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贖罪と虹

――二日酔いのような頭の痛みと、体のだるさ。

「うわ、筋肉痛だ」

あたしは着替えも食事も済ますことなく寝てしまった自分に唖然とした。


確かに昨日はめちゃくちゃパン種を作っていたけれど、こんなに腕がだるくなるとは思わなかった。

 軽く自分の腕をほぐしながら、今朝は早く店に行かないといけないのだと思い出す。

ばたばたと身支度を整え、洗ってあるエプロンをバスケットに放り込むと、あたしは出勤の為に家を出た。

「おはよう、リトル・リィ」

「――おはよう、魔術師」

「今日の花は山間に咲くリシェルの花。花言葉は」

シルクハットをとんっと叩いて取り出した花束。

魔術師は一旦声を潜めて「贖罪」と囁いた。


その声の調子に、あたしは眉を潜めた。

「……何かあった?」

「ちょっとね。色々と反省することがあったものだから」

 その言葉にあたしは瞳を瞬いた。


反省!

この男の口からそんな言葉が漏れようとは!

「やめてよ、天気が崩れるじゃないの。せっかくの祭りなのに」

「晴天がいい?」

「そりゃ、そうよ」

「じゃあ、今日は晴天を約束するよ。空一杯に青空を君に」

ハイハイ。

「魔法使いを信じてないね?」

軽くいなされることにムッとしたのか、やがて魔術師は吐息を落として微笑んだ。

「では、魔法使いらしいことも一つ」

「なによ?」

「パレードを楽しみにしておいて。空にぼくからの贈りものを君に」

「ちょっ」

とんっと花を手渡し、魔術師は自らの部屋の扉をひらいてそのまま室内に入ってしまった。


あたしは手渡された花と部屋の扉とを交互に眺め、不吉な言葉を耳の奥で反芻した。

――パレード、見に行くのやめようかしら。



午前中はパンをめ一杯焼いた。

それを売りやすいように袋につめたりとターニャさんとアジス君とマイラおばさんとで大騒ぎしながらやる。

それだって祭りの延長上で楽しかったけれど、午後になればアジス君があたしの腕を引いた。

「いくぞ、リドリー」

「パンは食べていかないのかい?」

焼きたてのパンを示されたけれど、アジス君は肩をすくめた。

「屋台で色々食うからいい」

「まぁ、そうだね。じゃあ二人とも気をつけていっておいで」


マイラおばさんに見送られ、あたしとアジス君とは並んで歩きながら町の様相に笑みを浮かべた。

 足は自然と中央広場へと向かう。そこにはサーカスや移動遊園地も来ているし、何よりパレードはそこからはじまるのだ。

「リドリー」

ふいに、アジス君があたしの腕を引いた。

「なぁに?」

「昨日、あれから大丈夫だったか?」

 真剣な眼差しで見上げられ、あたしは瞳を瞬いた。

「あ、うん?

大丈夫だよ?」

 昨日、あれから。

昨日は帰りにアジス君が送ってくれて、その後は珍しくも魔術師と顔を合わせることもなく帰宅。朝までぐっすり――なんて素敵な一日であったろう。

 あたしはにっこりと笑って言ったのだが、アジス君は眉間に皺を寄せ、

「ま、大人ってめんどくせえよな?」

――と、またしても子供らしからぬことを言う。

「え?」

「ああ、いい。俺は物分りのいい男だ」

うんうん、と何故か一人で納得しているアジス君。

彼に接していると、本当に彼の父方の祖父という人を並べてみてみたい気になる。

「パレードって確か正午だっけ?」

「ああ、もう挨拶なんかはすんじゃってるんじゃないかな」

中央広場にやっと足を踏み入れた時、そこはすでに人で一杯だった。


中央広場のど真ん中に馬車を利用した山車のようなものがあり、花で飾り付けられたその上には女神の扮装の少女、そしてその少女をエスコートする形で青年が一人。

「あれがご領主さま?」

あたしは若い娘さん達に黄色い声をあげられている青年を見つめ、ほぅっと溜息を落とした。

 遠すぎてちょっと判らないけれど、少女同様豊かな蜂蜜色の金髪が目立つ。二人とも純白の衣装でまるで花嫁と花婿のよう。

遠めで見ても、それは見事な一対だ。

もっと近くで見てみたいと思うが、いかんせん人が多すぎる。


と、花火のような音と共にパレードが始まる。

山車が動き、この為に呼ばれた踊り子達がその前後で踊る。にぎやかな楽団の音楽。子供達の歓声。

そのスタートの時、誰かが叫んだ。

「虹だ!」

うわぁっという歓声が辺りに響き渡り、女神への祝福の言葉があちらこちらから聞こえる。


「雨でもないのに虹なんて」

あたしが小さく呟くと、隣のアジス君がなんでもないことのように口にした。

「コーディロイだろ」

「え?」

「こんなことするのはあの人しかいないだろ。

って……ああ、リドリーには判らないか?」


アジス君は笑い、肩をすくめた。

大人びた笑いをする少年は、まるで小さな子供に語るようにあたしに言った。

「コーディロイっていうのは、古代神話の言葉で尊き人っていって、これはここの町の神官長のことを示す言葉。

滅多に出てこないし、こういった祝いゴトなんかも顔すら出さないけどさ。

虹なんて、あの人には簡単だろ」

「……」


あたしはその聞きなれぬ言葉にアジス君の顔を凝視した。

「コーディロイって……あのへんな魔術師のこと?」

「は?」

「え、だって……いつもシルクハット被って、ステッキ持って」

ちょっとまて?

なんか違くないか?


あたしが引きつる顔を不思議そうに眺めながら、


「コーディロイは神官服だよ。

だらだらと長いヤツ。黒い髪を背中の辺りまで流して、オレあの人はじめ見たとき女かと思ったけど」

「――うん、判った」

それは違う人ですね?


あの変態が神官長?

いや、ないない。それはない。

それは神職に対する冒涜だろう!


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