第1幕〜青葉ナナ・1
ナナは必死に、土砂の崖を少しずつ慎重に、よじ登っていった。
(パパ!ママ!ナナが助けを呼んでくるから、待ってて!)
さ
半べそなナナ。
それでも、木の根っこ、押し流されてる車両を足場にし、ゆっくりよじ登っていく。
かすかに爽太の声が聴こえる。
「お前の!ナナの笑顔が……大好きだぞ!」
(パパ……ママ……待ってて)
下を振り返りながら、よじ登る。
登って行くにつれて、落ちたら危険という恐怖心が込み上げて来る。
(もう……下は見ない!)
ナナの決意。
慎重に、慌てず登っていくナナ。
見上げると、ひしゃげたガードレール。
(あれに捕まれば!)
両手でガードレールを掴む。
それなりに安定してそうだ。
懸垂をするようにしてガードレールに乗っかる。
「な、なんとかここまで」
息を切らせながら、つぶやく。
と、その瞬間━━━
ギギギ━
ガシャガシャ
ガシャガシャガシャン!
何かが転げ落ちる音。
ナナはすぐに振り返り下を恐る恐る覗く。
(もしかして……パパたちの車?)
ナナは思わず
「パパァァァ!」
「ママァァァ!」
声を出さずにいられなかった。
聞こえるのは葉っぱが風で揺れている音と、遠くで鳴り響く雷の音だけ。
と、ガードレールが、少し傾く!!
ナナは態勢を変え、また登り始める。
(泣いてなんか……いられない!)
唇を噛み締めながら、ひたすら登る。
今この瞬間、必死に頑張っている中学一年生は、ナナであろう。
ようやく道路が見えてきた!
ナナは割れたアスファルトを足場に平らな所へ行く。
━━━━!!
唖然とするような光景………
割れてあちこち隆起しているアスファルト。
土砂まみれの道路。
その土砂には、車両が何台も埋まっている。
ナナの知ってる山道ではない光景。
まるで映画のよう………
しかし、目の前は現実。
そう知らしめさせたのは………臭い。
土砂の臭い。
木の臭い。
オイルの臭い。
ゴムの焼けた臭い。
それらが混ざった臭いに思わず嘔吐するナナ。
「ううぅ!ぼげぇぇぇ!」
肩で息をするナナ。
━━ゴロゴロゴロゴロ!
雷の音が近くに来た!
頭に手を置き、しゃがみこむナナ。
土砂の少ない方へ歩き出す。
土砂に車両が埋まっている。
なんとか超えられそうだ。
車両や石を足場にして登って行く。
途中の車両には━━━
土砂で車両が押しつぶされた身体から流れて落ちている血液。
白目を向いて気絶した人。
土砂から子供の手と思われるもの。
言葉では、言い難い被害者が目に入ってしまう。
ナナにとっては、地獄絵図。
またも、吐きそうになるが、堪えるナナ。
ようやく土砂と車両の塊を越えて、峠道に出られた。
鳴り響く雷鳴!
どんよりした真っ黒な雨雲。
バシャ!バシャ!バシャー!
夕立である。
雨音と雷鳴しか聞こえない。
アスファルトに打ち付ける大粒の雨。弾丸の様にナナに襲ってくる。雨飛沫で、モヤがかかり、見通しが悪い。
立ち尽くすナナ。
━━━━遠くに街灯らしき灯り!
(まずはそこまで頑張ろう)
お気に入りポーチの肩紐をギュッと握り歩き出す。
━━?
靴を、履いてない?
それくらい必死になっていたのだろう……
土砂を登っている時に脱げたのか。
この雷雨の中では探しにくいし………あのおぞましい光景は見たく……ない。
きっぱり諦め、素足のまま再度歩き出すナナ。
………
………
もうどれくらい歩いただろうか………
歯を食いしばり、傷だらけの足、腕の擦り傷、爪の中は泥でびっしりと詰まっている。
弾丸の様な雨が、擦り傷に染みる………
痛みと疲労を耐えながら、あの街灯まで………
家族で過ごした日々が、頭の中をふわふわと浮かんでいる………
いつもなら優しかったママに初めて、怒られた日。
パパが中学の入学式で、くしゃみをして、注目されたこと。
きぬと初めて逢った日のこと。
印象に残ってることばかりが、脳内をふわりふわりと浮かんでいる。
街灯はもう……目の前だ!
必死に歩くナナ。
身体を街灯の柱に、預ける。
バス停のようだ。
ナナは、屋根のあるバス停の横長のベンチに腰掛ける。
(雷雨通り過ぎるまで……休もう………)
頭が、ぼーっとしてきた……
(パパ……ママ……ナナ……頑張った……よ)
━━━バタン!
ベンチに倒れてしまう。
(パパ……ママ……また……逢える………よ…………ね?)
━━━完全に気を失うナナ。
雷雨が通り過ぎ、真っ黒な雲も消え、星が輝いている。
と、1台の軽トラックが通り過ぎる。
━━━!!
急ブレーキで止まる軽トラック!
運転席から、一人の男。
「だから、何人か現場に居させるべきだったんだよ!天気荒れるから一旦待機とか……根性無しかよ!救助隊は、さ!」
と、ぶつくさ言いながら、ナナの容態を確認する。
……
鼻に手を当てる。
「息は、あるな」
男は軽トラックに戻り、どこかに無線連絡してる。
連絡し終えた男は、毛布をナナにかけ、軽く頬を触ったり、身体をゆっくり揺らして
「おい!聞こえるか?」
「返事してくれ!」
返事をしないナナ。
━━と
サイレンを鳴らした救急車が到着した。
男は
「早く手当てを!!」
「事故の生き残りかも知れねぇ!!」
荒く叫ぶ。
青葉ナナは、救急車に運ばれ町の病院へ行った。
月は半分雲に隠れ、地上を照らしていた。