触れる指先とふるえるココロ
背後から隣に座り、顔を覗きこまれる。
柔らかな眼差しで心の中に入り込むように。
かぁっと頬が熱をもって、自然と視線を逸らす。それを不思議そうに見つめて、魔術師はふいにあたしの唇にその指先を沿わせた。
「舐められてたね?」
うっ。
「見てたの?」
「見たく無かったけどね?」
その言いように、あたしはむっとして口走ってしまった。
「だったらちゃんと止めてくれれば良かったじゃないの!」
「うん、ごめんね?」
うっ。
「お詫びにリトル・リィの気に入るような制裁をしてあげる」
は?
にっこりと綺麗な微笑みを浮かべ、魔術師はあたしの唇を優しくなぞった。
「あれは粉屋の息子だね。粉の卸しを生業としている家だ。うん、その専売を取り上げようか? それとも、土地や家を取り上げる? あの家には娘がいるけれど、その娘をどこかのヒヒ親父にあげちゃうとか。それとも」
「ちょっと待て!」
あたしは慌ててストップを掛けた。
楽しそうに歌うように言っているが、その内容は楽しい感じゼロ。あたしは思わず周りの様子すらうかがってしまった。
元々それほど人のいる気配は無かったが、それでも周りの人がちらちらとこちらを気にしているのが判る。
それが町の人だからこの男のことが判るのか、それともただのバカップル見物なのかは判別できないが。
「なんで全部家人なの」
いや、問題はそこじゃないけれど。
「だって、人間は自分に向けられる悪意よりも近しい人に向けられる悪意のほうが堪えるんだよ?」
「……」
「まぁ、リトル・リィが当人にしろっていうならもちろん、よりどりみどり。消し炭? ミディアム? ウェルダン? 見て気持ちいいとは思えないけど」
「――」
冗談だよね?
「竜の生贄とかっていうのもいいよね。
でもアレは男を食べたいかな? まぁ、昔っからそもそも生贄なんて言い訳で、落とされる人間は大抵そのまま躯を晒すだけなんだけどね」
「――何もしない方向で」
「ん?」
「別にあたし怒ってないし」
「怒ってないの?」
ぶんぶんと肯定の意味で頭をふれば、魔術師はふふっと笑い、
「でもぼくは怒ってるから」
――……頼みますから人の話を聞きましょうよ。
「遠い場所、ぼくの手の届かない領域でならともかく――ぼくの領域でリトル・リィに手を出されるなんて」
「――」
「自宅に雷を落とすってのはどうかな。全焼で一家全滅とか楽そうだね。焼け野原にして花畑にしようか。いい肥料になってくれるかも」
「もしもーし」
「牛引きっていうのがあるんだけど、知ってる? 鉄の処女なんて無いしなぁ。んん、近くの砦で見た気がするかも? どこだったかな」
だから、待て。
「駄目だったら!」
「駄目だよ」
さらりと言う。口の端を引き上げ、小首をかしげ、まるで楽しそうに。
「だから、ぼく怒ってるし? この怒りを静めないことには――」
そもそもやられたのはあたしですよ。
頼むからその楽しくない妄想、妄言の垂れ流しは辞めて。笑いながら言うのが怖いから。
怒っている、という言葉の通りに面前の男の瞳は決して表情通りに微笑みなど浮かべていない。その瞳は暗く強い光を浮かべている。
――腹の底からすっと血の気が引く感覚は、まるで別の感情を呼び起こす。
駄目だという戒めを断ち切る、気持ち。
コノヒトはアタシをスキなのだ。
やばい、やばい、やばい。
警鐘は鳴り響く。けれど、嬉しい。嬉しい――その感情がとろりと自身をなで上げる。
あたしは、とても、嬉しいのだ。
「リトル・リィ?」
ふいに、魔術師が小首をかしげた。
「え、あ……」
かぁっと頬に熱があがる。
冷たい指先が頬に触れて、優しくなで上げる。
親指の腹が唇を撫でて、ふっと魔術師が吐息を落とした。
唇が、触れる。
それが判るのに、あたしは――避けることが、できなかった。
上唇をそっと挟むようについばみ、戸惑うように舌先で撫でる。ふるりと身が震えたのは、背筋に奇妙な痺れが走ったから。
「リドリー」
そっと囁かれた言葉に、あたしは瞳を伏せた。
魔術師がかすれるような言葉で囁く。
「どうして外なんだろう」
「……」
「あああ、このまま押し倒したいぃぃぃ!」
――あたしが思い切りその頬を張り倒したのは言うまでもない。
くそっ。
なんでこんな男好きなの!
絶対にこんなの間違ってる!
だってだってだって……
間違って――まちがいで……
マチガイなの、この、
心臓が壊れそうなほど、うれしいのは。
あああ……この男が、スキだ。