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行くうさぎと跳ねるうさぎ

天まで舞い上がっているアジス君は、きっと本当に感激しているのだろう。

いろいろわたわたとしていたが、突然思い出したように立ち上がり、

「あのっ、ぼくのばあちゃんパン屋なんです!」

と声のトーンをあげた。

「存じ上げていますよ。マイラさんですね。

私もあの方の焼くパンは好きです」

 このあいだ悶絶していたクセに。

「うわっ、あのっ」

アジス君は頭に乗っていた帽子を手の中でぐしぐしと歪めて、思い切るように口を開いた。

「いま持ってきますから!

待っててくださいっ」


――そして彼は星になった。

まるでうさぎのような素早さで、あたしのことなどちらとも考えずにアジス君は走っていってしまわれました。

あたしを残して。

「ふふふ」

気づけば背後霊の如く嫌な感じの生き物がいる。

あたしはうんざりとしながら、一歩距離をおいて魔術師を睨みつけた。


何度見ても、それは神官服だ。

黒く長く伸ばされた髪には、耳の横で小さな銀の輪で一筋ずつ胸の前に垂らされている。宝飾品はそれだけだというのに、腹立たしいほどに神々しい。


「なんなのその格好」

「仕事中。ああ、ぼくの仕事に興味もってくれた? まさかリトル・リィが職場訪問してくれるなんて。えっと、収入も知りたい?

大丈夫だよ、君とあと十人くらい子供を養っても全然余裕があるから」

「何の話しですか?」

 知っていますか、全然というのは否定ですよ。

「神職?」

「――ああ、それは大丈夫だよ。ぼくはちょっと特殊だから、結婚もできるし当然子作りもできます。そこは安心してね?」

 そこは安心するところじゃありません。

あたしは自分の手が自然とぷるぷると震えるのを感じてしまう。

「ぼくは神様を奉じる、というよりも竜峰の竜を封じる者だから」

「……」

「ふふふ、嬉しいなぁ。リトル・リィがそんなにぼくに興味をもってくれるなんて。顔が緩んじゃう。へへ、あ、ぼくの家に行く? 領主館の裏にあるんだ」


その言葉にあたしはじっと相手の瞳を見てしまった。

「家って、アパートじゃないの?」

「違うよ?」

「だって、あなたいつも下の部屋から」

「扉がね、つながってます」


は?


「リトル・リィの部屋の下の部屋の扉とね、ぼくの寝室の扉が繋げてあるんだよ。

本当はリトル・リィの部屋の扉と繋げちゃおうかと思ったんだけど、さすがにそれはねぇ? 寝てる君に手を出さない自信が無いものだから、ちょっとだけ距離を置いてみました。

ぼくってば紳士だと思わない?」


――言葉が通じませんよ?

言っている意味が全然判りません。

扉が繋がる?

は?

「魔術師?」

「だから、ぼくは魔法使いだってば」

「――」


えっと、魔法使いって何だっけ?

あたしはどうにものろのろとしか考えられない自分の思考能力に絶望した。


そんななかでただ一つ理解したことがある。

この男との関係は無関係であり、さらに言えばご近所さんでも無かったのである。



天気は良かった。

風が柔らかく心地よい。

庭木の花も低木もきちんと管理されている庭はとても美しい。

そして何故か神官服の紫闇の瞳と黒い髪の男。

もの柔らかい微笑みを浮かべ、あたしを見ている。

あたしはぽんっと手をうった。


「詐欺師だ」

 魔術師は一瞬表情を消し、しばらく無言であたしを見つめて小首をかしげた。

「なにそれ」

――おまえだ。


「あのね。いまがいったいどういう時代だか理解してる?

町の人が穏やかで優しいからって、そこに胡坐をかいて生きるのはいけないのよ?

世の中はね、列車が走っているし、中央に行けばガス灯がばんばん街を彩っているの。写真で人の姿が絵よりもはっきりと映し出されるし、拳銃だってあるの」

 あたしはここは自分がしっかりしなければという意欲にもえた。

「それが何? ここの古くからある御伽噺を利用して竜守り? 神官長? ちょっとそこに座りなさい。しかも魔法使いだなんて、あなた詐欺にも――」

 魔術師は一度天を仰ぎ見て、がばりとしゃがみこむ。


「昔の君は可愛かったのに」

「……ナニソレ」

「ぼくにキスして、ずっと一緒にいてあげるって言ってたのに」

は?

「会いに行くから、ちゃんと待っていてねって言ってたのに」


神官長、うずくまった状態でぶちぶちと芝生を抜き始める。

その口からは意味不明な恨み言が垂れ流しだ。

「オトナになったら結婚してくれるって言ったのにぃ」

「……」


突然がばりと立ち上がる。

「あ、もちろん今のリトル・リィも可愛いよ。

でも、昔はうさぎさんみたいに頭の左右で髪が揺れてて愛らしかったし、自分のことリィねぇって舌ったらずに言うのも本当に可愛かったけど、さすがにあの時は押し倒そうっていう気は起きなかったよ。キスだけで我慢したしね!

今のリトル・リィは当然押し倒したいですよ。三日三晩それはもうねちっこくベッドに縛り付けて全身――」


力説する男を前に、あたしは更に驚愕し、激しく動揺してその鳩尾(みぞおち)に拳を叩きつけていた。

「なんでそんなこと知ってるのよ!」

っていうか、もう黙れ変態!


やばい――まさか本当にあたしはこいつと知り合いだったのか?

なんでツインテールにしてたって知ってるのよ!

どうして自分を【リィ】って呼んでいたのを知ってるの!

ぎゃあぁぁ、気持ち悪いっ。

やっぱり一発いれないとリドリーじゃない気がしてきた。

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