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変なの拾っても再来月に引退が決まってても、基礎練はある。


ステージパフォーマンスは引退したもういい歳のゲイのハーフエルフの奏者が(ちゅう)リュート(吟遊詩人がよく使う小さな物より少し大きい弦楽器)弾く練習曲が響く中、薄の原亭の踊り子OGの講師のワーバニーが檄を飛ばす。


若手はともかく、中堅以降は金も手間も掛かる基礎練を受けられる機会は段々減って、自主練や店とは別に有料の稽古を上手くできないメンバーは徐々にやんわり脱落させられてゆくシステムだったりもする。


デビューした瞬間から死神との追い駆けっこが始まってる感じ。


「はーい、こんなもんね! 若手は次の第3曜日の午後も公演終わりにあるからねっ」


「あざーす!!」


「ナリリンとユカユカは児童教室の指導のミーティングするよ~」


「まだ引退しないからねっ」


「バイトだからっ」


「はいは~い」


ほぼ同期の講師とナリリンとユカユカは別室に移動。古株のハーフエルフの奏者は店の年配スタッフと雑談を始めていた。


あたしは昔と違ってレッスン終わりにきっちりストレッチしないと腰がヤバいから、若手がさっさと引き上げたりお喋り始める中、黙々と鏡の前で筋を伸ばしていた。


新人の頃は同じことしてた先輩に未練がましいな、とか思ってたけど、マジごめんなさい、調子こいてましたっ。


「リンダさん」


来た。マスッチ。レッスン終わりは大体興奮してるから要注意なんだわ。

マッサージしてあげよっか? と誘われて何人落とされたことかっっ。


「何、マスッチ」


「今日、なんか感じ違いますね?」


「ん?」


意外な切り出し方で来た。


「いつもはもっと淡々と集中してる感じなのに、今日は少し表情があった気がしました。・・男ですか?」


急に険悪な顔。

表情がある、から男がいる、までの飛躍がよ。


「いないよ。あに言ってんの?」


「ピンと来たんですよ」


ウチのチームの一番人気がダメな方の野生の勘を使ってるよ。

だけどまだストレッチの途中だし、この子が本格的に絡みだすと長い。下手に返すより、ズラすか・・


「だから、猫、拾ったんだよ。前も飼ってたでしょ?」


ズラし過ぎ、か?


「兎が猫を飼うんですか?」


「前もソレ言ったね、いいじゃん別に」


さすがに動物の兎をウチらが飼ったりするのは悪趣味だろうけど。


「再来月には引き払うんですよね?」


想定したツッコミ。ふふん。


「大家の知り合いに譲ることになってる。ただだいぶ弱ってるからさ、引き払うまでにケアして治してやるんだよ」


さすがにラニィの怪我も再来月までは引っ張らないとは思うけど。


「へぇ、そうですか・・」


まだ納得いってない感じだったけど、これ以上詰める材料がなかったからか、マスッチはつまらなそうに、他に粉掛けてる子の所に行った。しゃっ、追っ払った。


でも猫拾った、か。我ながら言い得て妙だ。



ミルクスタンドで2人前の夕食と、ラニィの明日の昼食(ウチの朝は買溜めしてるクッキーと豆茶か紅茶)を買って帰った。金はもらってるワケだけどノーム夫婦にニヤっとされちゃったよ。違うってのっ。


あたしの服の袖と裾を捲りまくったラニィは、暖炉で作ってたスープらしい物の加減を鼻歌交じりにしているところだった。

獣人じゃないから服の尻尾穴(しっぽあな)からちょっとお尻が見えてるし・・


「ただいま」


「おっかえり~。干しトウモロコシと玉葱と、豚の塩漬けがあったからコーンスープ作ってるからな! スパイス利かせたから明日の夜までイケるぜ?」


「そりゃどうも」


休日か、休日の前の夜くらいしか火を使った料理はほぼしないからなんだか帰ってくる部屋間違えたような気がしてきたよ。


「傷と熱は?」


「傷は少し疼くだけ、あとは微熱とダルい、くらいか? あと2、3日で出てくから安心しろよ」


「あーそう。安宿でごめんね」


「上手いこと言うじゃねぇか、へへっ」


「別に」


それから、夕食を食べる。


「腹があれなんだからよく噛んで食べな」


「デカい兎の着ぐるみかと思ったら中身母ちゃんかよっ」


「・・・」


やり辛いヤツだわ。



夜中に呼び出しを喰らって、俺は、ベルソンのギルド支部の一室でほぼ同じ話を2度聞かされていた。俺は人の話に相槌を打つのが苦手だから、聞いていないと思われたのだろう。


聞こえている。あと1度、同じ話をしたらこの男を殺そう。


「いいか? 手配書は出てるが、あくまで捕縛だ。賠償金は残り2000万ゼムちょい、前のパーティーメンバーが払ってる。殺しちまったら拗れる。他の冒険者達の心証も悪くなる。蘇生所は秘密を守れない。いいか? 殺さず、捕まえろ? だが、衛兵に先を越されるな、面倒になる」


狼人(ワーウルフ)族のギルド職員は何も反応しないように見えてるらしい俺に困惑しながらここまで言いきった。


「・・生け捕りに適した賞金稼ぎなら他にいたはずだ」


俺は席から立ち上がった。近くに立て掛けた軽大剣(クレイモア)を手に取る。


「面子の問題なんだ。お前のギャラはノノリカ支部の保管庫の責任者が私費で出してる。ベルソン付近でフリーで、干されてるお前しか当てがなかっただけだっ」


部屋の出口に向かう。


「オイっ、最悪問題は起こすな! 衛兵には従えっ、地回りのマフィアとも絡むな! 死体は回収しろよっ? 殺るなら綺麗に殺れ、蘇生が難しくなるからなっ!」


黙って退室した。俺には俺の仕事がある。



ラニィは自分の元の装備とあたしの衣服の洗濯を済ませて干していた。


あたしは虫除けの草編み窓の近くに椅子を置いて煙管で、家でしか吸わない煙草を吸ってる。


「乾いたら縫わないとなぁ。鎧は継ぎ接ぎになっちまうけどよぉ」


「聞いていい? あんた何したの?」


「・・冒険者ギルドのお宝を盗んで闇競売で売った。カジノで借金があったからよ」


うわぁ。


「大体想定通りだけど、1段階くらいは酷いわ」


「反省してる。ギャンブルはもう辞めるし、いつかは賠償する」


「辞められなくて返さない人は大体そう言うんだよ」


「・・反省はっ、してるんだって!」


半泣きで振り返ってくるラニィ。ふん、同情の余地無しだわ。

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