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神官長と魔術師

収穫祭のパレードを横目に、アジス君がくいっと手を引いた。

「今のうちに屋台で何か買って行こう」

「行こうって、どこに?」

「今日はご領主の館の庭が開放されてるんだよ。そこで昼飯」

物慣れた様子で案内してくれるアジス君はどこか得意げだ。その顔を見ながら、あたしはとりあえず魔術師のことは放棄した。


――考えても仕方ないことは考えない。


アジス君のすすめてくれる香草の焼きものと、この辺りでは珍しい海鮮を使った炊き込みのご飯、新鮮なフルーツのミックスジュースを買って町の中心部から離れた丘の上にある領主の館へと足を向けた。

 幾度か外から眺めたことはあっても、その敷地内に入ったことは無い。

少しだけどきどきとあたしの胸は緊張したが、門番はにっこりと迎え入れた。

町の人たちの幾人は、あたし達と同じように館の庭へと入っていく。

「今の時間が一番空いてる」

と、アジス君は得意げで、そして一番いいのはこっちだと裏庭に造られた噴水へと案内してくれた。


円形に作られた噴水。

中央には竜を(かたど)った石造がおかれ、その竜の口から水が流れている。

その姿に、あたしは思わず眉宇を潜めた。

「アジス君」

「ん?」

「……この竜、起きてるみたい」

寝ていないと駄目だと言われている竜だというのに、その口から水が出ているのだからおかしなものだ。目もばっちりと開いている。


それでもあたしは思わず声を潜めた。

そして言ってから自分の失敗に気づいてしまった。アジス君といえど言ってはいけなかっただろうか?

 だが、こちらの心配をよそにアジス君はその噴水の縁に腰をおろし、

「いいんだよ、ここの竜は起きてても」

「――まったく理解できないよアジス君」

「だって」

アジス君が言葉を続けようとした時、クスリと笑みが聞こえた。


「ここには竜守(りゅうも)りがいるからですよ」

柔らかく低い声音。

あたしは内心で「でたっ」と思いつつ視線を向け、固まった。

「コーディロイ。うわっ――えっと、あの」

いつも元気なアジス君がしどろもどろに言葉を跳ね上げる。

赤くなって慌てて、それから思い出したように頭を下げた。

「えっと、あの――こんにちは」

「こんにちは」

静かな笑みを湛えている男は、神官服を着ていた。


「あの、さっき空に虹が出ていたのはコーディロイですよね?」

アジス君が勢い込んで言う。

まるで憧れの人が目の前にいるように、彼の口調はいつものそれでは無い。物凄い動揺しながらも、相手に精一杯の敬意を払う。

 面前の男は薄く笑う。

「ええ。見ていただけて良かった。

――貴女も、見れましたか?」

ふっとその視線があたしへと向けられた。


突然話しが振られ、あたしは慌てる。

だって――その、えっと……これは、ナニ?

魔術師ではないのか?

あたしは軽いパニックに陥っていた。

 面前に立つ男の顔は、確かに良く知るあの変態に見える。

だが、その服装は白くてだらりと長い神官服だ。腰をサッシュやベルトでとめたりしない、まるきり女性が着ていそうなワンピースのようなつくり。純白の絹地でよくみれば銀糸の細かい縫い取りまでつけられ、そして髪が腰近くまで流れている。


これは違う。

別人だ。

そこでやっと息をついた。

――あたしの知る変態の髪はこんなに長くない。

首の辺りまでしかないし、普段の服装はもちろん胡散臭い魔術師スタイル。シルクハットにステッキ。

 その笑いはもっとあけすけだし、口から垂れ流される言葉には品位が足りない。

同じ顔でも人間って持っている内面でこれだけ違うのだ。

――そうか。ヤツは双子か? それとも良く似た親戚筋。

神官長、きっとアレと血が繋がっているのだ。なんて不憫な。


「見れませんでしたか?」

柔らかな眼差しで再度問われ、あたしはやっと落ち着いて応えることができた。

「いえ、見ました。

あの――虹を見せたりできるものなんですか?」

純粋な疑問だ。

あたしの知る神官という人は、神様を奉じてはいても不思議な力をもっていたりしなかった。ただ優しく神様に仕えているだけ、そういうものだと思っていた。

 それともその知識が間違っているのだろうか?


 すると、神官長はクスリと笑う。

「それくらいは簡単です。

大気中の水分と太陽の光とを利用するだけですから」

「凄いですね!」

「私は魔法使いですから」


……思考停止。


「えっと」

ニコニコとして見つめられてますよ?

「あの、すると」

あたしは引きつりながら、

「普段は黒い服着て、シルクハットにステッキとか持ってたり?」

「ふふふ」

「は、ははは?」


奇妙な笑いが二人の間で漏れる。

「リドリー? 何へんなこと言ってるんだよ」

アジス君が呆れたように言う。


あたしは乾いた笑いを漏らしながら、

神様なんてきっといないに違いないと思っていた。


――こんな神職、イヤだ。

何かが激しく間違っている。

「コーディロイと話しができるなんて、オレ、感激です」

「そうですか? そんなに恐縮されるような者ではありませんよ」

 アジス君が舞い上がっている。

物凄く。

そのテンションの高さがまたあたしの涙――というか脱力を誘う。

騙されてるぞ!

そいつは変態だ。


リドリーのテンション下がって上がって突き落とされました。

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