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眠る竜と守り神

さて、着々と町は「収穫祭り」に染まり始めている。

はじめのうちこそ、なんとなく気鬱を感じていたあたしだが――祭りのことを思うと、何故か脳裏に変態が踊るようになったため、気鬱を感じる暇もない。

 どちらかといえば殺意は感じるが。


「収穫祭りには豊穣の女神の役をする女性が町をパレードするのよ」

と、【うさぎのぱんや】の常連客の一人が教えてくれた。

どうやらあたしが住んでいた街とは祭りのやりかたが違うようだ。

「女神さま?」

「今年はアマリージェ様が14歳になられたから、アマリージェ様が女神様をやるのですって」


知らない名前。

まぁ、町の人たちはたいていの人と知り合いなので、さらっと名前が出てくるのだろうが、生憎とあたしは引っ越してきて一年。この町に親族もないため、誰もが知っている情報にもうとい。


 あたしが小首をかしげて「アマリージェ様?」と、かえすと、彼女は「ああ」と思い出すように笑った。

「ご領主さまの妹さまよ」


あたしはその時はじめて、ご領主さまの妹が十四という年齢であることを知り、ついで尋ねてみた。

「ご領主さまって、もしかして若いの?」

その言葉に、あたしとたいして年齢の変わらない彼女は噴出した。


「リドリーは知らなかったのね?

この町のご領主さまは、二年前に代替わりをなさって、今は26歳のとぉっても素敵な方なのよ!」

まるでとっておきの秘密を打ち明けるかのように言う。

「町の若い娘達の間では誰がご領主さまの奥方になられるかでもりあがってるの」


まるで彼女自身、自分のことのように頬を染めて話している。

そこまで我がコトのように話せるのであれば相当の美形なのだろうか。あたしはちらりと美形という単語に魔術師が浮かび、なんとなく落ち込んだ。

 そうか……あたしってば、アレを変態認識はしているけれど、美形認識もしているんだ。ま、面食いではありませんが。


 一通りご領主さまと収穫の祭りでもりあがったお客様は、パンを抱えて帰宅した。

「リドリー、悪いんだけれどちょっと買い物頼まれてくれるかい?」

店の奥で粉と格闘しているマイラおばさんが声を掛けてくる。あたしはちらりと時間を確認し、それほど混雑しない時間だと一つうなずいた。

 バスケットとマイラおばさんの小銭入れを受け取り、買い物の内容をメモする。

「エイセルの葉とヴィラウの粉と……」

そのどこか不穏な注文に、あたしは眉を寄せて口を開いた。

「マイラおばさん体調でも悪いの?」

「どうして?」

「だってこれって、腹痛の薬とかよね?」

薬というか原型だが。

「パンにいれるんだよ。こないだあんたがもってきてくれた花。あの便秘にきくのが好評だったからね!」

……だからって薬の原型を使ってどうするのでしょうか。

そのパンの試作品を食べることになると思うと、あたしはなんだか暗澹たる気持ちになったが、店主の言葉に逆らうこともできずにかい出しにでることにした。

 ううう、便秘とかその逆とかになりそう。



「やぁリドリー」

その言い方にびくっと身構えたが、通りで収穫祭の飾りつけをしているおじさんだ。

あたしはぺこりと頭をさげた。

「こんにちはエイセンさん」

「いい天気だね。竜がいい夢を見てるんだろうな」

 あたしはこの地方独特のこの物言いが嫌いでは無い。

―――作物が一杯とれたら、竜の機嫌がいいとか、天気が悪いとあまりいい夢じゃないのかね、とか。

 この町の人たちは随分と竜が好きだ。

竜が好きなわりには「竜が目覚めた」という単語は聞かない。どうやら竜はあくまでも眠っていなければならないのだ。


 だからあたしのその言葉は不用意だったろう。

「竜は随分とおねぼうさんね」

ふふっと笑いながら言ったら、人のよい鬚をたくわえたおじさんは目を見張り、慌てたように脚立からおりてきょろきょろと辺りを見回した。

「リドリー!」

強い口調で言い、そして声を潜めた。

「冗談でもそんなこと言うもんじゃない!」

「……え?」

「なんて恐ろしいことを、あああんたは余所者だからね。

わしだったからいいようなもの、もう二度とそんなことを言っちゃいかんよ?」

それがあんまり深刻な調子で、あたしは物凄くびっくりとした。

 がしりと両肩をつかまれ、何度も念を押すおじさんにあたしはがくがくと首をたてにする。

と、そんなあたしの腰に何かがからみついた。


「いいんだよ」

ぴたりと背中に体温が当たる。

エイセンさんがびっくりとしたように顔を見張り、引きつった笑みを浮かべる。

「リトル・リィに触ったら駄目だよ、エイセン」

「コーディロイ……」

出たな、変態!

あたしが身じろぎして相手から逃れようとするのに、魔術師は両腕でがしりとあたしを捉えて、あたしの頭の上からにこやかな調子で言う。

「竜がおきたっていいんじゃない? ぼくはちっとも気にしない」

「コーディロイ!」

「冗談だよ、エイセン。

竜はずっと眠ってる。なんたって氷漬けだしね」

 言いながらひらひらと手をふり、魔術師はエイセンに「またね」と微笑む。

あたしはその腕の中で、眉間にぐぐっと皺を寄せた。

「はーなーしーて」

「チューしてくれたら離れてあげる」

「懲りてないわね!」

 また蹴られたいか!

というあたしの剣幕などおかまいなし、魔術師は片手をひらめかせ、その手に花を一輪。

「この町の人はね、竜が何であるか知っているから……弱いだけなんだよ、許してあげて」

「――」

 珍しくこの男が静かな口調でいう。

あたしは眉を潜め、身じろいだ。


「竜は守り神なのでしょ?」

「――本当はちょっと違うんだ。

崇り神、といえば判る?

祟られるのがイヤだから、神様ってことにして敬うわけ。敬ってるんだから悪さしないでってことだね」


あたしははじめて聞く話にますます顔をしかめた。

なんとなく胸がもやもやとする話。

「もっと竜の話が聞きたい?」

 あたしは少しだけ体の力を抜いて、戸惑いながらうなずいた。

今まで見ていたものが何か違うような、へんなもやもや。くすりと頭の上で声がする。

魔術師はあたしの首筋で、吐息をぬらすように、

「殊勝なリトル・リィ可愛い」

と、ちゅっと音をさせてそこを吸い上げた。


天誅――

あたしの肘が見事にクリーンヒットしたのは言うまでもない。


あたしもあたしだ。

ちょっと町の人に「余所者」あつかいされたからって落ち込んで、ちょっと魔術師がしおらしいからって気を許しそうになってしまった。


あたしは仕事の途中なのだ。

ああ、忙しい!


毎度痛い目にあうようになってしまった……

タイトルをみれば「あたしの」ってくらいなんだから、いつからぶらぶになる筈なのですが――道のりがちと遠い。

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