変態とストーカー
キャビネットの中に収められたいくつかの瓶を取り出してはラベルを確認している少年は、ちらりちらりとマーヴェルへと視線を向けつつ「本当にここ?」と少し胡散臭いというような口調を向けてくる。
もともと口調だけでなく、視線も彼が向けてくる雰囲気も警戒心と胡散臭さにまみれていたが、それは致し方ないことだろう。
年齢の頃は未だ十代の中ごろ。
その頃の少年にしては体がしっかりとしていて多少鍛えている様子も見られる。マーヴェルやドーザに向ける冷め切った眼差しと遠慮の無い口調から、さぞ良い船乗りになりそうだと思わせるが、当人は山育ちだとわざわざ身震いして見せた。
まったく海になど興味が無いという意味なのだろう。他人を嘲る態度もまた好ましい。ただし、あと五つも年齢があがれば、途端にその鼻っ柱をへし折るところだ。
「本当に薬なんてあるのか?」
そういわれると「そうだ」とは強固に言えずに、マーヴェルは苦笑して「あまり船酔いする人間はいないから使っていないけれど、確かにある筈なんだけど」と言い訳のように口にしていた。
それでも食べ物やら薬やらはこの部屋にすべて置かれているので、逆に言えばここ以外で薬を見つけることは不可能だ。
「ないことはないと思うけど」
とたんに相手の口からは嘆息が漏れ、手にしていた瓶をもとに戻してはもう片方の手でほかの瓶を手にしていく。
口は悪いが仕事は早そうで実にいろいろと惜しい素材だ。
「そもそも、あったとしてもいったいいつの時代の薬だよ」
「時代って、少なくとも二・三年だよ」
多く見積もったところで、この船自体が未だ造船されて三年なのだから時代などという大仰な単位で言われる程のものでは無い。ただし、この船の備品に関しては古い船から移動させたものもあれば事務所にあったものを運んできた覚えもあるので、やはりこれに関してもあまり大口は叩けない。
だがこの船はもともと客船ではなく、商品の運送用だ。乗船しているのは根っからの船乗りなのだから、船酔いの薬がそう利用されるようなことは当然ありえない。
「二・三年って……そんなもんリドリーに飲ませたらこっちが殺される」
少年はうへぇっと顔をしかめると、もう薬瓶探しは諦めたのかぱたりと音をさせてキャビネットを閉ざした。
「殺されるなんて、リドリーはそんな子じゃないよ」
言いながら少しだけ自信の無くなってしまったマーヴェルは引きつった笑みを浮かべていた。
マーヴェルの良く知るリドリーと言えば、決して誰かを怒鳴ったりしないし誰かを殴ったりもしない。怒ったりしたことも――昔、彼女をからかって遊んだ時くらいのものでもそれだって決して恐くなどなかった。
目元に涙をにじませてそれはそれはかわいいくらいだった。
それが一年程度顔を合わせていなかっただけであの変わりようは、いったい何が彼女を変えてしまったのだろうか。
あんなに簡単に人を殴るなんて、尋常なことではない。
「あ? そりゃ、当然リドリーは恐くないよ。
恐いのは尊き人で」
「コーディロイ? 古語?」
「ああ、これって古語なんだよな。昔っから耳なじんでいるから、わざわざ古語とかって判んなかったけど」
少年、アジスは言いながら今度は箱の中にある食材へと視線を向けた。
船の中には新鮮な野菜は無いが、乾燥させたものやら塩漬けにしたものやらはある。それらをつまんでは顔をしかめていたが、やがて幾つかの野菜を吟味し「これで汁物でもつくりゃ胃に良さそうだ」とつぶやき、言葉のとおりにさっさと調理し始めた。
――乾燥野菜を大雑把にちぎって鍋に入れ、簡単に切れないものは持参のナイフで手早く処理していく。
船内コックとして雇いたい程の手際のよさだ。
「いや、尊き人も恐くないんだけどなー。
時々ちょっとぶっ飛んでるから」
なぜ古語からぶっとぶという話になるのだろうか。
「それにしてもさ、もともと列車で行くっていっていたのが、なんで突然船になったんだか。リドリーって船が大っ嫌いなんだぜ? あ、悪い。この船あんたの船だっけ。ま、あくまでも個人のカンソーだから気にすんなよ」
豪快に笑われたが――
ものすごく気になる。
「リドリー……船、嫌いなのか」
「気にすんなって。俺は悪くないと思うぜ? 列車よりずっとのんびりとした感じで。いや、列車もすげーいいんだけどな」
――幾度か無理やり船に乗せた記憶があるが、彼女は確かにキャーキャーといっていたけれど、そんなに嫌がっていなかったと思うのだ。
確かにわざと船を揺らしたりして、時々船から落としたこともあったが、あんなのは子供の遊びで、日常だ。そもそも小さなカヌーやら三人程度しか乗れないようなボートの話で、まさに子供の児戯。現在マーヴェルが乗っているような外洋船ではたかが悪ふざけで揺らそうと思って揺らせるものでもないし、もちろん船の甲板から人を落としたりもしない。
あれはあくまでも子供の遊びなのだ。
「あ、アレか。
古い知り合いであるあんたの船なら料金が安いとか? オレの代金は姫さんが払うって言っていたけど、実際どうなんだ? あんまり女に金を出させるのっていうのはどうもなー」
眉間に皺を寄せてぶつぶつと言い出した少年を制し、マーヴェルはゆっくりと問いかけた。
「君はリドリーと仲いいのかな。彼女……この一年、どう過ごしていたかしっているかい?」
「どうって、俺のばあちゃんの家で仕事してたよ。俺は町が違うからしょっちゅう顔を合わせたりはしなかったけど、リドリーはばーちゃんのパン屋の店員」
パン屋の店員……
「メイド服で? 彼女、メイドの仕事をしていた訳じゃないのかい?」
先日の服装と状況とを思い出して言えば、アジス少年はなぜか呆れたというよりも馬鹿にするかのような眼差しを向けてくる。
「――のわけねーじゃん。普通にエプロンだよ。ウサギのアップリケ付き」
胡散臭い者を見る眼差しだったものが、さらに距離をとられた気がする。
「いや、だって……この間、彼女と再会した時に、彼女メイドの服を着て」
「働いていたのはパン屋だよ。何? あんた等幼馴染なんだろ? 再会してそんな話とかしなかったの?」
――したくてもできない訳で。
それというのも、多少……自分が避けているのは否めない。
あんなにはっきりと他の男を好きだと、愛しているといわれてへこまない男はいないだろう。
その次に湧き上がった怒りは、きっとものすごく理不尽なものであろうし。
彼女が幸せであれば良いと思っていた筈だというのに。
彼女が他の誰かを見ているという現実が耐え難い。
……自分があまりにも偽善者である現実が耐え難い。
近くにいるのに触れることも見つめることも、恐くてできないなんて。
そんなことの為に再会したかった訳じゃ――……くそったれ。
彼女が幸せならばいいとか、ただただ謝りたいと願っていた自分はいったいどこに行ってしまったのか。
「それにしても世界って狭いよな。あんた等とリドリーが知り合いだったなんて」
「……そうだね」
突然耳に入り込んできた言葉にハっと息を詰めた。面前にいる少年をすっかりと忘れて、自分の考えに没頭してしまっていたのだ。ぐっと拳を握りこんで、どうにもできないやるせない気持ちを追いやる。相手の言葉を反芻し、狭い世界という単語を拾い出し――引きつった笑いを浮かべていた。
なぜ、こんなことになったのだろう。
なぜ自分はこんなにも身勝手なのだろう。
会いたいと思っていた、あれだけ苦しい程に。けれど近くにいるというのに、こんなにも彼女を恐れている。
――ビンタとか。
どこか遠くを眺める眼差しになったマーヴェルは、ふと――目を見張って少年を見返した。
「何だよ?」
「リドリーの……好きな相手のこと、君、もしかして知っている?」
子供にいったい何を聞いているのだろうか。
いったん口にしてから慌てて訂正しようとしたが、アジス少年は料理の手を休めずに口を開いた。
「そりゃ、しってるさ」
さらりと言われた。
とたんに心が早鐘を打ち鳴らし、やめろと留める自分を振り切って続けていた。
「どんな人かな」
「どんなって――」
アジスはひょいっと卵を手にとり、いったん眉をひそめて口にした。
「昔は、尊敬してた」
その微妙な言い方と間にマーヴェルは眉間に皺を寄せてアジスを眺めやり、アジスはついっと視線をそらした。
「……今は?」
「――尊敬っていうのはさ、遠くで見るもんなんだよ」
ふっと鼻を鳴らす少年は――今まさに遠くを見るように瞳を細めた。
なんだろうか、その達観は。
***
それは、久しぶりの光景だ――懐かしいのとはまったく違う、どちらかといえば平穏の印ともとれるが、だからといって安堵できる光景とも違う。
噴水の縁に腰を預け、ぼんやりとただ時が過ぎ去ることだけを待ち続ける日々。
「……くびり殺してやりたい」
ぼそりと吐き出された言葉に、ジェルドは目を瞬いた。
怨嗟のような呟きは、メイド服ではなく一般的な衣装に身を纏った幼馴染。こちらこそ産まれた時から付き合いがあると言っても良い女性は、忌々しいというように瞳を細めた。
「ルティア様、そう苛立ちを覚えるくらいならどうぞご帰宅されては?」
「家にいても苛立つのですもの。家人に八つ当たりする趣味はないわ」
……それで私に八つ当たりしに来ているのですね。
ぼそりと呟いた言葉は相手の耳に入っていたとしてもとどまることはないだろう。
大陸の最北東に存在する小さな町、コンコディアの領主であるジェルドは自らティ・ポットを傾けて白磁のカップに茶を落とし煎れた。
振り返ればこの数日は実に平和であったのだが、隣の屋敷の住人が帰宅してからというもの――実に頭の痛い事態に陥っていた。
自らの妹は突然「出かけますから」と宣言した挙句に帰らず、ルティアという幼馴染を介して「泊まりでの旅行です」と言われる始末。あまりのことに呆気にとられたが、アマリージェはアジス・トルセアを伴って出かけてしまった後だ。「兄さんは許可していない」と言ったところで連れ戻せるものでもない。
「エルディバルト様も心配なさるのでは?」
「ここにいることは知っていますから、心配などしません」
当のエルディバルトはコンコディアに出入りすることは主によって止められている。あくまでも「何かあった時のみ」出入りを許されている護衛騎士は、忠実に転移の扉の前でまんじりとしていることだろう。
忠犬の如く。
「貴女が付き添いも無く私と二人でいることを心配しないと?」
ふと思い立って冗談のつもりで言えば、ルティアの冷ややかな眼差しが返される。
「貴方にそんな甲斐性があるなら、今頃嫁どころか愛人の一人や二人いますでしょう」
「だから、そうやって私に八つ当たりするのは止めて下さい」
――確かに少しばかり自分にも非があるが、どうしていちいち傷口を抉るような口調で切り替えしてくれるのだろうか。
ある意味久しぶりに訪れた話し相手だが、切実に帰って欲しいジェルド・スオン――ただいまお嫁さん募集中。
できればにっこりと微笑んで清楚でやさしい人限定。
「八つ当たりではありません。これは正当なる嫌がらせです」
「――ですから、私にどうせよとおっしゃるのですか」
ルティアがジェルドに対して怒りを抱え込んでいることは判る。嘆息しつつ、言い訳のようにそっと瞼を伏せて口火を切った。
「以前、あの方は一年間だけの我儘だとおっしゃった。一年間だけ、ナフサート嬢がこちらを訪れた幸運を味わうことを一年間だけ自分に許して欲しいとおっしゃられた。もちろん、一年などといわずにそのまま自らの身近くに留め置くようにと進言もしましたし、最近ではこの約束を守れないかもしれないと……なかなか前向きでいらっしゃったのですが」
ジェルドとしても今回のことは寝耳に水であった。
もともと当初の計画通り、一年間だけ手元におき、その間に個人的な資産をできるだけリドリー・ナフサートに移譲させる手続きをと求められていた。
彼女が一人でも幸せに生きていけるようにと。
「それがどうして突然手放されることにしたのか」
「あの男がリドリーに接触したからですわ。
今まで散々邪魔してきたというのに、二人が一緒にいる場面を見て、とたんに心を挫けさせてしまうなんて、なんて愚かなのっ」
もし、その手に扇のひとつでも握り締めていたのであれば、ルティアは思い切りそれを叩き折っていたことだろう。
ぎゅっと自らの手を引き絞るのを痛ましいものを見るように眺め、それでもジェルドは眉間に皺を刻んだ。
「……ナフサート嬢はその方と仲良くしていらしたのですか?
やはり元婚約者というくらいですから、淡い気持ちがよみがえったりなさったとか」
「仲良くは別にしていませんでしたけれど。
あの男性が馴れ馴れしくリドリーの手を掴んでいたのは事実ですけど、リドリーは恋心やら感傷やらを引きずっている様子はありませんでしたのに」
唇を尖らせたルティアは冷めてしまった紅茶へと手を伸ばし、そっと吐息を落とした。
「むしろ怒ってリドリーを取り戻す場面でしょうに。
まるで負け犬のように、竜公ときたら本当に大バカとしか」
未だに意識して嫌がらせともいうべき呼び方にこだわるルティアだ。
「その場にルティア様はいらっしゃったのですよね」
「いましたわ。私と陛下とで丁度リドリーを探していたのですもの」
当時のことを思い出し、ルティアは更に唇を歪めた。
苛立ちがどうしても蓄積されて発散できないという様子を見つめ、ジェルドはしばらくの間考え、そしてやがて脳裏に浮かんだ事柄に「ああ」と呟いた。
「何がああですか」
「ああそうか、のああです。
その男性がナフサート嬢と接触したことでナフサート嬢を手放した――ではなく、陛下とナフサート嬢が一緒にいることを目撃した為に、その場で彼女と自分とはもう関係が無いと徹底的に示したのでしょう。
陛下の害意がナフサート嬢に届かないように」
ジェルドの言葉にルティアは長い睫をぱたぱたと動かし、やがてがくりと肩を落とし、ジェルドと同じように「ああ」と喉の奥で呻くような音を漏らした。
「わたくし、兄さまに大バカと言ってしまいました」
後悔の滲む口調に慰めるように口を開きかけたジェルドに、ルティアは言葉を続けた。
「大間抜けが正解でしたのに」
***
船の旅も三日目。
初日にアジス君作成による謎の緑色の液体……混ざりきっていない黄色いもの入りを吐きそうになりながら飲み込み、なんとか一番目の波を乗り切った。
二日目、波の荒い内海から外海に出た船は安定した航行を取り戻し、当初よりは船酔いもしなくなっていた。
そうして三日目。
吐き気やら何やらが落ち着くと、ぱぁっと面前に広がるものといえば気掛かりの元。
ということで、石鹸を用意しました。
あとは紐。
「無理だと思いますけれど」
というアマリージェの生温かな声援を胸に、あたしはせっせと石鹸水を作り、左手を浸してじっくりと石鹸漬けにして――とりあえず引っ張る。
もちろん、引っ張るのは指輪だ。
本人の意思を完全に無視して、元々の持ち主の「婚約破棄」すら放棄して左手の薬指に燦燦と輝く銀色の呪いの指輪。
はい、抜けません。
「この程度は想定内ですよ」
ふふふふふっと恨みの篭った自分でもちょっとどうなのよという笑いをこぼし、アマリージェに思い切り引かれているのも理解しつつも次の手段にでる。
石鹸でぬるぬるしている指にゆっくりと紐を巻いていく。
ゆっくりとしっかりと、ちょっと血が止まっちゃうのではないかというくらいしっかりと締め上げて、あーら不思議――紐で作られた道の上をするりと指輪が、抜けません!
「だから、無駄だと」
「あの男はしっかりと自分の口で言ったのですよ。婚約破棄って。破棄って、判りますか? お前なんかいらん、で、ゴミ箱ぽいです。
だったらおとなしく抜けろ、指輪っ」
多少口が悪くなってしまったとしてもいたし方ないと許して頂きたい。
あの男がぽいっとあたしを捨てたように、あたしもこの指輪をぽいっと――捨てたりはしないけれど、それでもこうして指についているのは納得できない。袋の中に放り込んでポケットの刑くらいにしなくてはこの気持ちがやるせない。
まぁ、この怒りが原動力となっていつの間にか船酔いはどこかに追いやられてしまったのは幸いでしたが。
「嫌いなら嫌いって言えばいいんですよ。
あんな風に、別れを告げるなんて卑怯です」
年下に何を言っているのかリドリー・ナフサート。アマリージェはしっかりとして見えるけれど、未だ十四歳の愛らしいお姫様だ。
愚痴を垂れ流しにしていい相手では無い。
だが、十四歳のご令嬢はまるで大人のような口ぶりであっさりと言った。
「嫌いじゃないから嫌いだとは言わないのでしょうね」
それは酷く辛らつにも似た言葉で、ぐずりとあたしの頭を鈍器で殴りつける程の衝撃。
あたしは石鹸水で塗れた手を乱暴にタオルでふき取り、これじゃ洗剤つきっぱなしだしなどと頭のどこかで冷静な部分を残しながら唇をかみ締めた。
――そう、きっと、そう。
おちついてくるとがつんと傲慢さを殴られたあたしでも、また高慢にも思ってしまう。
嫌われてないんじゃないかって。
あの人が自分のことを嫌うなんて、ないんじゃないかって。
嫌われて捨てられたならずっと良かったのに。
押し黙ってしまったあたしに、アマリージェは吐息を落とした。
「決めたのですよね。戻るって」
「……決めましたよ」
「では良いではありませんか」
「嫌われていたらどうしましょうか」
弱音がぼそりと落ちてしまう。
年下の少女相手に、本当に情けない。
けれどアマリージェはあたしよりもずっと年上の女性のように、そっとうなだれているあたしの頭をなでた。
「決めたのですよね?」
もう一度ゆっくりと確かめるように告げられる言葉に、あたしは自分の中のちっぽけな勇気をもう一度奮い起こしてがばりと体を起こした。
そう、あたしは決めたのだ。
たとえ嫌われていようと、捨てられた現実があろうと。
「あんの腐れすっとこどっこい。
相手が変態ならこちらは目指せストーカーですよっ」
あたしは悪役もかくやの黒い笑みをこぼす。
ストーカー上等。
むしろ変態などこてんぱんにしてくれる。
そんなあたしに同調したのかアマリージェは力強く続けた。
「そうです!
乙女の体を弄んだ男には復讐が必要です」
「その通りっ」
って、ちょっとまてアマリージェ。
今の台詞はギリギリです。
あたし達はハッと顔を見合わせあい、アマリージェは自らの言葉が大変不適切兼お嬢様らしからぬ品の無さに頬を染め上げた。
「いや、あの、でもっ。
あああ、忘れてくださいませ」
慌てるアマリージェの可愛さに、まぁ今の発言は心優しい大人として忘れたフリできっちりと可愛らしい表情と共に覚えておこうかとおもった矢先――あたしはキィーッと不自然に動く扉に視線を向けた。
ノックくらいしましょうよ。
いや、していましたか?
こちらはいろいろと熱中しているので、気づかなくてすみませんけれど――マーヴェル?
あの、プレートの上の飲み物、完全にこぼれていますが。
「マ……?」
「リドリーは騙されている!」
え、え、誰に?