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頑固な少年と嘘つきな少女

「なんでアマリージェ様まで反対するんだよ!」

アジス君は憤慨した。

おそらく彼にしてみれば、アマリージェが反対するなど欠片も思わず、むしろ自分の意見に優しく賛同してくれるものと思ったのだろう。

――だがアマリージェは違った。

「愚かしいですわ」

しかも容赦がない。

ゆっくりと呼吸を整えて冷静さを取り戻したお姫様は胸元に手を当てて――動悸を押さえ込んでいるような所作で幾度か呼吸を繰り返し、その翡翠の眼差しに力を込めた。


「それに、あの方に仕えることができるのは神官でも高位の方たちですわ。その出は貴族ばかり。あなたがたどり着くことはできません」

――挙句辛らつ。

身分を出されては少年にはぐうの音も出ない。悔しそうに唇をぐっと噛むアジス君の姿に、あたしはほんの少し可哀想になってしまった。

 彼があの男に物凄く憧れだとか憧憬だとかいう種類の感情を持っているのは、判る。前回のことで十分に判る。だが、どうか思いとどまって欲しい。

アレは……アレな感じなのですよ、本当に。

 しかしアジス君の眼差しはより一層強いものへとかわってしまった。

ぐっと唇を噛んで、低く威嚇するように吐き捨てた。

「やらずに諦めるのは男のすることじゃないだろうが」

……格好いいよ、本当に。

若干十一歳。その男前さに涙が出そうだ。

 毅然と立っていた姫君もさすがに怯む。

ほんの少しだけ眉間に皺を寄せて、アマリージェが口を開こうとしたのをあたしは遮った。

これは駄目だ。

彼は純粋で、そして子供なのだ。

駄目だと反対されればされるほど意固地になるに違いない。

ならば――

「マリー」

あたしは嘆息交じりに口にした。

「パンを買いに来てくれたんですか?」

まったく話題を変えてしまう。

 アマリージェは一瞬驚いた様子を見せたが、問われた言葉には素直にうなずく。


「ええ……もちろんそれもありますけれど、あなたに会いに参りましたのよ?」

「何か用がありました?」

「用がなければ会いに来てはいけません?」

――何故か赤面しそうになる。

 可愛いなぁ、アマリージェ様。

そんなあたし達の会話に、アジス君が眉間に皺を刻んであたしの袖を引く。

「やけに親しいな」

女の子というのはですね、一晩お泊まりして食事を一緒にとれば結構仲良くなれてしまうものなのですよ、アジス君。

 何より、アマリージェの態度はやけに友好的だった。

「友人になりましたもの」

 アマリージェが言えばアジス君が驚きに瞳を瞬く。

彼にしても相手はお姫さま。お姫様と一般の――パン屋の従業員などが友人というのはきっと理解できないものなのだろう。

「リドリー、手が早いな」

――もっと違う表現でお願いします。

まるであたしがアマリージェ様をたらしこんだように言うのは辞めて。内心でそう考え、更にこれであの男があたしに張り付いていることを知られたら何を言われるのだろうかと身震いした。


――あたし、もしかして物凄い悪女扱い?


「とにかく」

話しを逸らしたつもりだったのだが、強い意思で喋っている少年はそんな小細工で話題をすりかえられたりはしなかった。

「オレは決めたんだ」

アマリージェの眉間に皺が寄り、口を開こうとする。

「神官になる」

「まぁ、色々と悩むのは大事よね」

あたしはアマリージェが口を開く前にそう言った。

「リドリー」

咎めるようにアマリージェが言う。それを宥めるように軽く手を払い、

「とりあえずおばさんのとこに顔だしてくれば?」

「え、ああ」

ひらひらと少年を見送り、アマリージェに肩をすくめて見せる。

「リドリー、あれでは――」

「子供のことですから、きっとすぐに熱が覚めますよ」

「――頑固そうですけれど」

「……そうですね」

頑固は頑固なんですが。

「でも神官って、確かにこの間数名見ましたけれど、普段からいるんですか? 神殿は無いんですよね?」

「普段はおりませんわ。あの方は自宅に人を置きたがりませんし。必要最低限の人員はおりますけれど――神官を屋敷にはおいていません」

「ああ、あの日は御祭りだったから?」

「……召集したのですわ。いくらあの方でも正式な手続きをとるならば独断で他者を投獄したり死刑にしたりできませんから」

「……」

「先に言っておきますけれど、あの場にいた全ての人間があの方の暴挙を容認してますのよ。誰一人として止めることはしませんでした。だから兄はあなたを呼びに行ったのです」

――……

「正式な手続きをとってくださって良かったです。

もし何の手続きもせずに事後報告ですまそうとなさっても――おそらく誰もあの方を咎めたりなさいませんわ」

「なんつー、暴君?」

「違います」

アマリージェは疲れた笑みを浮かべた。


「あの方は決して暴君ではありません。

今までそのような振る舞いなどなさらなかった。できることを知っていても、ただ静かに自らの世界に閉じこもっていらしたの」

すっとその翡翠の眼差しがあたしを射抜いた。


「あの方を暴君になさるのはあなたよ、リドリー。

だからあなたはその責任をとらなければいけないわ」

「……責任?」

「今日の正餐の招待だそうです。行って下さいますわよね?」

にっこりとアマリージェは一通の封書を取り出した。

「あなたが行ってくださらないと、きっとうちの兄が苛められてしまいます。それはもうねちねち陰湿に」

「ええ?」

「お受けして下さいますね?」


――お姫様はにっこり笑って嘘をつく。

さっき、用は無いって、ただ会いに来たって言ったではありませんか。

すごく嬉しかったのに……酷すぎる。



 気が重かった。

果てしなく。気が重かった。

――アマリージェに押し付けられた正餐とやらの招待状。

そもそも正餐なる単語がすでに大仰だ。あたしは一介の商人の娘です。それなりにいい家だったとは言えるけれど、一々夕餉に招待状ってどうなのだ。

 アマリージェが普段着でかまいませんのよ。と微笑んでいた言葉にしっかりと胡坐をかき、あたしはきっちりといつもの格好でアマリージェの屋敷の裏手、白い厳かな感じのする屋敷を訪れた。


なんだろうね、これは。

普通は好きな相手の家を訪れるというのはもっとこう……嬉しくてどきどきするものではなかろうか? いや、うん――もういいよ、好きで。好きだよ。ああ、好きですよ。

絶対に言いませんが。

 あたしは勇気を振り絞り、屋敷の正面玄関のノッカーへと手を伸ばそうとした。

途端、音もなく扉は開かれた。

「お待ちいたしておりました」

「っっっ」

丁寧に頭を下げる女性は――使用人の御仕着せを着用した女性だった。

背が高くてすらりとしていて、それでいて隙がない。きっちりと髪は結い上げられていて、一糸乱れてもいない。凛としたイメージのその人は、一片の笑みもなくただ静かに頭を垂れて身を引き、あたしを招き入れた。

「あ、あの……」

「主がお待ちです」

帰りたい――もうご領主さまには悪いですが、帰りたいですよ全力で。

ひたりと向けられるまなざしは冷たい。いや、冷たいのではない。無なのだ。あまりにも作り物めいた女性。

 そのまま案内を受けて一つの部屋へと通される。

細かい彫刻の施された艶やかな扉を開き、奥へと示される。溜息を押し隠して入れば、それはそれは陽気な笑顔の魔術師が、両腕を広げた。



「リトル・リィ! 朝ぶりだねっ、会いたかったよ」

無駄にテンション高い……

だが今問題なのはそれではなくて、あたしは自分の体温があがるのをめちゃくちゃ感じていた。

「なにその格好!」

「普段着」

……おまえの普段着はあのイカレ魔術師ではなかったのか。

あたしは極普通の黒色のズボンに生成りのシャツ、ベストにリボンタイという格好に意表をつかれてしまった。

考えてみればあんな格好を四六時中しているなんて、職業的魔術師であろうとないだろう。

呆然と見つめるあたしは、次の瞬間ぐいっと抱き込まれていた。

「リトル・リィの匂い、懐かしい」

ぎゅうっと抱き込み、耳の後ろ辺りで囁く。ひぃっという悲鳴を飲み込みながら、あたしはその同じ部屋で普通に食事の用意をしている女性が気になって、気になって、

気にしろぉぉぉぉっ。


「はなっ、せぇぇ」

「イイにおい、美味しそう」

それは絶対にパンの匂いですよ! 

って、舐めるなぁっ。

力任せに相手の腹を押せば、やっと拘束が解かれた。

「リトル・リィってば相変わらず照れ屋さんでかわいいなぁ」

照れ屋とかそんな問題ではありません。

「人が見てるでしょっ!」

「見てなければいい?」

いやいやいやいや、そういう問題ではありませんよ。


「気にしないで、アレは空気みたいなものだよ」

「うるさい! そもそも、招待状をマリーに持たせるなんて卑怯者!」

「どうして? 御友達なんでしょ? 頼んだだけだよ。マリー暇そうだったし」

 領主の妹姫を捕まえ暇そうって……なんたる傍若無人。

「どうせ自分で持ってきても無視されると思ったんでしょう」

「思ってないよ?」

「……」

にっこりと、魔術師は小首をかしげて綺麗に微笑んだ。


「リドリーはぼくが好きだろう?」

魅惑的な笑みを湛えて、何気ない様子で自らの手を包む白手をするりと抜き取る。

しなやかで神経質そうな指であたしの手を掬い取り、あたしの指の付け根のあたりを指先できゅっと押さえる。

 なんということはない所作なのに、あたしは小さく悲鳴をあげてしまいそうな程の羞恥を覚えた。

 ゆっくりと、一本ずつ丁寧に同じことを繰り返し、最期にその手をもちあげるようにして自らの口元に運び、あたしを見つめたままその指の付け根を軽く噛んだ。

「ね?」

「っっっ何が、ね、だっ」

あたしは慌てて自分の手を取り返した。


もういっそ心臓外して……

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