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7/7

昨日は少し動揺したけど、今日は大丈夫。野外だからテントで作った化粧室で仕上げる。

鏡の前で集中する。舞台化粧だから、派手は派手だけど、そのままパレードとかにも付き合ったりお偉いさんにも挨拶回りがあるから程々な加減。

青い衣装はいつもよりお金は掛かってる。


「大丈夫ですか? リンダさん」


今日はヤッフィーとあたしの両サイドを固めるマスッチが声を掛けてきた。いつもみたいに無駄にボディタッチしてきたりはしない。


「昨日、何かありました?」


ボディタッチしなくても、気になった対象を深掘りするの大好きっ子、マスッチ。勘もいい。仕事はパーフェクトというか、自動的な感じで反応して振る舞ってるから反動かもしれない。


「大丈夫。そう、猫。猫の里親が見付かったんだよ。ほんの数日だから、仲良くなっあワケでもなかったけど、急だったから」


「そうですか、その猫も里親さんの所で上手くやれるといいですね」


猫に上手くやれるといい、ってマスッチ的だね。あたしは苦笑した。


「そだね。ほんと大丈夫」


「マスッチ、ちょっといいか?」


「はい。それじゃ」


マスッチは新発売されるトロピカルポーションの広告の打ち合わせがあるようだった。部屋から出てくと、速攻でナリリンとユカユカが生意気! 絶対枕っ! と一致団結して陰口を叩きだした。


「ふふ」


笑っちゃうな。これは、あの子には過ぎていった景色の1つなんだろな。

あたしは、こんな規模で真ん中に立つことはこれまで一度もなかったけど。


しっかりしよう。宣言もした。しっかりやると。



広場の前座公演のチケットスペースの後ろのタダ()客が少しハミ出して馬車通りの交通規制の衛兵と小競り合いが起きてるくらいの入り。慈雨祭だけど天気も好い。

ウチらの専属じゃないけど今日は20人もいる楽団が演奏する、ヨカ隊から逃げた男にナッツミルクを売る娘、に合わせて袖から出る。


舞台が広い、位置感覚が狂いそう。若手や下手なメンバーはさっそく初期ポジが怪しいが、そこはプロ。完璧じゃなくても仕上がった顔で踊りだす。

修正は有機的に行う。段々場所が消えて、メンバー同士の間合いの計り合いの感覚だけになる。この感覚が強まり過ぎると舞台からの落下事故に繋がるから注意は必要だけど、心地いい。仲のいいのは4人くらいだけど、あたし達は1つの踊りのうねりになる。


いくらかあったブーイングも歓声と熱狂に消える。他店も含め、客が近い道化役達はさすがに緊張してるみたいだけど、客の前列が境界を越えないように上手くいなしてくれてる。

警備員のハーフドワーフ達は威嚇し過ぎて反感を買って飲み物ブチ撒けられたりしてるけど。


よく、見える。見えてないとこも見える感じ。腰の痛みや、若い頃より柔らかく伸びない手足の関節も、今はすぐバテがちな心肺機能も、気にならない。


楽しくて哀しい、曲の物語の中を泳いでるみたい。


ああ、逃げ延びたね。ナッツミルク美味しかったね。楽しかったね。お別れだね。


涙が出てきた。引退が近く、感傷的だったのかも。アイツはなんだったんだろう? ムチャを重ねたチビスケ。そうだったかもしれないあたしが、悪足掻きしてるみたいな?


そうか、そうだね。あたしはあたしの物語を終えようとしているけど、アイツはまだジタバタしてるみたいで、それが、可愛くて、嫉妬していて、それを、辞めさせたくなかった。


だから通報せずに囲ってた。そうか、小さいな、あたし。


「リンダーっ!」


「辞めんなよぉーーっっ!!」


「うぉおおおーーーーっ!!!」


曲は佳境。ああ、終わってしまう。一番いいあたし。見て、観て、見て!!


と、馬車通りに衛兵にも警護された、滅多に見ない冒険者ギルドの装飾の護送竜車(りゅうしゃ)が通り掛かった。

走竜(そうりゅう)が引く檻車両に何人か囚人が乗っていて、1人が・・ラニィ!


「っ!」


目を見開いちゃったけどすぐ立て直す。


小さい身体で跳び跳ねる勢いで、はしゃいで、手を振ったりしてる。

窃盗、転売に殺人も重ねた凶悪犯だけどっ。

通常なら街の人々も騒ぎだすはずが、今は気付いてる人も殆んどいない。


あ~、もうっ。しょうがないヤツ!!


あたしは力一杯踊って、誘って、見送ってやったよ。


曲は、娘がナッツミルク売りだして、いつも通りに終わった。



・・春が過ぎて


今年は雨季が少し長引いてる機嫌悪い夏の始まり、あたしはロングレッグ族の大家さんに挨拶をしていた。


「ありがとうございました」


「元気でね」


「はい」


「来週から、銅亀亭の若い子が貴女の部屋に入るそうだよ。廃品にしてた椅子、まだ使えそうだからその子に譲ってもいいかい?」


「ああ、是非、どうぞ。安物ですけど」


「薄の原亭の3番人気の椅子なんてゲンがいいよ」


正確にはあたしのチームで3番だったんだけど、そのままにしとくか。


「それじゃあ。大家さんもお元気で」


「あんた、よくやったよ! 1回も家賃滞納しなかったしねっ」


「ふふふっ」


小雨の降る中、通りに出た。羽織った耳カバー付きの革のレインコートに撥水カバーを被せた旅行鞄1つ。

雨がカバーに当たってうるさいから結局、穴空き耳栓をまた使ってた。

転送門は高いから使わない。治安のいい街道を馬車を乗り継いでくから、バナイ郷まで長い旅になる。

コートの下の腰のベルトには銀の短剣+1を差していた。あたしのベストスコア。


アイツは今、賠償と懲罰で危ないダンジョンに挑戦させられてるみたい。あたしの小剣+1は返されたんだって。


せいぜい辛くて怖くてワリに合わない大冒険、やりきりなよ?


「小腹空いたな」


ベルソンは広い。最初の馬車の駅まで遠いから、そこまでも馬車に乗らなきゃならない。

その前に、あたしはいつものミルクスタンドでランチセットを買うことにしよう。

もうミルクの瓶は洗って返せないけど今日は昼間。割り引きじゃない、ふかふかのパンを買っちゃおう。


手続きばかりややこしいしょっぱい額の財産分与を受ける、腰の悪い、田舎に友達はいない、あたしの帰還を前祝いして。

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