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おねだりと誘導

 完全にお仕事とはかけ離れているであろう魔術師の格好のすかぽんたん様の姿に、あたしは自分の中で色々と整理をつけた。

まず、陛下――会いたいなどと言ったところで、しょせんこちらは一般庶民。そうそう会えよう筈もない。ということで、これは後回し。

 ではあたしが今現在できることといえば……


おねだりって――どうなんでしょうね。

どうもその手のことは言い出し辛いものがある。

にっこり笑って上目遣いで? 頭の中でそんな自分を思い浮かべてみたが、思い切り気持ち悪かった。

 たとえば、そう、ルティアは得意そうだ。

外見も年上とは思えないくらいかわいらしいし――多少作っている感は否めないけれども――そういう仕草が実に良く似合う。

「ルティ、お願いがありますのぉ」

……待て、なんか今ルティアが頭の中でユーリにおねだりした挙句、すかぽんたん様は思い切りその我儘をききいれた妄想が浮かんでしまった。

 何だかんだいってユーリはルティアに甘い。ルティアに甘えた声で頼まれれば「仕方ないですね」と何でも了承してしまいそう。

って、何だって勝手に想像して勝手に嫉妬しているのよあたしは。


頭の中を煮えたぎらせているあたしと違い、ユーリは小首をかしげていつもどおりの対応。

「街を散歩? ぼくが案内してあげられれば良かったのだけどね。

エルはちゃんと案内してくれた?」

新妻のようにかいがいしくあたしの手から上着を受け取る主の姿に、草葉の陰からあなたの可愛いわんこ様が泣いておりますよ。

 言っておきますけれど、そういう行動があの人の中で蓄積されてあたしへと向けられる訳ですよ。なんというか憎悪っぽい感じのものとして。

「エルディバルトさんは、まぁ概ねいつも通り。

街の散歩というか、駅に行ってきたの。チケットの払い戻しと――列車がいつ動くか聞こうと思って」

「ふーん……で、どうだった? 調子よくなったって?」

 一瞬微妙な顔をしたユーリが小首をかしげて問いかける。

あたしはその勢いにのっかり、思い切り作り笑いを浮かべてみせた。

頬の筋肉が引きつるのを感じるくらい。

「それが、まだ駄目みたいなんだけどね。それで、えっと……お願いが、あるんだけど」

語尾が思い切り勢いを失ってしまうが、あたしはなけなしの勇気と愛嬌とを搾り出した。

リドリー・ナフサート女優になれ。

今一時だけでいいから。


「魔法使いって、機械関係も得意?

列車の修理とかって……」

 我ながら阿呆っぽい微妙な笑いとともに。

「不得意」


 しかしそんな努力もむなしく、笑顔のまま何の躊躇もなくばっさりと言い切られ、あたしは引きつった微笑のまま固まってしまった。

「それに、ぼくの魔法って枯渇するたぐいのものだからね。

むやみやたらと使ってはいけないんだよ。愛するリトル・リィの頼みならばきいてあげたいのはやまやまだけれど。ぼくってばこれでも一応国仕えだからね」

「いや、うん……そう、よねぇ」

「大事な大事なリトル・リィの頼みだからとっても心苦しいのだけれど。本当に必要なときに使えないと職務怠慢になってしまうでしょう?」

 聞き分けの無い子供を相手に分別臭く諭すように言われてしまい、あたしはみるみるうちに自分の行いの恥ずかしさに慌てふためいた。


 そう――もともとずるいことだと理解しているだけに、それを丁寧に指摘されるともうどうしてよいのかわからないくらい自分が非常識に思えてくる。

 わたわたと両手を振って、

「ううんっ、いいの。ごめんなさい。

あたしが悪い。本当にごめんなさい。忘れてっ」

あたしは自分の愚かさを打ち消すように言い募った。

「本当に、ごめんね」

 いやぁっ、謝らないでよっ。

謝られれば謝られるほど、自分の言った言葉がずるくて恥ずかしいっ。


ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいってばぁっ。


きゃぁと悲鳴をあげて逃げたいくらいに体温が上昇しているあたしの背後、妙に冷静な声が割って入った。

「コーディロイって、本当に口がうまいですわよね」

 冷たい物言いに、ぴたりと場の空気が変わる。

あたしが「へ?」と振り返ると、なんだかやたらといい笑顔をした――やけに大人びた冷笑を浮かべたアマリージェが、何故かあたしの背後に立ち、何故か腰に手を掛けてはりついた。

 なんというか、盾?

もしかして、あたしを盾にしているのかしら、アマリージェ?

背中にぴたりとはりついて、顔だけを出してユーリを見上げているアマリージェというのは、普通ではありえない。

 とげとげしい物言いを向けられたユーリはといえば、いつもの笑顔からちょっとばかり温かみを失せさせたような微妙な表情。 

「マリー? 突然部屋に入って来るのは失礼だよ。

声を掛けて入ってこないと。淑女としてどうだろうね」

「どこでもぼうふらのように湧き出す方に言われても説得力はありませんわね」

あれ?

あたしという人間を挟み込み、何故にふたりは冷ややかな言葉の応酬をしているのでしょうか。

 めずらしくも冷戦勃発中。

 戸惑うあたしを完全に置き去りに、アマリージェは更にあたしの背にはりつく手にぎゅうっと力を込めた。

「それに、わたくしはリドリーのようにコーディロイにだまされたりいたしませんから」

「だますなんて酷いな。ぼくが国仕えなのは事実だし、ぼくの魔法が枯渇する類のものだっていうのも知っているだろう? ぼくは何もおかしなことを言ってはいないよ」

 何を言い合っているのかわからないが、どうやら先ほどのやりとりから発生しているらしいということに気付いたあたしは、慌ててはりついているアマリージェに声を掛けた。

「マリー、あのね、いいの。

今のは本当にあたしが悪かっただけなのよ。あたしがちょっとずるい手を使おうとしてしまっただけで」

 擁護してくれるのは嬉しいのだけれど、その擁護はずぶずぶとあたしの胸をえぐるので簡便してください。

 本当に反省しておりますので、それ以上やめて。


「でも、列車を壊したのはコーディロイですもの」


やけに早口で言い切り、アマリージェは更にあたしにはりついた。

ぎゅうっと張り付き、隠れるように身を縮こめる。

あたしはアマリージェの口からぽんっと吐き出された言葉を口の中で転がし、首をひねってアマリージェの頭を眺めていた顔をギギギっと前に戻した。


「……壊した?」

「そんなことしないよ」

「魔法は、無駄に使っちゃいけないのよね?」

「そうだよ」

「――壊した?」


あたしはもう一度問いかけた。

たっぷり三拍――つつっとユーリの視線がちょっとだけずれて、恥ずかしそうに頬を染めて、てれてれっと何故か照れくさそうにぽつりと言った。


「だって寂しかったんだもん」


だもん……て……


***


 伯爵令嬢にわびをいれる。

一言で言えばそれだけのことなのだが、果たして一介の海運業者の人間がそうほいほいと会えるかといえばなかなか簡単なことではなさそうだ。

「確か……西方にある小さな領地だったか」

 名前が思い出せず、仕方なく先日軽口の合間に出た単語をはじき出す。

――竜峰。

 そう、西北にある霊峰に一番近い小さな領地であった筈だ。

「季節的に行くのは難しそうだな」

 事務所にかけられている地図を見てぼやくマーヴェルに、寝椅子にふんぞりかえるドーザがばざはさになった髪をかきあげながら「あー?」と不明瞭な声をあげた。

「ああ、あの嬢ちゃんか。

こっちのタウンハウスとかに居るんじゃねぇのか? この季節、そっち方面は雪に覆われて移動なんてできねぇだろうよ」

 確かにそうだろう。

マーヴェルはうなずき、事務所の本棚から貴族名鑑を引っ張り出した。

「なんだったかな」

「名前なんぞしらねぇぞ」

「領地の名前だけでいいんだけどな」

 仕方ないなと今度は帳簿を引き出して、相手の名前を確認し、貴族名鑑から情報を引き出す。

伯爵の項目――該当した名前はジェルドという領主。

勿論令嬢の名前までは引き出せないが、彼女の兄やら父親であることはわかる。あとは、聖都のタウンハウスの住所を……

「どした?」

 眉間に皺を刻み込んだマーヴェルに、ドーザは二日酔いを収める為に迎え酒に手を伸ばしながら首をかしげた。

「こっちには住所が無い。

ホテル暮らしってところかな――仕方ない。ホテルを一つづつあたるしかないか」

「おいおい、宿屋なんざいったいいくつあると思っているんだよ」

 うへぇっとぼやくドーザに、マーヴェルは苦笑した。

「ドーザの知る宿屋にはいないさ。ああいったご令嬢が使うのは一流ホテルで。確か、騎士の護衛までつくような子だからね、せいぜい探すのは十程度だろうけれど……まいったね。そっちはそっちで顧客のことに関しては口がかたそうだ」

 簡単なことから一つづつ片付けていこうと思ったが、案外簡単でもないらしい。

「またメイドのねぇちゃんがうろついてりゃあいいんだけどな」

 ドーザの言葉に、マーヴェルは貴族名鑑をぱたりと閉ざした。

たびたび顔を合わせたのだから、そのときに滞在先をしっかりと聞いておくべきだった。自分の判断力の甘さが情けない。

 酒の瓶に直接口をつけてぷはりと息をつき、その酒をこちらへとよこそうとするドーザを軽く払い「仕方ない、また神殿官事務所にでも行くか」といいながら、ものすごい重圧が肩にのしかかるのを感じた。

 伯爵令嬢が捕まらないのであれば、ダグが誘拐しようとした娘さんを探すというのもある。

 あちらは……

「あれ、何かおかしくないか?」

「何が? つうか、話がみえねぇ。お前突然話をかえるなよ」

「いや――確か、ダグが誘拐未遂したのは、リドリーじゃないとしてもあの伯爵令嬢が一緒にいた女性だよな」

 マーヴェルは眉間に皺を寄せ、近くの机に腰をあずけるようにして腕を組んだ。

「そうそう」

「で、うちの聖都内での操業停止命令を出したのは――神殿官長の娘だっていう話だったよな」

 その情報をくれたのは確か受付だった。

神殿官長の娘は相当な我儘娘で奔放に色々としでかす。

そのうちの一つが、今回の操業停止で――挙句、勝手に父親のサインを偽装までしたというのだから本来は大問題だ。だが、今回のことはランド商会の社員がしでかしてしまったことと相殺ということでとりあえず収まっている。

「つまり、伯爵令嬢と一緒にいたのは誘拐されたお偉いさんの娘。そしてその娘の護衛としてついていたという神殿官長の娘。この三人ってことになる」

「ああ、そうなのか」

 指を一つづつ折るようにして数え、

「あと、確かもう一人少年がいたけれど――まぁこれはいいか」

と付け加え。

「でも、メイドはそんなことは言ってなかったよな」

「メイドが離れていた時に増えたんじゃねえか?」

 そういわれてしまえば話が終わってしまう。

眉間にさらに皺を増やしたマーヴェルは、深く溜息を吐き出した。

「とりあえず――一番捕まえやすいのは、神殿官長の娘か」

 何かが引っかかったのだが、何に引っかかったのかわからない。溜息を深く吐き出し、貴族名鑑をもう一度引っ張り出した。

 神殿官長がどういったものか未だに理解していないが、貴族であることは変わりないだろう。

「まずは神殿官長の屋敷、だな」

 できれば神殿官の事務所には行きたくない。

思い切り不愉快な記憶しかないのだから。


ぱっと頭に浮かび上がった、なんだかわからないが顔だけはいいひょうひょうとした男にむかっと腹がたち、マーヴェルは思わず奥歯をかみ締めた。

あいつだけは本当に、もう二度とお目にかかりたくはない。


苛々としたものを抱え込みながら、マーヴェルはぱらぱらと書面を送り――一つの文字で指先をとめた。

 神殿官詣でをしたおりに何度も目に入れた、イヤでも覚えてしまった一つの名。


――神殿官長ユリクス・シザレ・ファウンシアーノ。


***


「ただいま戻りましたわぁ」

 と、普段通りに能天気な口調で帰宅したルティアの腕をぐしりと引っつかみ、あたしは真顔で言った。

「ルティア、今晩泊めて下さい」

「え、はぁ? あの、どうなさったのぉ?」

 のほほん暢気な口調はそのままに小首をかしげるルティアと、あたしにはりついたままのアマリージェ――おそらく安全対策――そして、わーんっとわざとらしい泣き声をあげているド阿呆様。


「ごめんなさいっ、リトル・リィっごめんなさいってばー」

「うーるーさいっ。

まずは列車を修理して来なさい! できないなんて言わせませんからねっ。私利私欲のために人様に迷惑をかけるんじゃあありませんっ。

何が寂しいですか、すかぽんたんっ。

さっさと列車を修理して、チケットを確保!」

 きぃっ。

ついでにちょっとチケット代まで出させてしまうところはご愛嬌。

あたしの剣幕に、「わーん」を貫いているぬけさく様は今度はすんすんと鼻を鳴らした。

「チケットとってきたら許してくれる?」

「許さないけど妥協はします」

 捨てられた犬の顔はやめいっ。

てか、悪いのはユーリですよ。完全にユーリが悪い。

しかも、人に罪悪感をもたせるような言葉の誘導酷すぎっ。

魔法は簡単に使ってはいけないとか言いつつ、その実むっちゃくちゃ無駄なことに使うんじゃない。


「こ、今夜も一緒に寝てくれる?」

すんすんといいながら付け加えられた言葉に、あたしはぴたりと止まって振り返り、にっこりと笑った。

「い・や・で・す」

ぜんぜん反省してないでしょ。

少しは反省しなさいってばっ。

世の中やっていいことと悪いことがある。


「ってことで、今夜はルティアの家に泊めて下さいっ」

もしかしてどこに泊まろうとも一緒のような気がするけれど、あっちには少なくともユリクス様がいる。


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