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暗がりを歩く。いるな、屋根の上。早足に切り替える。ついてくる。駆ける。相手も駆ける。この気配、アイツだ!
「残飯漁りのバジェっ! 1人になるまで待ってくれるなんてっ、噂より気が利くヤツじゃねーかっ!!」
「・・俺は、減点が多い。自覚している。一般人はなるべく巻き込まない。死ぬのは、クズだけだ!!」
飛び付いてクレイモアで斬りつけてきた。躱すっ、石畳の路地がプディングみたいに削れる! 大剣技の半月斬りを対人用にコンパクトに纏めてる。
悪名高いベルソン地域の賞金稼ぎ、3級戦士職バジェ・エルダーメア!!
オレはリンダの部屋のキッチンから拝借したフォーク数本に遅れて癇癪玉を1つ投げ付けて、不用意にフォークをガードさせてから癇癪玉を爆ぜさせて吹っ飛ばし、一気に走って距離を取った。
ここらの地図は頭に入ってる。このエリアで、オレの実力と装備と持ち道具でコイツに勝てそうなのはあそこだけだ。気は進まないけどよっ。
普通の戦士職相手なら今の一手で逃げきれるところだがコイツは速いし、追うプロ。
ここまで食いつかれて、町の外の、さらに先の東の森の転送門までダシ抜くなんてまず無理。
この間逃げられたのも放電系の魔法道具をマフィアか25割増し(!)のボッタクリ価格で買ってたからなんとかなっただけだった。もう無いしな。
走る走る! また腹が疼いてきたけど走る、見えてきたっ。
「ラニィ・リーフシェード! 窃盗! 転売! ギルドへの背信行為! パーティー構成員への不義理っ! 度し難しッッ!!!」
ちょっと焦げたくらいのダメージでもう追い付いてきたっ。
オレは今度は、拝借したレッドホットチリペッパーを詰めた小袋と一緒に癇癪玉を投げて炸裂させ、広域に辛味成分を拡散させて怯ませた! 癇癪玉は残り1つ。
「ザマぁっ」
煽りつつ目当ての施設、高級食肉冷凍保存倉庫の敷地へとオレは飛び込んでいった。
ここの実際上の権利者はオレが高跳びの仲介を頼んだマフィアと同じ組の別派閥のマフィアだ。
仲間同士でも率のいいシノギの内情は把握してるマフィアの底意地の悪さに乾杯!
敷地に潜り込んだオレは迷わず冷凍倉庫に忍び込んだ。3重扉だが、暗証番号式。ネタが割れてりゃ素通りってなもんだ。勿論、鍵は開け放しだ。
真冬のような中に入ると、すぐ側の操作盤でマナ灯を点ける。
下処理済みだが細かくは解体はされていない高級冷凍肉達が無数にフックで吊るされてる。マナ式の冷凍庫なんてハイコストな代物だ。金持ちとそのお零れを預かるヤツらが食うんだろうよ。
資料の記憶と実際の状況を照らし合わせながら出入口から離れ、肉の1つを踏み台に飛んで、フックを吊るしてる梁の1つに登り、さらに出入口の死角まで移動する。
そこでウェストバッグからポーション+1を取り出し、飲む。腹の疼きも収まるがポーションは遅効性だ。しばらくは、
極低温でもオレは少しずつ回復してゆく。
勿論ロクにダメージを受けていないのに1本飲み干したから、血圧が乱れ、頭も痛くなったが、この環境で格上相手有利を取るには何でもするぜ!
入ってきた。
「・・フォークだのスパイスだの、さっきから、ふざけているのか?」
位置自体はすぐバレる。速攻で詰められるのを避けただけだ。オレはポーションの空き瓶を投げ付け、梁の上を駆けだした。
懲りたのか? 大袈裟に飛び退いて躱して、凍った床で割れたのがただの空き瓶と知ると、顔をしかめるバジェ。
「バジェ・エルダーメア! 父親は元ローンド郷民会の役員っ。だが不正発覚で失脚。同時に妻の不貞も日報誌に暴かれ、父親は妻と溶鉱炉で無理心中を図り消滅っ! 施設育ちのお前は不正を酷く憎むようになったが社会と折り合いがつかず、衛兵隊から冒険者、冒険者から賞金稼ぎと転向を重ね、今じゃ同業者からも鼻つまみ者っ!!」
釣られた肉の配置、種類、ちょうどいい位置、把握する。
「・・不正が、不正が尽きないのだ。お前のような者が現れ続ける。より巧妙な者。道理が有るかのように振る舞う者。俺は、絶望している。だが、こうも思う。仕事とは、そんな物だと」
バジェはマナを込め角度を付けた剣を振るって空気の断層を造り、カマイタチを飛ばしてきたっ。隣に飛び移ったが、乗ってた梁が切られてその列の冷凍肉がゴッソリ落とされる! ちくしょっ、この列覚えたの台無しだぜっ! 肉が転がって床の環境も変えられた。
まぁ、いい、オレの中では整った。残りのフォークを全て投げながらいくつか肉の上を跳びながら、床に降りてく。
「要約すると、大好きなパパとママは僕ちゃんを守ってくれなかった、て?」
「・・殺すッ!!!」
激昂したバジェは、大剣の連撃技、大鼓岩狩り、で強引に、吊るされ、転がる高級冷凍肉を斬り払いながら迫ってくるっ。3級のパワーじゃない。素行に難が有り過ぎるから昇級できないだけだろうぜ。
オレは吊られた凍った肉の森の中をジグザグ気味に後退しながら、回転させるとフォークより幅を出せるディナーナイフを連発するが、無抵抗で下がる不自然さを隠す以上の効果は無い。
いよいよ迫られだすと、残りのナイフ全てと遅らせて最後の癇癪玉を投げ、嘲笑されて横跳びで吊られた肉の陰に避けられ、そこから一跳びで詰められたっ。
釣られた肉を2つ挟んでるだけ。ここだっ。
「オォッッ!!」
吠えてさらに強引に迫ろうと、技の発動を再開して、1つ目の牛肉を骨ごと断ち、そのままオレの目の前の肉をオレごと断とうと大剣を振るってきた。だが、
ガキィイイッッ!!!
「っ?!」
クレイモアの刃は肉の背骨で止まった。ここに吊られてるのは殆んどブランド牛肉と羊肉だが、希少な食用魔物肉もいくらか斑に吊られていた。
今、斬ろうとしたのは鎧猪。所々に外骨格を持ち全ての骨が頑強で、特に背骨は鋼鉄並み。高級品は鉄を越える強度を持つ。
散々生肉を斬って脂まみれになって、凍え、雑な技の発動で、牛程度とチョロい革鎧を着たコソ泥フェザーフット族を斬るつもりで、適当に振った剣じゃ斬れないぜっ!
駆け出し、鎧猪の背骨に食い込んだクレイモアを手離して腰の重小剣を抜こうとした右手に、左手の指に嵌めた仕置きの指輪で静電気を思い切り撃って一瞬止め、至近距離でリンダの最高スコアの小剣+1を右手で投げ付けて深々と首に突き刺してやった!
死に際の反撃を警戒してすぐ飛び退く。
同時に首から派手に血が噴き出て、ヤツは両手で傷口を押さえ、両膝を突いた。
「対人ばっかしやってっからだ。鎧猪は小遣い稼ぎの定番だぜ?」
「・・ヒューっ、罪は罰が下る。反古には、決してなら、ない・・」
バジェは生き絶えた。綺麗な死体で冷凍もされる。正義野郎は蘇生所がお似合いだ。
オレはポーションが切れてきて、フラつく脚で、歩き出した。完全に切れる前に出ないとヤバぇな。これで凍死じゃ間抜、
「はい、そこまでだぁっ」
いきなりオレの周囲の虚空から武装した連中が出現した! 魔法使い風のも数人いるっ。迷彩化魔法と静音魔法!
指揮を取ってるのは打ち刀を持った侍職らしいワーウルフだった。
「まさか鍵師が仕止めるとはな。まぁ暫く冷凍しとくか・・」
刀の切っ先を向けてくるワーウルフ。
「観念しろ、ラニィ・リーフシェード。お前には盗品に関して王都のギルド本部で取り調べを受けてもらう」
本部? 大袈裟だろ。ここまでか、だが、
「オレは癇癪玉をあと3つ持ってる。2人くらいなら蘇生所に連れてけるぜ?」
「ああん? この後に及んでだろ?」
「大人しく逮捕されてやってもいいが、いくつか条件飲めよ。大したことじゃねぇ」
「・・はぁ~っ、面倒臭ぇな! 言うだけ言ってみろ」
心底うんざり顔でギルド職員だろう、ワーウルフは刀の峰を肩に置いた。