリージェは人の視線があるような泉などで泳ぐなど到底無理だろう。


「――幼馴染が船長の息子で、ある程度の年齢になると自分の船をもって幾度かのせてくれたんですが」


物凄く揺れるんですよねー


あたしは眉間に皺を刻んで溜息を吐き出した。


はじめはカヌーのようなもの、あれは乗る前に沈んでしまったが、そのあとはガレー船のようなものになり、乗れる人数がどんどんあがっていく。それを操るのもマーヴェルはうまくなったものだが、乗せてもらうたびに激しい揺れにマーヴェルに必死にしがみついて落ちないようにすがりついたものだ。


 怖くて。


マーヴェルは楽しそうだったが、とても怖かった。

今ではマーヴェルは商船を操るが、十三歳程度の頃にはもう絶対にマーヴェルの船には乗らなくなった。誰かが言っていたのだ「リドリーが乗る時は決まって難しい海路や流れの速い川にしてる。あれは絶対にわざとだよ」と。


あの頃から本当は嫌われていたのかもしれない。

思い返せばわざと川に落とされたりもした。

ティナの時は絶対にそんなことはしなかった癖に。


苦い思い出に溜息が漏れた。

「リドリー?」

「船は……苦手です」


あーやだやだ。いやなことは忘れるに限る。

「大きな客船でしたら怖いことなんてありませんわよ? 今度一緒に乗りましょう?」

「外洋船でしたらよいものがありますわよー? うちのお養父さまが他国に行くときに使う船ですわ。揺れませんわよぉ?」


いや、だからもう船はいいです。

却下。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ