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闇色の瞳と翡翠の瞳

――北の霊峰、竜峰には竜が眠る。

石で形とられた竜のレリーフが飾られたサロンの基本色は白。

神官職という言葉に偽りはないのか、そこはやけに――こざっぱりとしていた。

 魔術師に半強制的に――確かに承諾はしたが、納得はしていない――連れてこられた屋敷は、領主館の裏手に作られた白く清潔感のある邸宅。

というか、生活感があまり見えず。

「神職って、神殿は?」

と、ぽつりと呟いたあたしの言葉に応えたのは、アジス君。

「必要ないだろ?」

「……ないの?」

「だって、祭壇は北の霊峰にあるし。コーディロイは竜守りなんだから」

――全てその言葉で片付けるのは辞めて下さい。

あたしはまったくの余所者です。

あたしは出された茶に毒でも入っているのではという危惧すら抱きながら、おそるおそる口をつけた。

 白磁のカップにほんの少しのお砂糖を加えた林檎のお茶。あたしの好みまで熟知されているようでちょっと怖い。

「ただの名誉職だからですよ」

クスリと魔術師が言う。

「名ばかりと言ってもいい――尊き人と呼ばれるのも、神官長といわれるのも。

ただの暗号や記号とかわらない。

そう、私はね、リトル・リィ」

魔術師はふと儚く微笑む。

達観しているような、何かを諦めているような。

「竜と一緒なんです」

竜と、一緒。

その言葉を舌の上で同じように転がす。

 それはなんでしょう、自分神様目線ですか? それってどうなのよ。というあたしの内心を見透かしでもしたのか、魔術師はふいにふっと鼻で笑った。

「――失礼」

苦笑しながら、

「先日言ったでしょう? ここの人たちは竜が目覚めるのを恐れている、と」

「……」

「その理由も。

――私も同じなんですよ」

――崇り神。

悪さをして欲しくないから、神様として敬う。敬っているのだから悪さをしないで欲しい。

それと同じなのだという意味であると、気づいた。

 

「そりゃ、竜は寝てないと駄目だって、皆知ってるよ」

 アジス君が怪訝に眉を潜める。

「竜は眠りながら町の平和を見守ってくれてるんだ。俺は違う町だけれど、ばーちゃんがそう教えてくれたよ」

「そうですね」

「起きたら神様がいなくなってしまうから、コーディロイが竜を守ってるんだろ?」

少しだけ言葉使いがいつものように戻っている。

この男の存在に慣れてきたのだろう。

「守っているのではなく、見守っているんですよ」

「同じだろ?」

「――どうでしょう」

クスリと笑い、魔術師はちらりとあたしへと視線を向けた。

深い闇色の眼差し。深い寂しさすらはらむような。

 アジス君の言葉と魔術師の会話は少しだけずれている。

アジス君は気づいていないだろうけれど。


――崇り神。

とくりと胸が痛むような気がした。

笑みを浮かべてアジス君と話している魔術師は――神官長に見える。今まで見てきた魔術師と今この場にいる人は中身がそっくり違うと言われたほうが納得できるほどに違う。

あたしはなんとなく居心地が悪くて、昨日作ったパンを両手でもって無意識に千切っては口に放り込む。


 どれが真実でどれが……

それともどれも真実なのだろうか。

幼い頃にあたしは本当にこの人を好きだったのだろうか?

――何故、この男はあたしを好きだというのだろう。


あたしは壁に掛かるレリーフを見上げた。

眠る竜――崇り神の竜。

竜守りって、なんなのだろう?


あたしが思考の海を漂っているうち、突然廊下から足音が近づき、息を詰めた頃にはその部屋の扉が外から開け放たれ、

「コーディロイ!

せめて領主館にいて下さいと言っておいたじゃありませんか!」

少女の甲高い声が部屋に響いた。

 あたしとアジス君がびっくりと固まる。

その中で魔術師が苦笑を落とした。

「マリー、お客様が見えてますよ」

「そのようですね」

 純白の衣装に、花を一杯あしらった髪飾り。美しい翡翠の瞳とそして金色の豊かな髪。

それは遠めで一度見た、本日の主役であるはずの少女だということはすぐに知れた。アジス君があっけにとられて「アマリージェさま」と呟いたからだ。


――ああ、女神様。

少女はドレスの裾をつかみ上げ、部屋の中に入ると眉間に皺を刻み込みアジス君と、そしてあたしとを視界に入れた。

「……この館で使用人以外の人間を見るのは初めてですわ」

「マリー、礼儀はどこに落としてきたの?」

「はじめまして、私アマリージェ・スオンと申します。

このアビセイム付近の領地を束ねるジェルド・スオンの妹でございます」

 丁寧に一礼し、それからすぐに魔術師を睨みつける。

「たまに頼んだ仕事くらいしてください!」

「マリー、花なら一杯だしてあげたじゃないか」

「足りませんわよ! 今日見えているお客さんたちは、女神からの花を楽しみにしていらしているのよ。一年間の祝福を得る為に来ているの。だというのに、自動花栽培機のあなたがいなければやがて花は尽きてしまうのよ」

「……別に自動ではありませんよ? 花は無限ではありません。無いなら諦めて」

 呆れたように吐息をつき、魔術師は諌めるが相手は眉間の皺をきつくした。

「今日は言うことをきいてくれる約束でした」

「困った子ですね」

 ぐいっと魔術師の手が引かれる。

それと同時、少女はちらりとあたしを見た。

けれどそれだけ、何を言うでなく魔術師の腕を引く。

「コーディロイ」

せっつくように言う少女。

「リトル・リィ、それにアジス君」

嘆息して魔術師は立ち上がり、微笑んだ。

「申し訳ありません、私は行かなければいけないようです」

「オレ達帰ります」

ぱっとアジス君が立ち上がって頭をさげる。


アマリージェ・スオン――愛らしい人形なような少女の翡翠の瞳が、つめたく自分を見ている気がした。


いかないで。

ふいに浮かんでしまった心に、あたしはぎょっとする。

だってはじめて見たのだ。

あの男の腕を掴んでいる人間なんて。

――そこは自分の場所……なんて思っちゃ駄目だって!


あたしはうずくまって叫びたいほどの感情を必死で叩き落とした。

流されてはいけません!!

自分を強く持つのよ、リドリー!


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