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女の友情と男の実益

「さぁ、話とやらをどうぞ」

あたしは柱の影に来ると、くるりと身を翻して仁王立ち。

彼女のおかしな様子はすでに無いが、ルティアさんはくすくすと笑った。


「まずは、お騒がせ致しましたわ」

「ええ、随分なお騒がせでした」

「私の落ち度として全て謝罪いたします。申し訳ございませんでした」

 さぁ説明して下さいませ。

どうしてあんな騒ぎになったのでしょうか。

「ですが貴女に説明することは適いませんわぁ」

「あたしに説明できないことで喧嘩売られた訳ですか」

 あたしはゆっくりとした口調で問いかけた。

「そういうこともありますのぉ」

「で、この騒動はあたしの感知する場ではないところで終わった訳ですか?」

 ゆっくりとした口調で言いながら、けれどあたしは苛立ちを覚えてはいなかった。

何故なら、彼女がやけにいつもと変わらぬ様子だったから。

一から百まで説明を求めるのは無理なのだろう。そもそも彼女とあたしとでは立場が違う。ただ理解しているのは、彼女は暴言を吐いたけれど、おそらくそれはあたしへの悪意ではない。


――竜公に相応しくない。


そんなの、誰よりあたしが一番知っている。

けれど、相応しくない理由が「あの人の心を乱すから」なんて上等な理由じゃないですか。

そして、何よりあたしがこの人に反発したのはあたしがずっと疑っていたからだ。

「ひっぱたいていいですか?」

 あたしは手首を振りながらひたりとルティアさんを見た。

一般庶民リドリー・ナフサートとはまったく違う場にいる姫君に。


ルティアさんは瞳を瞬いたが、一つうなずいた。

「手加減はいりませんわよぉ」

ルティアさんが応えて目をつむると、あたしは力いっぱいその頬を張り飛ばした。


小気味良い程の音が響く。

いいといった癖に本気で叩かれたことに驚いた表情の姫君は、唖然とあたしを一旦見つめた。

「じゃ、ルティアさんも一発どうぞ」

 あたしはひりひりと鈍く痛む手を撫でながら言った。

「はい?」

「あたし、ずっと心のどこかでルティアさんはまだあの男に未練があるんじゃないかって、やっぱり思っていたと思うんです。だから、あたしもあの台詞に逆上しちゃいましたけど、でも、ルティアさんが言いたかったことって違いますよね。あなたは、あたしにあの男と共にいて欲しいって言ってくれた」

 あたしは自分の頬をそっと撫でた。

「あたしとあの男がいることで、貴女にとって何か障りがあるんでしょう。自分の命を投げ出すくらいなこと。あたしにはまったく判らないけど。でも、あなたが自分の全てを投げ出すような理由なんて、本当はどこにもないですよ」

 ああ、本当に意味が判らない。

もっと強く言えばきちんと話してもらえるのかもしれない。けれど、頭を下げられた以上のものを求めるのはばかげている。相手は言いたくないのではなくて――言えないのだ。ただの庶民の娘とは違くて、彼女には彼女の場所があって。それをあたしはきっと理解できない。


判らないけど、自分の命と引き換えにして何かを守ろうとしていたということだけ知っていれば十分。その守ろうとしたものの中には、エルディバルトさんと、そしてあたしも入っていたのだと思う。勝手な思い込みだけれど。


「だから、あたしも後ろめたい気持ちのままはイヤですから、どうぞ一発」


あたしの言葉に、ルティアさんはしばらく不可思議な顔をしていたが、やがてくすくすと笑い「では覚悟なさいませ」とその手をひらめかせた。

パシンっと乾いた音と共に痛みが走り、ほんのちょっと自分の中に後悔が生まれる。

思い返せば今まで生きていて張り手を受けたことなどただの一度も――あれ、あったか? あたしはふとよぎった思いに眉を潜めたが、とりあえずそれは頭の隅に押しやった。

 そもそも喧嘩する程仲の良い友人などいなかったし、あの男は今まであたしに手をあげたことは無い。手を出そうとしたことは何度もありますが。それとはまったく話が違う。


目をあけて、これでおあいこという言葉を告げようとしたところでルティアさんがその場で膝をついていることにギョッとした。

 

「私はただの女です。騎士でもなく、力あるものでもありません。けれど、リドリー・ナフサート様。私は決してあなたの害になるようなこと、意に沿わぬことは致しませんと誓います。どうぞ、末永くその言葉をお納め下さい」


ぎょっとして怯んだあたしは、慌ててルティアさんの腕を引いて立たせた。

「なんですかそれっ」

「受けては下さいませんの?」

「……まるで臣下みたいでイヤです。友達では駄目なんですか?」

「友達?」

「友達です。友達って、裏切ったりしないものでしょ? それだけでいいじゃないですか」

 慌てるあたしの言葉に、幾度も友達という単語を舌の上で転がし、ルティアさんはふわりと微笑んだ。


「素敵ですわねぇ。私、友達は初めてですわぁ」

「はじめて?」

「ええ! ドレスを引き裂いたり、ネズミの死骸を送りつけたり影でこそこそ言う方なら幾人か知っておりますけれど。そういうのは友達とは言いませんのよねー?」

 気付いてないと思っているみたいなのですが、私ってばそういう人のねちっこい部分を調べるの得意ですのよぉ。と実に楽しそうに言葉が続いているが、あたしは言葉すらない。

 間抜けにもぽかんと口をあけてじっとルティアさんを見つめてしまった。

嫁遅れ(いきおく)とか、出戻(でもど)りとか! 体で男を(たぶら)かしたとか!」

 嬉しそうに垂れ流される言葉の羅列にあたしが目をむき、

「誰がそんな誹謗中傷をっ」

と思わず声を荒げたのだが、ルティアさんはころころと笑って少しだけ赤くなった頬を撫でた。

「全部事実ですのよー」

 小首をかしげるメイドさんは実に可愛いらしい。

「……」

「十六で嫁ぐことも当然の王宮ですものぉ。二十四歳で嫁がない淑女はほぼいませんのよぉ。婚約者、元婚約者の許から義父のところに戻ったのも事実ですしぃ。体でエディ様を誑かしたのも事実ですのよー」

 しかも彼女はその全てを、むしろ誇らし気に瞳をきらきらとさせて口にした。

「確かにあの時エディ様には婚約者はいませんでしたけど、エディ様を狙っている女性は一杯いましたのぉっ。無駄(・・)に産まれただけは良いですから。人間的にアレでも地位とか財産に群がる方って一杯いますのよぉー。だ・か・ら、私、さっさとエディ様の上に――」

 はい止めて下さい。こんな廊下の片隅で生ぐっさいというか、なんというかな話止めて下さい。それに、エルディバルトさんの話は食事の進みが悪くなります。せっかくお腹がすいているのに、減退させないで。

 あたしは乾いた笑みを浮かべ、ルティアさんをしげしげと見つめた。


本当(・・)にエルディバルトさんが好きなんですね」

「だってエディ様より可愛い方なんていませんわよぉっ」


 幸せそうにエルディバルトさんを語る彼女を見ていると、本当にどうしてあたしはこの人が未だにあの男を好きだなんて馬鹿げたことを思ってしまったのだろうと不思議でならない。


リドリー(・・・・)も公がお好きでしょう?」

 ふっと声のトーンをかえ、あたしの腕に抱きついて歩き始めたルティアさん――いや、ルティアが蕩けるような微笑で囁く。

 あたしは呼び捨てにされた名と、言われた言葉に少しだけ動揺しながら小さく、まるでナイショ話をするように囁いた。

「――嫌いなんて、言っていませんよ」

「あら、往生際が悪いですわぁ」

 クスクス笑うルティアさんの額に自分の額を寄せるようにして、あたし達はクスクスと笑いあった。


***


「ルティアっ」

 蒼白になって叫んだのはエルディバルトさんだった。

重厚な二枚扉を使用人が開けてくれ、その間をルティアに腕に抱きつかれた状態で通ると、中にいた男性人がすっと立ち上がる。

 一番奥にいたのは神官長の正装をした男で、反対側――扉側の側面に立っている男はエルディバルトさん。

 座っているのはアマリージェだけで、アジス君もきちんと正装させられ、席を立っている。

 エルディバルトさんはあたし達が遅れたことに対して不満そうな様子を見せたが、ルティアさんの頬が赤くなっていることに気付いた途端、動揺してあたしを突き飛ばさんばかりの様子でづかづかと近づいた。


「この怪力暴力女に何かされたのか」

誰が怪力暴力女だ。

 むっとしたあたしだったが、背後からすっと二の腕をとられて促される。

「エル、口が過ぎる」

「しかし、公っ。ルティアはもとはといえば――」

 口惜しそうな様子で言葉をとぎらせるエルディバルトさんに嘆息して見せて、困った子だねと呟くとあたしの頬に触れ、ついで唇を押し当てた。

「――もう、痛くない?」

 すっと引いた小さな頬の痛みに、あたしは引きつったままうなずいた。

なんというか、ある程度は理解しているつもりだし、納得しているつもりなのですが、魔法といわれるよりペテンといわれるほうが納得しやすいお年頃ですみません。

「ルティア」

と、ルティアにも声を掛けた魔法使い――わかりました、もういいです魔法使いで――はそっと左手を差し向けようとしたのだが、ふとその手を止めた。


「あ、でも触ったら駄目なんだ」

 それまでの落ち着いた物言いをころりと変えて、まるきり阿呆丸出しでふにゃりと表情すらだらしのないものにかえた。

「リトル・リィがね、他の女の人に触っちゃ駄目って言うんだよー」

 そのあけすけで阿呆くさい言葉にあたしは内心で悲鳴を上げた。


「ぼくが触りたいのは勿論リトル・リィだけだっていうのに。でもそういうとこがもう本当に可愛いよね」

「まぁ」

ルティアさんが明るく声をあげ相槌をうてば、調子にのったあんぽんたんは滔滔と言葉を落とす。

「イヤなんだって。すっごい可愛く涙目でイヤだなんて言われたら、やっぱりそれは……」

 あたしがわずかに肩を震わせていることなどおかまいなしにべらべらと阿呆な台詞を吐き続け、ふいにぱちりと指を鳴らした。

 ルティアが小さく「あら――」と呟き、ついで微笑む。

「ありがとうございます」

「ふふふ、どういたしまして。じゃあ、食事にしようか?」


 さらりと流されたが、あたしは小刻みに怒りに震えながら、ある予想を元にルティアに話しかけた。

「ルティア」

「何ですのー?」

「頬、痛みなくなった?」

「ええ。もう平気ですわ」

「そう――そう。やっぱりそうなんだ」

 あたしは低く呟くと、あたしをうながす男へとにっこりと微笑みかけた。


「いちいち触らなくても口付けしなくても魔法使えるじゃないの!」

 にっこりと笑って次の瞬間、あたしはそれはそれは恐ろしい鬼のような形相になっていたことだろう。自分からは見えないので知りませんけどね。

「それは当然趣味と実益を兼ねてます!」

「開き直るなっ」

 あたしの怒鳴り声に、けれど相手は楽しそうに笑ってエルディバルトさんに向けて手を払った。


「食事にしよう。エル」

 

 何故かぐったりしていたアジス君がぱっと喜色を浮かべてみせるから、あたしはとりあえず言葉と拳とを収めて吐息を落とした。

 なんだか怒りっぽいのは、きっとお腹がすいているに違いない。

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