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子犬と微熱

トビーの横顔を見ながら、あたしは現状に困惑していた。

――例えば、トビーが好きだと言ってくれればそれに対して何かしらの反応をあたしは返せる。

 好意を向けられるというのは実際に嬉しい。

嫌われるよりも好かれるほうが嬉しいのは当然だ。けれどトビーはそうしてくれない。そうしてくれないのに、当然のようにあたしの手をとる。

「あのね、トビー」

「なに? あ、どこか座るトコ探さないとね。広場は人で一杯かな」

トビーは笑顔を絶やさない。

嬉しそうなその様子は、以前思ったとおりに犬のようだ。尻尾をぶんぶん振っている。

純朴そうな青年の笑顔に、あたしは途方にくれてしまう。

――彼を好きになれたら良かったのに。

あたしの中でただの一度もトビーを意識したことが無い。だから、好きだと言われればきっぱりと断ることができる。

――なんか、あたしってイヤな女。

「領主館の庭に行く? 今日は開放されてて」

あたしはギクリとした。

まるで心臓を攫まれたように動転して、慌ててぶんぶんと首をふる。

「えっと、西の森の入り口辺りとかは? 少し丘になっているとこ」

そこは絶対にイヤで、慌てて無難そうな場所を提案する。町中で食事をとれるような場所は広場しかないけれど、広場は人で一杯だから、やはり少し外れに行くしかない。

「ああ、あのへんなら少しは人が少ないかな? じゃあ、他に何か買って行こう」

――あたしはさほどお腹空いてませんよ。

パンとか色々食べたので。

けれどそれすら口に挟めない。

トビー、いがいとおしが強いのか。それともあたしが弱すぎるのか。



楽しげな曲に、美味しそうな食べ物の香り。

誰を見ても楽しそうにしている雰囲気があたりを埋め尽くしている中、あたしはトビーに引かれて町を横断し、やっと人が少ない丘で一休み。

「こっちの鳥の蒸し焼きはソースが絶品だよ。毎年買うようにしてるんだ」

差し出された蒸し鶏を、一口。

――だからお腹は一杯なんです。

「収穫の祭りのメインはパレードだけれど、夜になると広場でダンスとかもするんだよ。リドリーも出るだろ?」

あたしは乾いた笑いで首を振る。

「さすがに夜までは」

あたしはですね、疲れているのですよ。今、まさに。

明日は一日休みを頂いている。【うさぎのパン屋】も完全に休みで、マイラおばさんもゆっくりすると言っていた。けれどだからといって夜まで騒ぐ元気が無い。

 今日はイロイロありすぎました。


町の外れにあたる丘はさすがに人が少ない。同じように広場で食べ物を購入して寛ぐ家族連れやカップルが離れた場所にちらほらといる程度。

 今は丁度女神様からの花がもらえる頃合だとかで、やっぱりそちらのほうが人気が高いようだ。

「リドリーとダンス踊るのを楽しみにしていたのに」

「いや、うん?」

やばい、もうなんか駄目です。

「他にも一杯女の子はいると思うよ」

投げやりですよ、あたしは。

お腹一杯だというのに、がぶりと蒸し鳥にかぶりつく。トビーが絶賛するだけあって、ソースが絶品。ただし、ソースの量が多すぎ――かぶりついた途端にソースがこぼれそうになって慌てるあたしに、トビーが笑う。

「リドリー」

ひょ?

呼ばれて顔をあげた途端、ふっとトビーの顔が、近い。

えっ?――と思う間もなく、その舌があたしの唇の端を舐めた。


「……」

「えっと、あのっ。あんまり可愛くてっ」

ざーっと血の気が下がった。

「ソースがついててっ」

あの、ごめんっ。

ごめんと謝りながらも、トビーときたら嬉しそうにしている。あたしは相手の有頂天を打ち砕く勢いで声をはりあげていた。

「あたしっ、好きな人がいるの!」

いないけどっ。

「だから、あのっ、こういうのは――困る」

「好きな人?」

 呆然としたようにトビーが言う。まるで傷つきましたというように。

「え、でもリドリーは……」

「本当にごめん」

何か釈然としないという様子で眉を潜められても、こちらのほうが釈然としない。あたしは焦って一生懸命に言葉を捜した。

「あたしは――」

「好きな人って、誰?」


突っ込まないで!


そこを突っ込まれると物凄く、困る。

あたしはもう咄嗟にどうしていいか判らなくて、

「婚約者がいるの!」

もうやけっぱちだった。

こんなトコで出してごめん、マーヴェル――今だけ、今だけよ。あんたがティナのものだっていうのは承知してるから!

 あたしは心の中でマーヴェルに謝った。

ここは一つ、元婚約者として名前だけ貸して下さい。それくらいはいいでしょう。許して下さい。

あなたとティナの幸福を遠い空の下でいくらでも祈ってあげるから。

名義貸しくらい笑って許して。

あれ、なにかちがう?

「誰?」

もう一度、強張った調子でトビーが問う。

あたしは勢いこんで口を開いた。

「マ――」

「ぼくです」


いきなり後ろから抱き込まれて、あたしはひぃぃぃっと声無き悲鳴をあげた。

「こんにちは、トビー。

ぼくの居ない間にリトル・リィの相手をしてくれていたの? ありがとう」

ぎゅうっと、強く魔術師の腕が抱きしめてくる。

優しい口調でトビーに向かいながら、魔術師は告げた。

「でも、十数える間に消えてくれる?

雷落としちゃうかも、ぼく」

「コーディロイ?」

「君には一度きちんと言ってあげたのに――いっておくけど、リトル・リィのことに関してぼくはものすっごく狭量だよ? ぼくの町の人にも容赦するつもりはないし、はっきり言って消し炭にしてもいいかなぁって思ってるんだけど、ああ、でも焼き加減に注文があれば応えてあげる程度には寛大だけどね?」

 さらりと不気味なことを言いながら笑っている男に抱え込まれ、あたしも、そしてトビーも青ざめていた。


いやいや、ナイですよ。

普通に考えてそんなことできませんって。

と理性が言うのだが、この男を常識で図って良いのかどうかも判らずになんだか怖さだけが募っていく。

 魔術師だか魔法使いだか判然とはしませんが、この男がアレなのは承知しております。

「じゃあ、カウントしちゃうよ?」

小首をかしげる男の言葉に、あたしは慌てて、

「トビー、ごめんなさい! さようならっ」

わけわかんないけど、退場! ハウス!

追い立てるようにして告げた。


「おや、逃げられてしまったか」

のほほんと言いながら、さらにのしりとのしかかられる。

あたしは草むらに座っている状態で、結構辛い。上から押しつぶす気か?という圧力だ。

「あの、離してくれる?」

「目を離すと心配なんだけど」

「いやいや、目じゃなくて、その腕を……離して欲しいのです」

「どうしたの? いつもだったらここで肘鉄とかきそうなんだけど」

うっ。

それは……そうなのですが、なんというか、できないのですよ。

あたしは眉をぐっと潜めた。

――やばい、ちょっと嬉しい。

嬉しいような、気がする。

誰か気のせいだって言って。

「ねぇ、リドリー」

耳元で囁かれて、心臓がはぜる。

耳たぶに吐息が触れる。

体温が、上がる。

「リドリー?」

この男の口から名前を呼ばれると、なんだか落ち着かない。

むしろリトル・リィと呼んで頂きたい。

「め」

「め?」

「女神さまは? いいの?」

「ああ、なんか凄いコキ使われたよ。マリーはね、おっかないんだよ。ジェルドがほやほやしてるからかな。やたらとマリーがしっかりしてて、あの年で凄い怒りんぼうになっちゃった」

 溜息交じりに言いながら、ゆっくりと背中から離れる。

肩に掛かる圧力が離れると同時、ふっと……自分の中にかげりが浮かんだ。

少しだけ物足りないような、寂しいような。


あたし病気か?

相手は魔術師ですよ。

しっかりしなさいリドリー!

自分の中で自分を叱責しても、神官服では無い魔術師の姿に、あたしは自分の体温があがるのを止めることができないでいた。

なんでだ!


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