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ランタンは点けずに街灯や軒灯も直接当たらないように、表通りも避けて移動する。
ワーラビットのリンダの早足は速い。いいリハビリになるぜ。
オレは既に旅装で固めてフードを下げてる。1日早まったがどうってことない。リンダは「ごめんね」と言ったが別に。
ただ付き合う必然性が無かったし、なんで夜中に時計塔? って話だ。
妙な女だぜ。そもそも獣人と深く接したことがない。数日だが、家族や冒険者のパーティー以外の人間と暮らしたこともなかった。暮らした、って程でもないか?
誰かの生活がある家の中で傷の面倒を看ながら大人しく過ごす。それだけ。
眠って、掃除して、洗濯して、裁縫して、料理して、置きっぱなしの数冊だけあった他人の趣味の本を読んだりする。
オレが知らない静かな時間だった。ちゃんと生活してるヤツの部屋。
絶縁してる実家はロクなもんじゃくて、1人になってからは仕事と住み処を転々として、冒険者になった。
鍵師でソロっていうのもキツくて3つのパーティーに属したが、1つ目はダンジョンで見捨てられて蘇生所送り、2つ目はパーティー資産の配分や扱いで揉めて蘇生所送り、
3つ目はまぁ途中まではマシだったけどメンバーの魔法戦士にすげぇ嫌われて、実家の親に居場所を突き止められて送金しろって繰り返し手紙が来るようになって、オレは段々頭がオカシクなった。
で、カジノにハマった挙げ句この様。
体裁悪くてリンダには言ってないが、賠償金は3つ目のパーティーのリーダーが肩代わりしてるらしい。意味がわからねぇよ。そんなお人好しにも見えなかったし。
オレの親が一生敵だってわからされたり、急に「お前は必ず裏切る。ゲスな人間性」と見透かされて嫌われたり、親しくないヤツが進んでワリを食ってたり、デカい兎に拾われたり、場合じゃねぇのに時計塔に行くハメになったり、
手に負えないことが連続しててオレは麻痺してきていた。
コレをやれ、と誰かが命令したらそれを一生やるだけでもオレなんかいいくらいだ。
もっと単純に生きさせてくれよ。
「着いたよ、ラニィ」
着ぐるみみたいなリンダが振り返ってきた。オレがチビ過ぎるから見下ろしてくる。暗がりでもわかる。歳に相応しくない綺麗な目。散々戦って、もうすぐ引退する、腰痛持ちの都会の踊り子。
ベルソンの時計塔は3ヶ所ある。1番近いのは北西塔。30分は歩いて、ようやくその真下まで着いた。
北西塔、避雷針を除く高さは150ジロリ(100メートル)。観光施設の1階と上層の展望階と管理用のエリア以外はほとんどマナ動力式のエレベーターと螺旋階段と支柱だけのがらんどう。
「もう閉まってるけど鍵師でしょ? ここ入れるよね?」
「忍び込む前提かよ、まぁたぶんイケる」
さすが、というか、まさか、というか、ラニィは当然のように守衛が中々回ってこない勝手口の1つにあたしを誘導し、嘘みたいに簡単に鍵を開け、扉を開けた。
「レディ、お先にどうぞ」
おちょけるラニィ。
「ここ、来たことあるの?」
「無いぜ。だがマフィア達に目立つ建物の警備状況とかの資料を買ってた。へへっ」
「何の為によっ」
「もしもの備えってヤツだ!」
基本的にコソ泥だよね。ま、いいわ。それを期待して来たようなもんだし。あたし達は人気の無い時計塔の中に入った。
「1階の観光施設と上階の展望階、あとは管理室は守衛や従業員が多少は常駐してるが、あとは朝の開業前の見回りまでフリーだ。何も無いからよ」
「よっしっ、時計盤まで昇ろう!」
「時計盤?」
あたしは螺旋階段に向かおうとしたけど、着込んだ厚手のジャケットの端をラニィに掴まれた。
「待った。管理用のエレベーターを使う。ほぼ使われないし従業員自体はいるから使われても不自然じゃねぇ」
「上がった先に人がいたら?」
「搬入用の上階倉庫直通のを使う。先に人はいない。そこから出るのに鍵を開ける必要があるがオレがいる。時計盤まですぐだ」
「そんなとこまで資料覚えてんの?」
「暇だったし、目立つとこと使えそうなとこだけな」
泥棒に専念したら大物になれそう。
呆れたけど、あたし達は上階倉庫直通のマナ式エレベーターでサクっと上がり、倉庫エリアの扉の1つ開けて、管理用通路に出てさらに上へと昇った。
灯りは思い出したように遠い間隔で点けられてるマナ灯だけ。
3面時計盤の盤の無い面の通用口から出て、盤の周囲にある柵付きの管理通路に出た。結構風ある。小柄なラニィは柵にしがみ付いた。
「大通り側の盤はマナ灯で照らされてるから近付くなよ?」
「それは知ってるし、見たらわかるよ」
「まぁな。つーか、なんだよ? こんなとこ連れてきて、寒いし、危ねぇし、鳩のフンだらけだしっ」
「見てよ」
あたしはベルソンの繁華街の方を示した。夜景が光の湖みたいに見えてる。
「へぇ・・」
「ここって管理業者以外立入禁止だけど、何年か前に店を辞めた子で、その管理業者と付き合ってた子がいてさ。ここに連れてきてもらったって、すんごい自慢してたんだ。あたしの家から近いし薄の原亭も見えるはずだから、きっといい眺めだし、最後に見せてやろうと思って。自分が見たいのが1番だけど! ふふ」
「そうかよ。・・そうだな、悪かねぇな」
色々話そうと思ってたけど何だか2人とも黙ってしまって、本格的に寒くなるまで、側で見るといい物ばかりじゃないベルソンの光の湖を見詰めてた。
また1階の勝手口から出て、そのまま時計塔の敷地からこそこそ離脱すると、あたし達は笑って、
「リンダ、コレやるよ。最高スコアより高いぜ?」
ラニィは腰に留め具で留めていた短剣を鞘ごと渡してきた。暗がりでも立派な装飾がわかった。
「うん?」
「盗品とか、転売で稼いだ金で買ったのじゃないぜ? 前の前に組んでたパーティーの・・まぁ戦利品だ。銅混じりの強い銀の短剣。+1評価!」
「いいの?」
「代わりに掛けてあったのはもらった」
スルッと、今度はウェストバッグの辺りからあたしの部屋の鉄の小剣+1を鞘ごと取り出すラニィ!
「持ってきてるじゃんかっ」
「交換交換」
「ラニィ、ホントさ」
あたしは彼女の小さな手を取って、ずっとポケットに入れてた仕置きの指輪を握らせた。
「ちょっと、釣り合いが」
「逃げきれないと思うけど」
あたしは目を見て言った。たぶんちょい年下くらいだけど、幼い拗ねた目をしてる。
「・・かもな。じゃ、な~」
踵を返して路地の方に歩きだすラニィ。
「あたしは明後日、午前10時の公演で真ん中だから! あんたがどうなってもあたしはしっかりやってるからねっ」
「頑張れよ~」
ラニィは振り返らずに手を振って、暗がりの向こうに行ってしまった。