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コイゴコロと冷たいコエ

――あの男はあたしを好き。

あたしはあの男を好き。


ぎゅうっと枕を抱きしめる。

それってさ、つまりさ、両思いですね、オメデトウ?

「いやいや、駄目だろう!」

あたしは独り言を呟きながら、自分の寝台の上で身悶えていた。駄目だ。絶対にこんなこと言ったら駄目だ!


そんなことを言ったが最後、なんだか寝台に連れ込まれてなし崩しに……うひぃ?

「あたし壊れてるわ」

何考えてるのかしら。

一人でいるのに恥ずかしい!

壁に預けていた背中を横にずらして寝台にぽてりと横になる。自然と指先が唇に触れて、魔術師の繊細そうな指先が唇をなぞるのを、吐息が触れるのを思い出してわけもなく叫びたくなる。



――重症だわ。

なにかしら、これ。

あたし……マーヴェル相手にこんな風になったこと、ないわ。

はじめて口付けしたあの日。とても嬉しかったのをちゃんと覚えてる。けれど、こんな風に暴れだしたいようなじっとしていられないような気持ちまでは抱かなかった。

嬉しいという感情と共に、何かとても……そう、腹の底が冷えたのだ。

罪を犯したような、なんともいえない、鈍い痛みを覚えた。きっとあれはマーヴェルの心が自分にないことを知っていたからだろうと思うのだけれど。

 あのあと、あたしが「帰る」と言えば魔術師は微笑んで「送るよ」と自宅まで送ってくれた。強引に出るかと思えば拍子抜けするほどあっさりと開放される。

――それをあたしときたら、何だか物足りないように感じるなんて、本当に、どうかしている。

 あたしが寝台の上でばたばたしていると、ふいにノックの音が聞こえた。

「ひゃあっ」

何故かへんな声が出てしまう。

……なんというか、もう何故イロイロと後ろめたいのかしら、あたし。

恥ずかしい!

あたしはぱんぱんっと自分の頬を叩いて、十歩も歩かないで行ける玄関の扉を開いた。

「遅い時間にすみません」

「……はい?」

しまった、なんであたしってば無防備に確認もしないで玄関開けてるの!? 外の喧騒がまだあるから忘れていたが、すでに外は暗い時間だ。

 トビーが言っていたように、広場ではダンスをしているのだろう。楽しそうな曲が流れてくる。

 そして、玄関に立っているのは見知らぬ男性だった。

金色の長い髪を後ろで一つに束ね、深い紺の上下に身を包んだ姿は一見質素だが、その生地は品が良さそうだし、穏やかな笑みを浮かべる面は……

「領主、さま?」

遠くから見ただけであまり判らないのだが、その顔はアマリージェに似ていた。その口元が。だから咄嗟に、そう言葉をつむいでしまう。

 あたしが戸惑うように言えば、面前の青年は胸元に手を当てて微笑んだ。

「はじめまして、リドリー・ナフサート嬢。

私はジェルド・スオンと申します。

申し訳ありませんが、一緒にいらしていただけますでしょうか?」

「え、あの、何故?」

「できればあなたに救って頂きたいのです」

は?

 困ったように微笑み、

「もちろん、あなたがイヤだと言うのであれば諦めます。ですが、私としても領民は大事な家族。救えるものであれば救いたい」

「あの、ちっとも話が見えませんが?」

「コーディロイはご存知ですよね?」

「あの人、何かしでかしたの!?」

「ペギー一家を投獄するようにと命じました」

ばかーっ。

「私が言ったところであの方は止まりませんから、こんなことであなたの手を煩わせることをどうかお許し下さい」

って、何故にそんなに領主さまは下手(したで)なの。

あたしはしがない一般庶民です。領主さまだというのに相手の青年は丁寧にあたしに対して礼を尽くす。

 何より、領主様! どう考えたってあなたのほうがアレより偉いんじゃないの?

「もし救う心がおありでしたら、一緒に」

「行きます!」

あたしはむしろ相手の腕をつかむ勢いで部屋を出て、そのまま階段を下りた。慌てて領主さまがついてくる。二階におりたところで、止められた。

「こっちです」

示されたのは二階の扉。

「……」

いや、確かに魔術師はそこから出てくるけれど。あれ、ここにいるの? あたしが首をかしげるより先に、領主さまは慣れた様子でその扉を開いた。



「……あああ、本当につながってるし」

あたしは眩暈がした。

扉を開けると、そこは寝室でした。

しかも明らかにあたしの部屋よりも数倍もでかい寝室。幾つかの明かりが点されたその部屋はほのかに暖かい。

レンガ造りのアパートとはまったく違う。白壁の美しい空間。

 天蓋付きの寝台なんて、どう考えてもあたしの部屋サイズだし。うわ、なにこれ、なんかむかつく。

額に手を当てるあたしに構わず、領主さまはその寝室にあるもう一つの扉へと歩いていく。おいていかれるわけにもいかず、あたしは慌ててその後をおった。

――魔法使い。

 確かにこれは魔術師ではなく魔法使いの領域だ。

けれど魔法使いなんて、はるか昔……もうずっと昔に絶滅してしまったのではないの? あたしの中の認識では、魔法使いはすでに物語の人だ。

 起毛の絨毯はなんだかふわふわとしていて歩くのが不安定。あたしは居心地が悪くて、とりあえず領主さまの背中ばかりに集中するほかない。廊下はタイルがはめ込まれていてよく磨かれている。それでも、人の気配はあまり感じない魔術師の館。

「面倒かもしれませんけれど、町中を通るよりは近いですから」

と、一旦その建物を出て隣にある領主館へと入りながら言う。あたしは領主様の歩調に必死に追いつきながら、領主館のその一室にやっとたどり着いた。

「嫌われますわよ」

女性の声が耳に入る。

「黙れ、マリー」

「黙りません! あなたのすることに誰も文句を言わないと思っていらっしゃる? 確かにその通りですけれど、人の命を奪うのだけは許されませんわ」

「許されるよ。書類にはぼくの印章がある。ぼくが命じれば今この場にこいつらを引きずり出して一本一本腕を引き抜くのだって自由だ」

「コーディロイ!」

「ぼくと言っているうちにその口を閉ざすといい、アマリージェ。随分と不敬だと思わないか? よりにもよってリトル・リィを引き合いに出したしね」

「いくらだって言うわよ。リトル――」

「黙れ、その呼び方を許してもいない」

「コーディ……」

「アマリージェ、あんまり煩いとおまえも石牢の冷たさを知ることになるよ?

それとも、竜峰へと行くかい? あの永久凍土に一日置き去りにして生きていられるかな」

ひやりと、冷たい声音が響いた途端、あたしは慌てて扉を開いた。


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