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決意と失意

一人ぽつんと列車の廊下に残されたあたしは、深い溜息を一つ。

なんというか、エルディバルトさんて濃いよ。よく見れば顔立ちとかも悪くないのだし、静かに控えて立つ姿は立派な騎士なのだが、人間が濃い。上から見ても下から見ても「かわいい」にたどり着けません、ルティアさん……あなたの「エディ様かわいい!」は本当にこの方でしょうか?

 何より、この方めちゃくちゃご主人様(ヘンタイ)が大好きですね! 崇拝ですか? その対象であるアレはものすっごくへらへらしながら「楽隠居」とか「名誉職」とか言ってますが。存在自体が激しくアレですし! どこをどうしたらそんなに妄信できるのか判らない。


って、もしかして聖都ってアレを崇拝している人間がいっぱいですか?


 この国滅ぶんじゃなかろうか。

……王様(陛下)は普通の人だと信じたい。まぁ、あたしには絶対に関わって来ない相手なのでどうでもいいですが。

 あたしはこのままここにいても仕方ないとアジス君達のいる車両に戻ったのだが、窓辺にぺったりと張り付いて嬉しそうにしているアジス君と窓から見える風景を説明しているアマリージェの姿に思いっきり疎外感を受けてしまい、こっそりとその後ろを通り抜け、更に次の車両まで行くことにした。

 見ているととても可愛いのですが、二人の間に割って入るのは何故かできない雰囲気。この二人に混じるととても自分がケガレテいるようにすら感じるのは何故でしょう。


――何より、その後ろ姿を見た途端に思い出してはいけないものを思い出してしまった。

アルジェス君! もうなんというか、さり気にさらりと呼んでしまいたい。でもそれをしたらきっと顔を真っ赤にして怒ることだろう。何よりアマリージェの前で言ってしまったらきっと大失態。嫌われたくないので、今はちょっと離れていたほうが良いという結論がでました。


 こそこそと離れようとするあたしでしたが、けれどアマリージェは気付いて小首をかしげた。

「お話は終わりまして?」

「そうみたいです」

……なんというかお話にならない(・・・・・・・)感じでしたが。

「部屋に行きますか?」

「少し休んで来ようと思って」

 二人は窓から外を眺めてていいですよ?

あたしの言葉にアマリージェは少しばかり呆れたような視線をあたし達の様子に気付かずに列車の速度や窓からの風景やらに夢中になっているアジス君へと向けたが、そっと声を潜めてあたしに囁いた。

「あの方にはしばらく近づかないほうが宜しいですわよ」

「……はい?」

 当然アマリージェがあの方、というのは現在一人引きこもりの変態のことだ。何故あたしがアレにわざわざ近づくと思うのか?

 しかし、彼女は真剣な様子で言った。


「今は、きっとどなたも近づけようとなさいません。何故突然こうなったのか判りませんけれど……半月程は心が不安定だと思いますから、このまま顔を合わせないほうがよろしいですわ」

 まったく意味は判らなかったが、あたしはとりあえずこくりとうなずいて次の車両へと移ったのだ。

  

 次の車両には個室が二つ。

先頭の方の個室をアレが使用するので、手前の方をあたしとアマリージェ、アジス君が使うようにとエルディバルトさんから言われているが、あたしは手前の部屋の扉に手をかけようとして、ふっともう一つの扉に意識を向けた。


 具合、悪いとか?


 機嫌は悪くなかった筈だ。

けれど普段であれば引っ付いてくる男がこうして引きこもっているのが奇妙で、何故か不安で、あたしは眉をぐぐっとひそめて溜息を一つ落とした。

――ごめん、少し休みたい。

アレはその言葉を残してエルディバルトさんと二人で消えてしまったのだ。


アマリージェの忠告を、あたしはあまり深刻には考えていなかった。


 数歩の距離を歩く為に、自分自身に言い訳をしながら歩み、扉の前で息を吸い込んだ。

扉にはドアノッカー……屋敷の玄関ですか?

 あたしはそれを使わずに自分の手を握りこんで扉を軽くノックした。

一度、二度。

反応が無くて、眉宇をひそめてあたしは応えを待たずにそろりそろりと扉を開いてしまった。


「エルっ、来てはいけないと言ってあるでしょう?」


鋭い声がぴしゃりと叩きつけられ、あたしは唖然とした。

室内が暗い。この車両はガス灯が揺らめいてどこもかしこも明るいというのに、室内が暗い。まだ夕刻で窓から入り込む太陽の明かりすらも薄暗く感じる。

「なにこれ……」

あたしは思わずつぶやいてしまった。

特別列車の特別室――列車に乗り込んですぐにちらりと見せてもらった豪奢な調度品と花々に埋め尽くされた客室は、無残な程に破壊しつくされていた。


「出て行きなさい。出て……」


 言葉を叩きつけていた男が、ハッとした様子であたしを見る。

すでに神官服になっている男は、部屋の片隅で汗に濡れた額をかきあげ、苦痛のように顔をしかめた。

「リトル・リィ……」

「なに、どうしたのこれ?」

 飾られていた花が散らばり、花瓶が叩きつけられたように割れている。おかれている寝台の枕が引き裂かれ、あたり一面に水鳥の羽が舞っていた。

 まるで破壊できる全てのものを破壊しつくしたように。


「リトル・リィ、外に出ていて」

 必死に歯を食いしばるように言うものだから、あたしは相手の言葉になど従わずに慌てて近づき、苦しげに喘ぐその顔を覗き込んでしまった。

「もしかして具合が悪い? ねぇ、本当にどう――」

「駄目だっ、駄目なんだ……」

呻くような言葉と同時、あたしはぐっとその腕の中に抱き込まれていた。


はい?


 ぎりぎりと締め上げる力は抱擁というよりは押しつぶすように強い。骨までがみしりと悲鳴をあげそうで、あたしは意味が判らず狼狽より先に真っ白になった。

「外に出て」

外に出ろって言いながら抱きかかえられてたら出れないでしょうよ。あたしは顔をしかめながら相手の矛盾を突きつけてやろうとしたのだが、このあほんだら様は歯を食いしばるように苦しげに必死に「リトル・リィ、お願いだ……外に出て」と懇願する。

 だったら離してください。

そう思いつつ、あたしはなんとか身じろぎしてヤツの腹と自分の胸の辺りに押し込められてしまった手を引き抜き、そっと相手の背中を撫でた。


「どうしたの? 具合悪い?……あの、気持ち悪いとか?」

 額から流れるのは冷や汗とかの類のように見えた。苦痛を必死で堪えるような様相にあたしの中に不安がくすぶる。

 ああ、マリー――あなたは正しい。

これは確かに不安定とか、そういう部類で。彼女はそんなことを感じられるのだ。あたしよりもずっと年若いのに。あたしよりもずっとあれと接していなかったのに。

アマリージェはほんのささやかだった変化を読み取れる。

そう思うだけで胸の奥がもやもやとしてしまう。馬鹿みたいな、これは嫉妬だ。

あたしは――自分がどうしようもない愚か者で本当にいやになる。


 背中をさすり、そっと抱きしめ。その胸に額を押し当てた。

「大丈夫。大丈夫だから……一緒にいるから。だから、泣かないで」

 言葉がするりと落ちる。

更にきつく抱きすくめられ、相手の震えが伝わってくるのを感じながらあたしは自分が吐き気を催すほどに嫌いになった。


 自分勝手だ。


好きだと言わない癖に。

素直になれない癖に。

この男のことで他の誰かに負けたくないなんて。


「リドリー、頼むから」

苦しそうにもれる言葉に首を振る。


また、一人にしてしまった。


――本当は一人が一番嫌いだと知っているのに。

そう、あたしはちゃんと知ってる。寂しくて、つらくて、でも一人きりでいることになれてしまった人。

 幼い子供が差し出した手にすら縋り付くほど、本当はとても孤独が嫌いな人。

何故こんな風に一人で辛さを我慢しようとするのだろう。

どうして一人でいようとするのだろう。

あたしが……きちんとしないから? あたしが拒むから? あたしが卑怯だから?


「離れて」

「駄目だよ。一緒にいる」

「駄目なんだ。今は……」

――気を緩めてしまった。

 引き絞るように言いながら、それでもあたしを抱きすくめている。まるで心と体とが別もののように。

 あたしは宥めるな気持ちでその背をさすり、少しだけ緩んだ腕の中で顔をあげて、うつむきぎゅっと瞳を閉ざした男の唇に、触れた。


―そうすることが良いのだと思ったのだ。そうするべきだと思ったのだ。けれどそれは間違いだったのかもしれない。


 息を飲み込んだ相手が、離れようとした唇にすがるように覆いかぶさる。今まで一度だってそんなふうに荒々しく口付けをされたことは無かった。

 歯と歯が一度がちりと音をさせるくらい勢いをつけて、そしてそのまま近くの寝台の上にあっけなく転がされ、あたしは自分の上にのしかかる男の熱を感じた。

 口の中に鉄錆のような味がじわりと広がる。

この状態はもしかして結構やばいのか? あたしは下半身がひんやりとした奇妙な感覚を覚えた。暗い室内に、寝台の上――押し倒されているこの現状。


 みぞおちのあたりが激しくきゅうっと収縮するような感覚――どくどくと血が逆流するように自分の感覚が研ぎ澄まされた。


 普段の飄々とした態度などまったく持たない荒々しい男の唇が、幾度も唇に触れ、顎を伝い首筋を伝いおりていく感覚。

 心臓が激しく鼓動し、あたしは小さな喘ぎと一緒に、自らの体が張り詰めるようなぞくぞくとした感触に身をゆだねようとしていた。抵抗するように込められていた腕の力がゆっくりと抜け落ちる。

 頭のどこかがマズイと警鐘を鳴らし、また別の部分が面前の男を抱きしめたいと欲する。


ああ、ほら……こんなにもイトシイ。

ならば抗う必要などない。ジョウシキとヒジョウシキなんて、たかが一文字の違いじゃない。

欲しいと思う気持ちのままに求めることが悪いなんて、誰が言えるの。

あたしは、このヒトが――

 

 静寂と、あたし達の動きで舞い上がった水鳥の羽――肩を上下させて苦しげに息をつくその様子が、まるで自分のことのように判る。

 首筋から鎖骨へとおりた唇が、うめくように小さく、小さく、苦痛の言葉を漏らした。


「今は、駄目だ」


 その言葉が最後だった。

突然押さえ込まれていたあたしの上からその姿が一瞬にしてかき消えた。薄暗い特別室の寝台の上。

 あたしは呆然とその天井を見上げた。

細かい文様が刻まれた美しい天井を。


「……うそ」


 一人きりで部屋に残されたあたしは、馬鹿みたいに何度も「うそ……」とつぶやいた。

完全に混乱していた。

これはなんでしょう?

これは……ちょっと、委ねてしまってもいいかなぁとか思ったところで、もしかして、拒絶されましたか?

このままなるようになってしまってもいいかも、なんてちらっと考えたところで!

 

「なにこれ!」


 出て来い責任者!

覚悟を決めたこの心を本気でどうしてくれるのっ。

あたしは軽く混乱しながら気恥ずかしさに「責任とれぇぇぇ」と思わず叫んでしまった。


 次に顔を合わせた時にはあの顔に平手を見舞っていいですか?

あああぁぁぁもぉ、あの馬鹿男!


 乙女心は複雑で繊細なんだぞっ、次があると思うなよ!

っていうか、アレ、もしかしてこれはあたしが悪いのですか?

だってあの男は最初から最後まで拒絶していた。拒絶、して、いたのだ。


 あたしが悪いのですか!?

ああ、マリー!

これはさすがに聞けません。

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