表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/144

過ちと悪魔の囁き(マーヴェル)

物心ついた頃には知っていた。

――リドリー・ナフサート。

それが自分の妻となることを。

ナフサートの家は貿易を生業としていたし、自分の家は船長の家だった。だから、いってみればそれだけの関係だ。

つながりは元々深く、更に深くするための結婚は必定だった。

リドリーはその家の中でも萎縮して見えた。

母親には溺愛されていたものの、父親からは少し距離があった。

家人は病気の妹のほうにかかりきり、リドリー自身、ティナを気にして自分を抑えているようにみえた。

 ティナは甘えん坊で、可愛くて、誰からも愛されていた。

「ティナはマーヴェルの御嫁さんになる」

数日寝込んでいたティナがそんなことを言う。

「オレはリドリーと結婚するんだよ」

小さく笑って言えば、ティナが泣き出した。

仕方ないから「判ったよ。ティナが元気になったらね」と軽く言う。

――ティナは体が弱いから、きっと長く生きれない。

 誰もがうすうすそう感じていた。

そのティナが十を越えれば、誰もが喜んだ。その頃には病気がちだった体も元気になって、快活な彼女は可愛くてやっぱり誰からも好かれていた。

 きっと焦ったのはオレだけだ。

「マーヴェル大好き」

そう言うティナにどう返事をして良いのか判らない。

けれどティナだって判っている。オレの結婚相手はティナではなくて、リドリーだということを。

「リドリー」


――愛してる。

言葉はまるで砂や水のように流れて、落ちた。

届かない。その言葉はまるで彼女には届かない。

幾度告げようと、彼女の心に触れることはできない。

まるで、リドリーの心はここにないように。


やっと彼女にキスをした時、オレがどれだけ有頂天になったかなんて誰もしらないだろう。

 

ティナがいなければいいのに。

そう思うことが罪だろうか?

ティナの後ろで控えめに笑う彼女を愛してる――いつかこの手でもっと自由に快活に笑わせて、守っていきたい。そう思うことは罪ではないはず。


もどかしくて、抱きしめたくて、でも彼女との間には見えない溝があった。

それでも口付けに応えてくれた彼女は控えめに頬を染めて、拒絶しなかった。

それを思い返せば、その先を求めたくなるのが男ってものだろう?


『水車小屋で待ってます』

無記名のカード、けれどオレの心は喜びに震えた。

他の誰とも思わなかった。

彼女自身、オレを欲しいと想ってくれている。


ティナとは……――思わなかった。

彼女がオレを好きだと知っていたというのに。

「どうして?」

「一度でいいの。マーヴェルがリドリーと結婚するのは判ってる。親同士の決めた許婚同士だもの。仕方ないと思ってる」

 仕方ないって何だ?

親が決めたことだとしても、それでも――自分がリドリーと結婚することを望んでいる。

「莫迦なことはよせよ」

半裸の姿で瞳を潤ませるティナは怒ったようにいう。

「莫迦なこと? マーヴェルは意気地が無いだけよ」

「ティナっ」

「もしあたしがここで悲鳴をあげて飛び出したらどうなると思う? リドリーは許すかもしれないわ。でも父は許すかしら? いいえ、もしかして結婚相手を思いなおしてくれるかもしれないわ。あたしとあなたが一緒になるのが一番いいのだって」

「ティナっ」

「でも、ここであたしを抱いてくれるなら……諦めてもいい」


そんなことできる訳がない。

そう思うのに、その時……悪魔が囁いたのだ。

耳元で、いや、脳に直接。

――そうすればいい。それが正しいのだと。

そうすれば幸せが手にはいるのだと。

抱いてしまえば諦めてくれる!

耳に心地よいテノール。小さな笑みすら添えたその言葉は、全てを覆した。



「あたしのこと……愛してる?」

ぎこちない笑みで、愛しい娘から愛しているかと問われた時。

――いつだってティナの笑みがちらついた。

あの小さな口が、いつか全てを話してしまうのではないかという恐怖と絶望が、抱きしめる手にふるえをよぶ。

オレは間違ったのだ。

――悪魔の囁きなど振り払い、あの場所から立ち去り、リドリーに幾度でも愛を囁けばよかった。


それでもまだやり直せる。

結婚してしまえば――四六時中抱きしめて、君を誰よりも幸せに……



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ