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兄弟と姉妹

「リドリー」

 嬉しそうにティナが言う。

そんな風に呼ばれるのは、じっさいには子供の頃いらいのことだ。ある程度大きくなると、ティナはそんな風にあたしを呼ぶことは無かった。

 もちろん、あからさまな敵意とかは無かったけれど。

表面上はふつうの姉妹で、仲が悪いわけでもやたら良い訳でもなくて――そう、ふつうの姉妹だったのだと思う。ふつうって、まぁどんなのがふつうの姉妹か比べる基準は無いのだけれど。


 寝台で座っていたティナが両手を伸ばしてあたしにしがみつく。まるであたしの心音を確かめるように胸に耳を押し付けて、ほっと大きく息をつく。まるで生きているということを確認するかのように。そんな風にされるとどうにも苦しくて、あたしはティナの髪をなでた。

 再会した時は汚れていてからまってしまっていた髪は、今は短く切られてしまっていて痛々しい。ティナは自分の髪が短くなってしまったことに気づいているのだろうか。彼女は一度もそのことに触れていない。


 あたしはティナの髪をなでながら、ぼんやりと違うことを考え始めていた。

エルディバルト兄が告げてきたことを、飲み込むことはたやすいことではない。竜公の代替わりについてははっきりとどういうことか判っている訳ではないけれど、昔――幼いころのユーリを思えばどういうことだかは推察できる。

 たった一人きりの魔法使い。

代替わりをして、魔法が使えなくなってめでたしめでたし――そんな話であれば、今頃自分がきっと魔法使いになっていたことだろう。


 ユーリは魔法使いになってもいいと言うあたしを魔法使いにしなかった。

しなくてよかったと淡く微笑んだこともある。

きっと、それはとてもよくないこと。

魔法使いという病。


「マーヴェルがね、本を読んでくれていたの」

 その言葉にふっと意識が浮上した。その言葉に促されるように視線が寝台の反対側――寝台の縁に腰を預けて本を手にするマーヴェルを視界にいれて、彼自身はどこかぎこちなくあたしとティナを見た。

マーヴェルとあたしの距離は相変わらずで、そんな状態でもマーヴェルは相変わらず気遣うようにあたしを見つめ返す。

 それを少し避けてしまうあたしは、やっぱり意図的に視線をそらした。

「ありがとう、マーヴェル」

「構わないけど、リドリー? 顔色が悪い。ティナは俺が見ているから、ゆっくり休んだら?」

「いーやっ。次はリドリーに読んでもらうのっ」

 子供のように言い張るティナに、マーヴェルが「ティナっ」と軽く叱る。そうすると、ティナはさらに力を込めてあたしに抱き着いてくる。

 まるで子供に戻ってしまったかのようだ。


いーっと言いながら顔をしかめていたティナが、ふと抱き着いてくる力を緩めてきょろきょろと辺りを見回した。

「ティナ?」

「あの子、いない?」

「アマリージェ?」

「……あの子、綺麗ね。あんまり好きじゃない」

 唇を尖らせるティナに苦笑したところで、ふっとマーヴェルの手が伸びてティナの額を指先ではじいた。

「そういうこと言うな」

「もぉっ。マーヴェルは口うるさいっ」

「とにかく。本なら俺が読んでやるから。リドリーは部屋に戻って休めよ。本当に、顔色があまり良くない」

 言いながらそっとあたしの体からティナを引きはがす。ティナは頬を膨らませて嫌がるが、本心からではないのだろう。すぐにあたしからマーヴェルへと乗り換えて、ついで小首をかしげるようにして「リドリー、また来てくれる?」と問いかけてくる。


「うん。また、あとでね――」

 あたしは言いながら、マーヴェルから向けられている心配気なまなざしに引きつり笑いを返し、医務室を出た。


――ティナは、まるであのころに戻ってしまったようだ。

 やまいがちであった子供の頃。

……もしかして、ティナはあのころが一番幸せであったと本当に思っているのだろうか。だから、いまこうして寝台でマーヴェルとあたしとに見守られることに笑顔を向けるのか。


 再会を果たした時にティナが叫んだ言葉が耳にこびりつく。

まるで、完治など望んでいなかったという言葉が。


あたしは嘆息を落とし、決して広いとは言えない戦艦内の通路を歩いていると、ばたばたと軽快な足音が近づき、慌てて壁に張り付くようにしてそれを避けようとすれば、相手は首から笛を下げた副官殿であり、彼はあたしと目が合うなり足を止めた。

「ナフサート嬢。すみません。艦長がお呼びです」

「艦長さんが?」

 そういう副長さんは顔色が悪い。まあ、あたしも顔色は悪いと言われているので、誰しも船旅に疲れているのかもしれないけれど。


 せかされるにして艦長室へとたどりつくと、眉間に皺を寄せた艦長さん――つまりエルディバルト兄は疲労を逃すかのように眉間をぐりぐりともんでいた。

「よう、嫁」

 もう嫁で通すつもりらしい。

いちいち訂正する気もおきない。

「悪い知らせだ」


「……これ以上悪い知らせとかいらないんですけど」


 色々と悪い知らせが重なっていますよ。

どんよりとした気持になったが、エルディバルト兄もあまり機嫌がよろしくない。

「船が現在停止していることに気づいているか?」

「え、止まっているんですか?」

 マーヴェルの船の場合はもう四六時中ゆらゆらしている感じでたいへんだったが、この船ときたら地面に立っているかのような安定感を保っているため、はっきり言えば動いているのかどうかなんてちっともわからない。

 甲板に出れば移動していることは判るだろうけれど、船内にいる現在――まったく航行状態は判らないのだ。

 きょとんと言えば、エルディバルト兄は深々と溜息を吐き出した。


「止まっているんだ、これが」

「どうしてですか?」

「――門が開かない」

「門? え? もう聖都付近なんですか?」

 関所のようなもの? 税関?  

というか、こんなでかい船が通るような門? 

眉間に皺を寄せて首をかしげたあたしに、説明不足を補うように副官セオドールさんは口をはさんだ。


「現状、当艦は未だ外海、聖都からは千海里以上離れています。場所を詳しく言ったところでご理解はいただけないと思いますが――ようは、竜公の魔力がぎりぎり届く範囲内に入ったということです」

「そう、それでもってここには見えないが門がある。ここをこの竜公の紋章入りの船で通れば、中継地点を経由して王宮に入るのに一番近いんだが――門が開かない」

「あー、ようは転移門ってことですか? 竜公の館と神殿をつないでいるような?」

「そう。話が早くて助かる」


 どうりで聖都まで五日なんていう数字がでる訳だ。

あたしは納得した。マーヴェルの船だって最新の船で、その駆動力は結構なものだ。それでも聖都まで二十日はかかる計算だったのだ。それが軍艦だからって五日なんて早すぎると思ったけれど、そんな裏技があるなら納得である。

 相変わらず便利なアイテムですね。魔法使い。


「転移門が閉ざされている」

「それってつまり?」

「全力で航行したところであと四日は戻れない。だがそんなことより問題なのは――こんなことは今までなかったということだ」

 がしがしと頭をかいたエルディバルト兄は、顔をしかめた。


「向こうで何かあったようだが、それを知る為に鳥を飛ばしたところですぐに情報は入ってこない。二十四時間フル稼働で動くこっちのほうがまだ早いだろう」

 音をたてそうなほど深々と息を吸い込み、エルディバルト兄はぶるりと一度首をふってあたしをまっすぐに見つめ返した。


「そこで嫁に手を貸してほしい」


「はい?」


 あたしは間抜けに自分の鼻先に自らの指を突き付けた。


――リドリー・ナフサート、こんな場でどんな手が貸せると?

思いっきり大海原。

そしてあたしは一般人。


……まさか、神様に生贄よろしく捧げられたり、致しません、よね?


「はいぃぃ?」


間抜けな声をあげたあたしを無視し、エルディバルト兄はずいっと手を伸ばしてあたしの手を取った。

 そしておもむろに――何のタメもなく。


するりとあたしの指輪を引き抜いたのだ。


「抜けたっっっっ」

 あまりの衝撃に声の大きさなど少しも考えずに叫んでしまった。その声がうるさかったのか、エルディバルト兄は眉間に皺を寄せて「抜けたな」とぼそりとつぶやく。


「抜けちまったな……」

「抜けましたね――」

 指輪の抜けた指をしげしげと見つめるあたしをよそに、エルディバルト兄と笛のお兄さんセオドール氏は沈痛な様子で顔を突き合わせ、エルディバルト兄がつまんでいる指輪を生真面目に見つめた。


「え、でも……どうして? 何をやっても抜けなかったのに」

「ああ。抜けないって話だったな。実際俺も一度抜こうかと思ったが」


 洗剤を使ったり、細い紐を指にまいたりとなかなか涙ぐましい努力を重ねてみたが、何をしようと抜けなかった呪いの指輪だ。ちょっと嬉しくて笑顔になったあたしと違い、真面目な表情の二人は顔を見合わせ、そして嘆息交じりにエルディバルト兄は口にした。

 ぐいっとあたしの手首をひっつかみ。


「セオ、後は頼んだ」

「本当にやるつもりですか?」

「ものは試しだ。俺のは悪ふざけで使っちまったからな。ダメだったら濡れ鼠二匹をきっちり回収してくれ。つっても情けないがな」

「了解致しました。

それでは艦は全速力でシリル湾に向かいます」

「いや。そっちに行ったところで転移門が使えるか判らん。直接アーソンの軍港に入れ」


 喋りながらエルディバルト兄はずんずんと足を動かし、手首をつかまれているあたしは小走りの形で「あの、ちょっと」と言いながら後をおいかけるしかできない。

 後に続くセオドールさんに救いを求めるように視線を流したが、セオドールさんとエルディバルト兄は淡々と会話を続けていた。

「あと、鳥を飛ばして俺の船に連絡しておいてくれ。あっちもアーソンに入れって。何があるかわからんが、何かあった時あっちのほうが小回りがきく。あいつら嫌がるだろうけど」

「了解致しました」


 ぐんぐんと引っ張られ、あっというまに甲板にまで引き出されたあたしは目を白黒させた。

 甲板上にいた船員さん達の視線がこちらへと向けられる。

艦長であるエルディバルト兄がそのまま舳先、一段高い位置につくと――いったん動きを止めて背後を振り返り、甲板上に良く響く怒号を発した。


「どうやら転移門が開かない。何があったか判らないが――俺は先に行く。あとのことは任せたぞ」

 いうや、あたしの腕を更にぐんっと引いて、引いて、ひいっ――


「いやぁぁぁぁぁぁぁっっっっ」


エルディバルト兄はあたしの腰をぐんっと引き寄せたかと思うと、何のタメも説明もなく三階建ての建物程の高さはあるのではないかという甲板から海原へとあたしを叩き落した。


――思い出したっ。

思い出しましたよっ。

あたしは以前エルディバルトさんに川に叩き落された覚えがありますっ。


エルディバルト兄ぃぃっ、お前もかぁっぁぁぁぁ。


奇声のような悲鳴をあげつつ激しい衝撃と共に海面に叩き付けられ、その痛みに体をクの字に曲げてごぼこぼと水中に落ちていくあたしを、その直後に大きな音をたてて水中に落下したエルディバルト兄が慣れた様子で抱え込んだ。


口からごぼごぼと酸素の泡が放出されじたばたと酸素を求めてもがくあたしに対し、エルディバルト兄は眉間に皺を刻み付けて「なにやってんだおまえ」というようなまなざしを向けてきていたが、こちらはそんなことになど構ってなどいられない。

なぜ、なにゆえこんな目にっ。


泳げないあたしは唯一頼れる確かなものであるエルディバルト兄にしがみついて酸欠にぶんぶんと首を振ったが、エルディバルト兄はそんなことなど無視して、指輪を海中でかかげもった――


途端、水中に広がった光にあたしは目を見開いた。

ぎゅっと目をつむいでいても、その光量は瞼を超えて眼球を刺激する。その光は筒のように広がり、あたしとエルディバルト兄を包み――やがて収縮した。


そして、次にあたしが気づいた時。

そこは海ではなく、大理石の床であり――膨大な酸素がいっきに肺を満たして、あたしは息苦しさにせき込んだ。


魔法っ。

魔法使い?

そんなまさかっ。


「転移、扉は――使えないって」

言っていませんでしたかっ?

せき込みながら言うあたしの視界の中に広がるのは白い世界。広い空間には等間隔に白い柱が立ち、びしょぬれの濡れ鼠で突然現れたあたしとエルディバルト兄に対し、数名の女性があわただしくタオルを持って駆け寄った。


 エルディバルト兄はぐっしょりと濡れたシャツの端を雑巾に対するようにぎゅっとしぼりあげた。

「言っただろう。俺は東海の竜公――これくらいのことはできる」

「嘘っ」


「う・そ。使ったのはあんたの指輪だよ。竜公の能力っつーのはたいてい垂れ流しの力だ。王宮の結界だとか、転移門なんかは四六時中竜公の魔法によって維持される。だけど指輪のようなモンはそのものじたいに魔力を溜められた一品だ。あんたが持つ指輪や、俺自身も竜公からメダルを一つ持たされていたんだが、面白がって使ってみたら二度と使えなかった。だからピンときた訳だ。あんたの指輪は使えるんじゃねーかって。俺のメダルと同じように、こいつを媒体にして魔法が使えるんじゃねぇかなって。ま、賭けだったけどな。ちゃんと使えたようで何より。もし使えなかったらセオの野郎にバカにされつつ回収されるとこだったからな。本気でイヤすぎる」

 あたしの体がふわりと柔らかなタオルで包まれ、あわただしく水分がぬぐわれる。


「そんなことより、誰か説明しろっ。竜公に何があったっ」


 体にはりつくシャツをわずらわしげに脱ぎ捨てようとしながら怒鳴るエルディバルト兄に応えたのは、あわただしく近づいて来た一人の衛兵であった。


「エイバーフィス様、無事のお戻りお喜び申し上げます」

「そういうのはいいっ。竜公はどうした? 何があったのか説明しろ」

 シャツを脱ぎ捨て、上半身裸になったエルディバルト兄は、未だへたりこんでいるあたしの二の腕をぐんっとつかんで無理やり立たせて歩き出す。

 まだびしょ濡れなんですがっ、と文句を言うより先に速足でついてくる衛兵が口を開いた――



「公は現在王宮におられます」

「転移扉は作動してるのか? 海のは使えないぞ」

「現在転移扉は二か所を残してすべて停止されております」

「だから、どうしてっ」


「現在公の魔力が低下。魔力の使用を制限しております。なお、ルティア様が暴漢に襲われ、重症です」

「はぁっ? なんだそれはっ」


 吐き捨てたエルディバルト兄の言葉は素通りして、あたしは目を見開いた。


――ルティアが……何?


***


ぼすりと枕が投げつけられて、マーヴェルは咄嗟にそれを腕で払った。

あからさまに不機嫌を隠そうとせずに、ティナがにらみつけてくる。全体的にはやせ細っているが、げっそりとした頬にはある程度肉が戻っていたが、いまだその目には元のやわらかさがなくて――怒りを表している時は鋭さを増してしまう。


「リドリーは?」

「……」

「どうしてマーヴェルは邪魔するのっ」


「おまえさ、わりと結構正気だよな?」

 マーヴェルは嘆息してゆるりと首を振った。

「リドリーを困らせて楽しんでるだけだよな?」

「どうしてそんなこと言うのっ」

「――リドリーが好きで一緒にいたい訳じゃないんだろ?」

 冷ややかな幼馴染の言葉に、ティナはぐっと奥歯を噛みしめた。

ふんっと視線をそらして――自分の心の内をどうしたら理解してもらえるかと言葉を探す。


「死んだと思ったのよ。あたしのせいで、リドリーが死んだって。そのときの、あたしの気持ち、判る?」

 ティナは医務室の寝台の上で膝を抱え込み、ぎゅっと自分の体をよりいっそうちぢこめて白い皺の寄ったシーツをにらみつけた。

「なんでって、思ったの。

だって、死ぬ意味が判らないよ。マーヴェルはずっとリドリーのものだったじゃない。あたし、別にリドリーからマーヴェルをとりたい訳じゃなかった。マーヴェルが好きだけど、別にそこまでいらないし」


――オイ。


「だって、知っていたじゃない。あたしがマーヴェルことを好きだって、何度も言ったもの。そのつど、リドリーだって気にしていなかったし。いつだって笑っていたじゃないっ。

どうして怒るの? ううん、どうして悲しむの? 何もかわらないのに。そりゃ、意地悪してマーヴェルを独り占めしたいって思ったこともあったけど、リドリーが泣くならそんなことしないわ」


――しかもリドリーに気にされていないって何だ。

 鈍器で殴られた挙句に蹴りまでいれられたかのような衝撃がマーヴェルに襲っていたが、言った当人は唇を尖らせてさらりと流す。


「いいんだって思ったのに。リドリーは何だって許してくれるもの。だから、たとえあたしとマーヴェルが寝たって――リドリーはいつもみたいに溜息ついて、それでも最後には許してくれるって思ったのに。どうして? どうしてリドリーが死ななきゃいけないのよって」

「……生きてるよ」

「そうっ。生きてる。生きてるの。

良かった。やっぱりリドリーは許してくれるんだって――こんなことで怒ったりしないって。でも、あたしが思っていたのと違うかもしれないって思ったら怖くて。リドリーと、マーヴェルと。またあたし達、三人で仲良くしていけるわよね? あたしがごめんって言えば大丈夫だよね? だって、リドリーはマーヴェルなんかよりあたしのほうが好きよね。大丈夫よね? だって妹だもん。二人きりの姉妹だものっ。

あああ、リドリー。リドリーどこ?

 顔を見ないと、リドリーが何考えているかわかんないっ。どうしていないのっ」


 そわそわと視線を彷徨わせるティナを悲痛なまなざしで見おろし、すでに結構なダメージを受けているマーヴェルはそっと首をふった。

「リドリーのものはあたしのものだし。ちょっともらったってリドリーは怒ったりしないもの」

 ティナはにこにこと笑い続ける。

「でも時々悲しそうにするから、そしたら謝ればいいの。

今回だって、もっと早く謝ればリドリーいなくなったりしなかったと思わない? だから、今度はちゃんと三人で仲良く暮らそうって、そしたらきっとリドリーはマーヴェルと結婚して、それで、あたしも一緒に幸せになれるわよ。もうマーヴェルを独り占めにしたいなんて思わないから、大丈夫っ」



「ねぇ、マーヴェル。リドリーは?」

「さっき言ったろ? 部屋で休んでる」

「ねぇっ。だったらあたしリドリーと一緒に寝る。リドリーのとこに行くっ」

「いいからお前はここで寝てろよ。お前がいたらリドリーが休まらない」

「何でよっ。どうして? 一緒に寝るだけだものっ。リドリー呼んでっ。リドリーっ。

どうしてそんな意地悪するのっ」

 にらみつけてくるティナは――発作のように姉の名を連呼して、じわじわとその眦に涙を浮かべた。


「おねぇちゃんっ。ねぇっ、どこっ。ひとりにしないでっ」


 溜息しか零れ落ちないマーヴェルは、そっとティナに近づいてぐるぐるとあたりを見回す顔に触れてティナを抱き寄せた。


この数日でずいぶんと正常に戻った――と思っていたが、楽天的な思い込みであったようだ。もともと自分勝手な思考をするティナといえど、以前はここまで壊れていなかった筈だ。

「落ち着けよ。大丈夫――俺が、いるから」

「だって、マーヴェルっ」

「大丈夫。リドリーとはあとでちゃんと会えるから。今は俺が一緒にいるだろ。お前もちょっと休まないと」

 ぽんぽんと背を叩けば、混乱していたティナは落着きを取り戻したのかゆっくりと浅い呼吸を繰り返し、やがてマーヴェルのシャツをきゅっと握りしめた。


「うん……また、リドリー、来てくれるよね?」

「約束するよ」

「うん、うん……あのね、マーヴェル。

大好きよ」

 無邪気に笑ってみせるティナの様子に、マーヴェルはティナの体を抱きしめる――というよりも、押しつぶすように力を込めた。


ティナが、怖い。

心からそう思うのと同時。ティナをこんな風にしてしまった要因の一つは明らかに自分だった。好きだと言われて、はっきりと拒絶してはこなかった。

 いつものことと流して、それを放置して。

最終的に面倒臭くなって。自分とリドリーの結婚を前にまとわりついてくる彼女をおとなしくできるならと求められるままに応じてしまった。


 すりすりと胸元に顔を押し付けてくるティナの背を叩き、泣き笑いの顔で唇を引き結んだ。


――せめて、せめてリドリーに今この時すこやかな眠りが訪れていればいい。


マーヴェルの願いとは裏腹に、すでにこの戦艦上にリドリーの姿は無かった。









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