第5幕〜生活の基盤
━━宿屋・グーグー
噴水広場から少し入った先にあるギルドから紹介された一軒目の宿屋。周囲の建物よりは広く大きいが、古めな感じを受ける。覚悟を決めドアを開けるオボロ━━
キィィィ……カランカラン……
ドアに取り付けられた鐘も鳴る……。
「はじめましてぇ……」
忍び入るようにオボロ……後からクロネ、アミュと続く。目の前にカウンター、数人が食事出来そうな椅子とテーブルが二ヶ所。他に目新しい物は……特には無さそう……。
と、奥から女性の声が!
「はいはい……いらっしゃい」
━━!
現れたのは、垂れ耳の犬の獣人の女性!
目が合うオボロ!
━━!
慌てる犬の獣人は、何も言わず直ぐに奥へ行ってしまう━━
が、人間の男性を連れて来た!
歩き方が少し妙な男性……オボロ達を長く観察する……。
(何か言った方が良いか?)
そう考えてるオボロ……。
━━と、男性
「な?俺の言った通りだろ、カヌス!トスの考える事なんざお見通しさ」
カヌスと呼ばれた獣人
「ええ、確かに!ふふふ」
オボロの方を向く男性
「すまんすまん!俺はグーメラ、こいつは女房のカヌス。二人でここを切り盛りしてる!」
静かに、ギルドからの手紙を渡しオボロは
「迷惑はかけぬようにしますので……しばらく宿泊させてもらえれば……と」
手紙に目を通すグーメラ
「……トスからのお願いじゃー断れねぇよ!いくらでも泊まってくれていいぜ?お代はきっちりもらうがな!」
(なんか良い流れ)
そう思いオボロ
「もちろんですよ。今夜から宿泊お願いします」
頭を下げる。クロネもアミュも後から頭を下げる。
続けてオボロは
「ギルド長とはお知り合いなのですか?」
━━被せるようにグーメラ
「知り合いも何も……共に冒険者してたんだよ!俺が前衛で蹴散らして……トスがサポートしたり仕留めたりよ!」
(なるほど……そういう繋がりか)
「んで、あんたらのことは噂で聞いてたから……トスの事だから絶対俺んとこの宿を勧めるってカヌスと話してたのよ!」
(とりあえず敬遠されて無さそうだし……様子をみよう)
オボロ達を見てグーメラはカウンターに身を乗り出し━━
「うちは、人間も獣人もオッケーな宿にしてる……他の客の事を考えると……大部屋一つでお願いしたいんだが……良いよな?」
何かニタニタしてるグーメラ。
(泊まれるなら文句は言うまい……)
そう思うオボロに対し……クロネとアミュは……
(この人間……気が利くのねぇ)
(やったっ!お兄ちゃんと同じお部屋!)
「ええ、わかりました!大部屋でもかまいません。よろしくお願いします」
丁寧に答えるオボロ。
奥さんのカヌスに案内され二階へ……。軋む階段を登り……一番手前の部屋……。
キキィィ……。
ドアも軋む音……。
広い部屋に四人分のベッドと寛げそうなソファーにテーブル。部屋の角にはトイレと風呂場の部屋。
「何か困ったら呼んで下さいね!ごゆっくりどうぞぉ」
と、伝えドアを閉めるカヌス。
アミュはベッドへ一直線!
クロネは窓を開け外の空気を吸い込んだ!
オボロはソファーに座りひと息つく。
(とりあえずは雨風はしのげるか……さて……何から手を付けるか……)
冒険者として生計を立てたいところだが……どのくらい稼げるかはやってみないとわからない……。町や人間の暮らしにも慣れないといけない……。アミュもそうだが……何気にクロネも食べる時は食べる……そう、食費……。
どこの世界でもやはり先立つ物は……金!
━━「もぉーダメッ!限界!」
ベッドで飛び跳ねていたアミュが突然魔獣化した!
━━!
直感で床が抜けないか、まず心配になるオボロ!
カチャカチャと八本の脚を細かく動かし天井へ移動……そして巣を張ってしまうアミュ!
「ごめん!お兄ちゃんっ!少しこのままで居させて……」
落ち着いたのか……動きもピタリと止まり静かになるアミュ……。
窓の外を眺めていたクロネ……
(アミュも無理をしてたのかしら?これはオボロ様には伝えておいた方が良さそうですわ)
「あのオボロ様?私も少し空の散歩をしたいのですが……よろしいです?」
魔獣化したアミュを見ていたオボロは目線をクロネに移し
「ん?あぁ良いけど……もしかして……黒鳥で?」
静かに頷くクロネ
「察しが良いですわ……その実は……アミュもだと思いますが……人型の維持に限界が来た様なので……少し元に戻ってリセットと言いましょうか……リフレッシュと言いましょうか……」
口をポカンと開けオボロ
「そ、そうなのか!全く気が付かなくてすまん!そんな弊害があるとは知らなかったし……」
首を横に振るクロネ
「いいえ、私達も知らなかったし……少し前から気がついたと言うか……オボロ様は悪くありませんので━━」
窓から飛び立ってしまったクロネ!抜け落ちた黒い羽が数枚、床に落ちた……。
(クロネもアミュも、大変なんだな……少し気を使って見てやらないとな……)
小難しい顔になってしまうオボロ。
ふとアミュを見ると……身体を覆うほどの糸の塊になっていた!大きな巣に糸の塊が付着してる感じ!
(冬眠か?睡眠か?生態が良くわからない!)
引き続き小難しい顔のオボロ……。
ソファーに寝転がり天井を眺め始めた……。
━━『マスターマスター!そろそろ良ーい?』
メルからブレインマウスが!
D=Dを発動するオボロ。
ドアが開き、虹彩流れる出入り口からメル、ホノカが勢い良く飛び出して来た。そしてお互いちょっかいを出しながら部屋を飛び回り散策する。
と、オボロは
「なぁメル?……声掛けるタイミング……良すぎないか?」
すぅーとオボロの前に来るメルは……人差し指を縦に唇に当て
「んー内緒!……私とマスターの仲だから……気にしないのぉー」
(マスターが話してるの……私に筒抜けなの知ったら……きっと困るもんね)
また、部屋を飛び回るメル。
……何か腑に落ちないオボロ……。
ソファーに寝転がるオボロのもふもふのお腹に降り座るメル。ホノカは糸の塊になってるアミュをつんつん突いている。
「ねぇねぇマスター?行きたい所あるんだけど……」
「ん?外出たら……人間に見られちゃうから……無理だろ?……俺が代わりにじゃ、ダメか?」
「本屋行きたいの!ほら皆の知識を増やしたり……この世界の事を知るために!」
頭を掻くオボロ……。
と、D=Dから何か引っ張り出すメル!
「じゃーん!」
━━革製の鞄?のようなのを見せつけたメル!
「えーとね、マスターはこれを首から下げてくれるだけで良いの!私がその中には入って小窓から覗くから!会話はブレインマウスで平気でしょ?」
自信有りげに説明するメル!
鞄を手に取り眺めるオボロ……。
(なるほど……この網目の小窓から外を見る感じか……それにしても……首から下げたら……大きな募金箱みたいだぞ?)
と、ソファーから立ち上がり首から下げてみるオボロ……。
……
思った通り……大きな募金箱を下げた獣人の出来上がり……。
「なぁメル?もう少し小さくならないか?」
希望を伝えるオボロ。
それを受け……ホノカを睨むメル!
「ホノカがオレもオレもってうるさいから……二体ぶんにしたら……そのサイズになっちゃったの!ごめんねマスター?」
ホノカも来て口から煙を漏らしながら
「メルだけじゃ不安だからさ!オレも外をもっと見たいし!頼むぜマスター!」
……
しばし考えるオボロ……。
「うん!この鞄からは絶対に出ないこと!会話はブレインマウスですること!鞄の中で暴れない事!……以上だ!」
(ここは厳しくしとかないと!)
心を鬼にして伝えるオボロ!
飛びながらハイタッチをして喜ぶメルとホノカ。
「まっかせて!マスター!」
「さすがマスターだぜ!」
一方クロネは━━
町の外の人気の無い所で魔獣化になりさらに郊外へ飛んで行った。小麦畑を超え、草原や雑木林の遥か上空で空の散歩をするクロネ。
(……いきなり町中で魔獣化したら……オボロ様に迷惑がかかりますわ!アミュにはビシッと注意しておかなくては!)
陽が傾き地上では畑仕事帰りの人間達の長く伸びた影……。




