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列車と不機嫌な騎士

 二人旅が二人旅でなくなれば、途端に辺りは騒がしくなった。

用意されている列車は五両編成の仕様になっていて、二つがまるで居間のような作りをし、もう一車両が二つの個室。

 そして残りが荷物と護衛用として普段は使われるのだという。あたしが以前乗ったことのある列車ときたら、黒塗りで木がむき出しでシートは硬くて、あまり寝心地もよくなかった。だが、この列車ときたらまるきり邸宅か何かのように立派な作りをし、なおかつ手すりなども贅沢に彫刻がされた、まさに特別車両だった。

 想像して欲しい、そんな列車を利用するのがひょろっとした男、やたらでかい騎士、凡庸を描いたあたし、それでもってお姫様のようなマリアージェ、一般庶民まるだしの少年アジス君。


 やめてください悪目立ち。

一般人リドリー・ナフサートの胃が激しく痙攣しそうですからね。ある意味アジス君はどんなところでも堂々としている。がんばれ未来の騎士。でも、どうかその隣のでかい騎士のようにはならないで、コワイから。

 挙句、列車が出るならば乗せろと言うちょっとうるさい商人風の男とのいざこざがあったようで、少しばかり大変だった。

 エルディバルト氏が出て行くだけで相手は静かになったが。その様子にアジス君の瞳が更にきらきらとしていて、もうそれがあたしの心に痛かったです。激しく。

 それをなんだか冷たい瞳で見るアマリージェ……何故彼女はアジス君に厳しいのでしょうか。


「天気悪い……」

 朝の曇天は、今は完全な雨となっていた。

そしてあの男は一人で個室に閉じこもっている。アジス君がいる為かむっつり騎士がいる為か判らないが、いつも通りの阿呆発言などはひそめられ、最終的にはどうやらいじけてしまったようだ。まったくもって静かでありがたい。

「な、な、スゲーよな?」

 アジス君が相変わらず瞳をきらきらとさせて窓辺に張り付き、ガラス窓を叩きつける雨などものともせずに外を眺めている。列車のスピードのおかげだろう、雨は更に強く感じられた。


「何かありましたか?」

 しばらく静かにしていたアマリージェが眉をひそめて言った。

「え、何がです?」

「いえ――あの方が不安定なようだから」

不安定?

あたしはその言い方に小首をかしげた。機嫌が悪いとはちょっと違うニュアンスだ。

「半年に一度ほど、あの方は少し不安定な期間がありますのよ。なんだか、それに似ているみたい」

 先ほどの様子を振り返ってもアマリージェが言うような不安定が納得できはしなかった。喧嘩はしていないはずだ。喧嘩にもならない。

ほんの少し怒ったけれど、あの男ときたらケロリとしている。あたしがアマリージェの言葉を思案していると、車両をつなぐ扉から騎士が舞い戻った。

 鼻の下の髭を撫でるように思案しながら歩いて来た騎士は、ちらりとアマリージェを見て、それからあたしを――まるきり胡散臭いもの扱いするように眇めた視線で見てから言った。


「えっと……レディ」

レディィィって何ですかぁ?

あたしは鳥肌がたつかという衝撃に、あわてて「リドリーです! 極一般庶民のリドリー・ナフサートです!」と名乗った。

そういえば名乗った覚えがなかった。面識も少ないし、おそらくきっと好かれてもいないだろう。


もぉ本当に色々とスミマセン。


「ナフサート嬢」

苦痛のように人の名前を呼ぶのは止めていただきたい。

いや、わかっています。好かれるとは到底思っていませんから。あなたが地下牢に押し込められた十日前後を思えば、もう頭を何度下げたって許されるとは思いません。


 ですが考えて頂きたい。

悪いのはあんな阿呆なことをする貴方様の本当にどうしようもないご主人様であって、ついでに、拘留期間を勝手に延ばしたのは貴方の愛らしい婚約者様です!

 無実とは言いませんが、できれば少しくらいそこら辺りを思い出して頂けるとよいのですが。


「少し話しを聞かせていただけまいか。二人で」

ちらりと子供達を見て、ついで奥の車両を示す。そちらはアレのいない方――誰にも聞かれたくないと示す様子に、アマリージェが眉間に皺を寄せた。


「エルディバルト様、彼女は――」

「判っている。失礼なことをするつもりはない。ただ話しがしたいだけだ――かまわないだろうか」

 構わないだろうか、と言いながら言い切る様子は命令をすることに慣れている大人の言葉だった。

 あたしは少しばかり畏れを抱きつつ、こくりとうなずいてエルディバルト氏の後をついて後部車両へとうつった。


 別段部屋に入るわけでなく、車両の廊下で足を止めたエルディバルトさんは苦悶するように眉間に皺を寄せて腕を組み、壁に軽く寄りかかるようにしてあたしを見下ろした。


――エディ様かわいいっ。

 というルティアさんの気持ちがちっとも判らないです。

威圧的、でかい、怖い。


「この二日であの方に何があったのか、教えて欲しい」


溜息のような音と共にエルディバルトさんはゆっくりと言葉を吐き出した。

「何かって」

は?

え、なに、この人って毎日アレの観察でもしているのだろうか? 見ていないと不安とか?

――ストーカーにストーカーがついてます、みたいな?

 あたしは相手の言葉に軽く妙なことを考えつつ、

「これといっていつも通りだったと思いますけど……」

「いつも通りとは?」


変態でした。


――いや、うん、それもどうだろう?

あたしは即答しそうになった言葉を喉の奥へと戻し、少し考えてみた。

旅に出る朝、無理やりついてきて、馬車の中で手品――魔法というには手品だと思う――を披露し、下らないエロ話で一人勝手に盛り上がり、それから……


あたしはつっと視線を逸らして「いつも通りの変態です」と改めて応えた。

うっ、なんか色々思い出して耳が赤くなりそう。


――ぼくの唇が君の瞼に、頬に触れて、可愛らしい唇の頂きをほんの少し吸い上げる。下唇を舌先でなぞり上げれば、きっと甘い味がぼくにも、そして君にも小さな(さざなみ)を与えてくれる。

 親指の腹が、軽く唇をなぞる感触。

その瞳は濡れたように艶めいて微笑を称え、

――唇を開いて。戸惑いと一緒にぼくの舌を受け入れて。歯列をなぞりあげて、その奥をもっと探らせて。舌と舌とを絡み合わせて、君の味をゆっくりと堪能したい――指先は穏やかに背中をなぞり、君の背骨をたどりやがて腰の窪みへとたどり着く。君の体温が上がり、鼓動がぼくを……


いやぁぁぁぁ、思い出させないで下さいっ。

あたしはカッとなって言い募った。

「いつも通り変態ですよっ! どうしてあんなの野放しなんですか、断固抗議しますよっ。あんな有害粗大ゴミ放置するんじゃないっ」


感情のままに叫び、あたしはハっと息を呑んでしまった。

激しく恐ろしい眼差しでエルディバルトさんが睨んでくる。その手は今にも腰に下がる剣を引き抜きたいとしているが、ふるふると身を震わせてそれを押し留めていた。


「我が主への侮辱はそれで終いか」

「……すみません」

ものすっごい怖い。

あたしは小さな声で謝罪したが、相手の剣呑な眼差しは緩むことは無かった。


「どうやって貴女が公に取り入ったか知らぬ。だが、私はあなたを決して許す気はない」

低く威嚇するようにエルディバルトさんは言った。

取り入ったという言葉に多少カチンっときてしまう。

取り入った?あたしがいつあれに取り入ったというのだろう。

 それではあたしがアレをたぶらかそうとしているようではありませんか。


完全に違います!

たぶらかそうとしているのはアレです!

たぶらかされてるのはあたしですっ。


「貴女という女のおかげで、一人の女が不幸になったなど、知らぬのだろうな」

蔑む口調で言い切る男に、あたしは唖然とした。

「え……?」

「あの方にはもともと婚約者がおられた。それを破棄したことも知らぬだろう」


忌々しいというように言われ、あたしは「一応知っています」とはいえなかった。それに、それが事実であることは聞いている当人から。

――あたしの為に婚約を破棄したのだと。

 事実だと知っているから、あたしはぐっと言葉を詰まらせた。

あの男は、その女性は今は幸せに暮らしていると笑っていたけれど、ただの口先だけのことかもしれない。面前のこの男が言うように、本当は不幸になってしまったのかもしれない。

それは生憎とあたしには判らないのだ。


 あたしは自分の手と手をからめ、自らの左手の薬指にある指輪に触れた。

……その人も、この指輪をしていたことがあるのかもしれない。今も、アレのことを恋焦がれていないと誰が言えるだろう。

 なんといってもあの変態ときたら、顔と声と外面だけはいいのだ。 変態の癖に。

 そう思うとあたしはなんだかいたたまれないような微妙な気持ちも抱いた。


――いやまて、あたし悪いですか?


 もうとりあえずこの問題は保留。あとでアマリージェにでも聞いてみよう。時々彼女は鉄壁だけれど。それとも、この騎士の婚約者であるルティア様にでも聞ければいいけれど。

 彼女はどうやらアレと仲はよさそうだった。

なんといっても会話が成立していた。自分の好きなことしか言わないという一方的な会話を延々と繰り広げられるのだ。あれは絶対に仲良しの部類に違いない。

 なんと変態にも友人がいるのだとものすごく思ったものだ。あれは確実に類友。類は友を呼んでしまったのだ。


 近くで二人の会話を聞いてしまうと、ただ延々と自分の好きなことしか言わないという「あんたたち阿呆ですか?」な会話だけれど。


「くそっ、あなたと話などするべきでは無かった。よりにもよって公を変態扱いとは! おまえなど早々に愛想をつかされてしまえばいい。そうすれば私の独断で切り捨ててくれるものをっ」

 吐き捨てるように言いながらエルディバルトさんは乱暴に壁を蹴り上げ、そのまま後部へと足音をさせて行ってしまった。


それをあっけにとられて見つめながら、あたしは瞳を瞬いた。

レディと口にし、ついであなたになり最期にはおまえになってしまいましたよ? なんだか激しく嫌われているというか憎まれているというか、あれ、えっとね?


――いや、でもですね……あなたのご主人様は確実に変態なのですが。


果たしてエルディバルトさんがそれを理解してくれる日はくるのだろうか。


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