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冷笑と――

「何してるの!?」

ざっと視線が自分に集中する。

あたしが怯んだのは、その場には魔術師とアマリージェだけでなく、壁際に見知らぬ人たちが立っていたことだ。

 その誰もが神官服を着ていた。白いものではなく薄い蒼の衣装。

その中で、まるで王のように椅子に座っていた魔術師は顔をしかめてあたしの背後から入室した領主さまを睨んだ。

「姑息だな」

「……一番良い手でしょう?」

「そうかもね」

 魔術師は嘆息すると前髪をかきあげた。

「今日はゆっくりとお休みと言ったのに」

――休めなかったのよ。あなたのことばかり考えて。

なんて絶対に言わない。

「領主さまから聞いたのだけれど、トビーの家族を拘留するとかしないとか」

「うん」

「……まだ怒ってるの?」

「この手で打ち殺してあげたいくらいには」

肩をすくめる相手に眩暈がする。そんな台詞を吐く時でさえ、この男と来たら憎らしいくらいに綺麗な笑みを浮かべてみせる。

 座っている椅子で足を組みかえる。小首をかしげ、やがて魔術師は吐息を落とした。

「トビーに報復したら、君はぼくを嫌うかい?」

「嫌うわ」

「……そうか」

「そうよ」

 吐息を落とし、魔術師は軽く手を払った。

途端、うわっと誰かが声をあげる。

その声に視線を向ければ、控えていた男の一人が持っていた書類からぱっと手を離すのは同時だった。

 青白い炎が羊皮紙の表面をなであげるように這い、書類が燃え尽きる。

途端に、張り詰めていたような緊張が解かれた。

――それがおそらく彼が印章を押したという書類だったのだろう。

うわぁ、なに今の? 魔法? やっぱり魔法なの?

「良かった」

領主さまが柔らかく微笑み、あたしに一礼した。

「ありがとうございました。ナフサート嬢」

って、あたしそんなたいしたことをした感じではないのだけれど。困惑を込めて領主さまと魔術師を交互に見れば、魔術師はつまらなそうに半眼を伏せ、皮肉気に口の端を持ち上げる。

「アマリージェ」

「は、はいっ」

「ぼくに言うことは?」

まるでふてくされるように言う。

「ご無礼を、お許し下さい」

「――二度とリトル・リィと呼ぶことは許さないよ。覚えておきなさい」

 八つ当たりだ。

確実に。

 アマリージェは軽く魔術師に頭を下げたが、つっとその視線をこちらへと向けた。

「リドリー・ナフサートさま」

さ、さまっ?

はじめまして(・・・・・・)私、アマリージェ・スオンと申します。

私のことはマリーとお呼び下さい。私は貴女さまをどのようにお呼びしたら宜しいでしょう?」

 はじめましてではないが、それを訂正するのははばかられた。

あたしは多少戸惑いながらも、年下の御姫様の言葉と微笑みに応えた。

「えっと、リドリーでいい、です」

「では、リドリーさまとお呼びいたします」

いやいやいや。

「リドリーでいいです。呼び捨てで。アマリージェさま」

「マリーですわ。呼び捨てで構いません。リドリー」

 翡翠の瞳を柔らかくして微笑む彼女に、あたしはほんの少しだけ胸を痛めた。

――嫉妬、したんですよ、今日、あなたに。

冷たい眼差しだと勘違いしたのですよ、今日。



そんな微妙な二人とは裏腹に、魔術師の視線は領主さまへと冷たく向けられた。

「ジェルド」

「はい」

領主さまの声が強張る。

びしりと背筋を伸ばし、こくりと喉を動かす様子はまるで教師に叱られるのをまつ生徒のようだ。

「言いたいことは理解できる?」

「はい」

「ならいい――あとで、ね?」

瞳を細めて言うと、魔術師は椅子の肘掛に一度手をつけて勢いをのせて立ち上がり、もう一度手を払った。

 それを合図に薄蒼の神官服を着た男達が一礼して下がる。

――まるで劇の一幕のように。整然としていてそうあれと定められているかのように。

あたしはなんだか居心地が悪くて眉を潜めた。

緊迫した様子の領主さまも気に掛かる。

「魔術師」

「なにかな」

ふっと微笑む。

差し伸べられる手に触れることもなく、あたしは一応気になっていることを尋ねた。

「もう怒ってない?」

「怒ってないよ?」

「トビー達に何かしたりしない?」

「――言葉をかけるくらいはいいよね? もうぼくはいやだよ? あんなコト」

 確かにあたしもイヤだし、何よりあんなことでこの騒ぎだ。もしまかり間違ってもっと偉い騒ぎを引き出したら困るから、それくらいは了承する。

 あたしがこくりとうなずくと、魔術師が嬉しそうに微笑む。

その笑顔に誤魔化されてなるものかと、あたしは更に言葉を重ねた。

「他の人にも怒ってない?」

「他って?」

「あなた、ご領主様に何をするつもり?」

「――」

魔術師が応えるより先に、ご領主さまが慌てて声をあげた。

「ナフサート嬢。良いのです。

これは当然の罰なのですから――」

「ジェルドっ」

苦々しい様子で魔術師がご領主さまを睨みつけたが、あたしはそれより先に声をあげた。

「駄目だからね! なんだか判らないけど、何するつもりだか判らないけど、絶対に駄目だから!」

「……」

 魔術師は前髪をかきあげ、ちらりとご領主さまを見ると嘆息した。

「だ、そうだよ?」

「――」

「たまには思い切り無駄な権力の行使をしてみようと思ったけど、なかなかうまくいかないものだね。まぁ、リトル・リィの優しさに感謝しなよ、当主?」

「はい、寛大なお心に感謝いたします」

そのやりとりに、あたしは瞳を瞬いて、

「魔術師、なんだってあんたはそう偉そうなの?

相手はご領主さまなのよ? 貴族よ? なんなの?」

とあたしが言う言葉に、


それまで静かに控えていたアマリージェが耐え切れなかったように噴出した。


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