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番外・尊大な騎士と意地っ張りな姫君(後)

 肩をすくめるようにしてアジスはぐいっとアマリージェの腕を引き、庭を横切り温室へと向かう。強く引かれて意味がわからず、アマリージェは動揺した。

 心臓がばくばくと鼓動を早める。もともと早足で歩くこともない娘だ。ほんの少しの運動でも息切れをしてしまう。

 さらに手首を強く掴まれたそこから、熱を――相手の熱を感じてしまう。

苦しいのか悔しいのか判らない気持ちにアマリージェは焦った。


 温室までは開放されていない為、そこに人はいなかった。

かちゃりと扉を開き、中へと入る。人工的に通された小川が北の霊峰から届く水をさやさやと流していた。

 中央のほんの少し広くなった場所、アマリージェの手首を離したアジスはくるりと身をひるがえしてするりと腰に下げた幅広の剣を抜いた。

――特別に許された、竜の紋章入りの剣。

 突然のことにアマリージェはその翡翠の瞳を見開いた。

「な、なん……」


 抜いた剣を逆手に持ち、片膝を地面につけてひざまずく。

その所作にアマリージェは息を飲み込んだ。

「我れアジス……いや、アルジェス・トルセアの信義をもちてここに聖約する。

この命、この剣、この魂。そのすべてを――」

「辞めて!」

 逆手に掲げられた剣はアジスの胸へと向けられている。そして彼は乞い願うはずだ。自らの主となることをこの面前の自分に!

 そして、それが果たせないのであればこの剣を自らの胸に沈めよと突きつける。

アマリージェは悲鳴のように声をあげ、とっさにその剣の柄を掴んでいた。

「辞めなさい!」

「――何故だ」

アジスは憤慨するように見上げる。その瞳には憤りすらあった。


「俺はこの剣をアマリージェ様――俺の姫。あんたに捧げるつもりだった」

「そんなことは望んでいません!

あなたは……兄を主にしたのではないの?」

 先ほど我が君と言ったのは戯れか?

信じられないというようにゆっくりと首をふるアマリージェに、アジスはむっとした表情のまま言葉を続けた。

「あんたの反応を少しみただけじゃないか」

まるですねるかのように。


「俺の主になるのは不満か?」

「……」


 アマリージェは随分と尊大で不機嫌な年下の男を見つめながらゆるゆると首を振り続けた。

 背筋に冷水を浴びせられたように体温が冷え、またあがる。

泣きたいように体の内側を這い回るのは喜びかもしれない。だが、それはイヤだった。

剣を捧げられたいと願った気持ちもある。

けれどアマリージェはゆっくりと呼吸を繰り返し、自らの矜持を総動員して告げた。


「騎士など不要よ」

きっぱりと言い切る。

苛立ちをさらに募らせてアジスは立ち上がった。

「アマリージェ!」


「騎士の崇拝などほしくはありません。冗談ではありませんわ」

 言葉が震えてしまいそうだった。

自分の心が激しくゆれている。相手の瞳がまっすぐに――まるで憎しみすら孕んで見つめ返してくる。

 そう、この男の強いまなざしは子供の頃から変わることがない。

強い意志をひたむきに示してくる。乱暴で粗暴、尊大で、そして嘘のない男。


「そうか、そうだよな!

俺がどんなにがんばったって所詮……」

「命も魂も要らない! わたくしがいつ主になりたいといいました!」

喉が、渇く。

魂が震える。

駄目だ……息の根が、止まってしまいそう。

「わたくしが欲しいのはわたくしの主よっ!」

 アマリージェはその言葉を口にした時、ああっと血の気が一息に引くのを感じた。

自らの手をもう片方の手で強く包み込み、もう取り返しがつかないのだと感じていた。


言ってしまった。

言ってしまった。

言ってしまった!


 言葉はもう二度と戻らず気持ちも堰を切った。

あとは濁流のように流れるだけだ。


「触れ合うことも許されない騎士なんて、崇拝されるだけなんてイヤよ。わたくしはっ」


 しゅっと音をさせてアジスは抜き身の剣を鞘に収め、ただ冷たい程の視線を向けてくる。迷いのないまっすぐな眼差し。

 アマリージェの内面を見透かす鋭い眼差し。ずっと、ずっとそうやって彼はアマリージェを見つめ続けた。


「わたくしは……」

わたくしが欲しいのは、共にいるもの。

自らを引き上げ、導き、共にいる――

「泣くなよ」

「泣いてなんておりません!」

「泣くな」

すっと大きな無骨な手が差し出された。

「その後は俺が言うから」


 おびえるようにそっと、そっと……アマリージェはその手を伸ばした。

触れたかった。掴んでほしかった。

身分も年齢も、全て乗り越えて欲しいなんて我儘だ。それでも、それでも、

望んだのは――

 遠慮がちにそっと触れ合う指先、火傷を恐れるかのように脅えるように触れたとたん、更にその手を伸ばしてアジスはアマリージェの手首を掴み、その腕の中に抱きとった。


「俺の女神、俺の姫、俺の……っ、なんでもいい、俺のものだっ」


 叫ぶような宣言と共にむさぼるように唇が奪われた。

驚きと共に広がる喜びにアマリージェはあえぎ、相手の広い胸に縋った。

 出会った当初は自分よりも小さかった少年が、今は肩幅も身長もそのすべてを追い越してアマリージェの華奢な体を力強く抱きしめてくる。

 いとおしいという思いがあふれて涙と共に頬を伝った。


 指と指とを絡めて夢中で唇を奪い合い、やがてゆっくりと二人が離れるとアマリージェは強い意志と矜持とをひらめかせる眼差しで夢見るように自分を見つめる男を見返した。


「随分とキスがお上手ね? どこで何を習っていらしたの?」

「……っ」


チッと一旦顔を背けて舌打ちをする男を冷ややかに見上げ、アマリージェは宣言した。

「わたくしは寛大だから許してさしあげるわ」

「まったく、女ってやつはっ」

 なじみの言葉がぶつぶつとアジスの口から吐き出され、アマリージェはからかうようにその顔を覗き込んだ。

「女ってやつは、なんですの?」


 忌々しいというように眉間にくっきりと皴を刻みつけ、しかしアジスはふいにニヤリと口角を引き上げてみせた。

 彼特有の、魅力ある微笑。

「あんたもキスに応えるのが上手じゃないか、お姫様」

 そんなのは嘘だ。

ただ、欲しいという欲求で――応えただけだ。触れた舌先に、熱いうねりに自ら応えただけ。

だがそれを口にするなどアマリージェにはできかねて精一杯の虚勢がのぞく。

「でもあなたは寛大だから許してくださるのでしょう?」

くすりと微笑む女神をもう一度抱きしめ、アジスは呪うように言った。


「許すわけないだろ」


fin

web拍手上で連載したアジス&アマリージェのオハナシでした。

ちょっとオトナになった二人。次回更新から通常に戻ります――本編お待ちの方にはお目汚し失礼致しました。

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