第7幕〜ナナとエレナータ
翌日、公務で忙しくしているクラン殿下に感謝と挨拶をし王宮から救護施設へ向かうエレナータとジルファスはすれ違い様、廊下で声をかけられた。
「おや?……これはこれは!殿下の婚約者のエレナータ様では?」
蹴飛ばせば転がって行きそうな体型の男性。廊下に響き渡るほどの声で話しかけられ動揺してしまうエレナータは顔には出さぬよう必死に名前を思い出す!
(えーと……確か……大臣のうちの1人だったような……)
見兼ねたジルファスは
「先日のパーティ以来でしたねグヌール大臣。いやぁ……お嬢様は豪華な王宮に見惚れていましてね」
ジルファスの助け舟に救われたエレナータはドレスの裾を持ち上げ挨拶。
「お久しぶりです……グヌール大臣」
丸々したお腹を撫でながら大臣
「私の事を覚えておいでで嬉しく思います。パーティでクラン殿下を紹介して、まさか婚約まで辿り着くとは……私も鼻が高いです!」
「ありがとうございます。私もクラン殿下とお近付きになれたこと感謝申し上げます」
グヌール大臣は機嫌が良さそうな笑い声を上げ、部下を引き連れ歩いて行った。
廊下の隅へ移動しジルファスにお礼を伝えるエレナータ。
「領地に戻ったら王宮で働く人の顔と名前、覚え直しましょうお嬢。俺も手伝いますので!」
「助かるわ……ジル」
馬車へ乗り込むエレナータを窓越しから見下ろし微笑みながらも切ない視線で見送っていたクラン。
━━救護施設・特別室
ベッドの上で朝食を済ませたナナはゼクセンからブレインマウスで今の状況を教えてもらった。
ぼんやり天井を眺めるナナ。
場所は違えど病室……。
家族旅行から一転し悲劇となった当時が脳裏を過る!母との別れ……助けを呼ぶため1人動いたこと。泥とオイルとゴムの焼けた匂い……そして死体を通り過ぎ、力尽き病院へ搬送されたこと。
自然と涙が溢れ両手で頭を抱えてしまうナナ!心配そうに声をかけるゼクセン。次第に呼吸が不規則になって行くナナ!
(ちゃんと時間かけて向き合ったのに!こんな時に思い出しちゃうの!)
瀕死からの生還、病室……孤独……それらが現代の出来事と重なり合い動揺し混乱してしまうナナ!
「えぇーい!しっかりせいっ!ナナよっ!」
ブレインマウスでは無く、D=Bの蓋をバタバタ開閉し声をかけたゼクセン!その声に反応するナナ!
「せ、先生……私……助かったんだよね?……1人じゃないんだよね?」
「うむ!助かった!……わしがおるじゃろが!」
聞かれた事だけ答えたゼクセン。自分で加工した過度な装飾のD=Bを見つめナナ。
(魔力が多いからって調子乗ってちゃ駄目!もっとしっかりしなくちゃ!)
涙を拭いゼクセンに微笑みかけた。
ドアのノックにビクッとなるナナ。入って来たのは昨日とは違うドレスを着たエレナータとジルファス。起き上がっているナナと目が合う!
「お体の具合はいかがでしょう?」
近寄り優しく声をかけるエレナータをチラチラ見てしまうナナは母の面影を探してしまう。広角が上がる微笑み方、右目尻のホクロ……毛布を掴み……
「あ、あの……助けてくれて、ありがとうございました。医師の人がもう大丈夫って言ってました」
目が合わせられなかった。
「そう。それは良かったわ。慌ただしくて自己紹介がまだでしたね。私はエレナータ=アルス。後ろの者は従者のジルファス」
ドレスの裾を持ち上げ丁寧に挨拶するエレナータ。ジルファスは背筋を伸ばし会釈。ナナは母の名前であったらどうしようと身構えていたが、全く違う名前で安堵感と残念な気持ちが混ざった。そして自分の名前を伝えた。
「青葉ナナ」
ゆっくり口を開くエレナータ
「アオ……バナナ」
━━!
(区切りと発音が違う!)
やっぱりかと思うナナは幼少期を思い出す。
「青葉ナナ」続けて言うと「あおばなな」さらに発音を変えると「青バナナ」
幼少期は「青バナナ」と周囲の男子にからかわれていた時期があった。しかし持ち前の明るさと笑顔でイジメや仲間外れにはならなかった。
ナナはエレナータに名前の発音と区切りの事を説明した。
「これは失礼しました……【ナナ】……さんとお呼びすれば良いでしょうか?」
「は、はい!」
母に似たエレナータに一瞬「ナナ」と呼び捨てにされたのに懐かしさが込み上げてしまい返事が大きくなってしまい思わず━━
━━「ママ?」
と声に出てしまった!
首を傾げるエレナータはジルファスと目を合せた。小さく首を横に振るジルファス。エレナータはナナの手を優しく包み
「私は貴女の……ナナさんのお母様ではありません。それに私はまだ未婚ですし……出産経験もありませんわ」
「あっ!ごめんなさい!ママに似ていたから……つい……」
両手で口を塞ぐナナ!
「ふふ、そんなに似ているのかしら」
下を向いたままのナナ。
(どうしよう……つい口に出しちゃった……もう私のバカバカ!)
無言の状態がしばし続く……。
何か考えていたエレナータは
「そう言えば……助けた時に聞き慣れない言葉をうわ事で言ってましたわ」
静かに顔を上げたナナ。
「私……なんて言ってました?」
顔を斜め上にしエレナータ
「確か……ママ、きぬ……それと」
サッとナナと目を合わせ
「おぼろ」
ジルファスはうわ事の真意を聞くのではと薄々感じていた。
家族の事をうわ事で言ってのが恥ずかしく耳を赤くしたナナは……事故で亡くした母と飼っている猫だと簡単に説明した。
……
ナナの身内が亡くなっていたと言う事情を聞かされ、それ以上深くは聞けなかったエレナータはナナを抱きしめた!
━━!
(え?急に?)
エレナータのほんのり甘い香りの香水……細い腕だが力強く優しさを感じナナは安心してしまった。
「辛かったでしょう……寂しかったでしょう……」
ナナの気持ちになったかのように言葉をかけたエレナータ。その言葉に涙するナナ。
「……なんか安心しました」
それからナナの心が開いたのか普通の会話が続く。ほぼエレナータが質問しナナが答える。その答えに至ってはゼクセンが無難な答えをブレインマウスでナナに伝え答えさせていた。きりの良さそうな所でジルファスがエレナータの肩を叩き目で合図する。
「ナナさん、私達はこれからアルス領へ帰るのですが……良ければご一緒に来ませんか?城下町ほど賑わってはいませんが……自然が豊かですよ」
悩み始めたナナにゼクセンがブレインマウスで
『高貴な身分のようじゃの……とりあえずディナン近くで降ろしてもらうのが良いじゃろ』
『うん。今は現代に戻ることが優先』
恐る恐る聞くナナ
「えと、図々しいお願いなのですが……ディナン近くまで乗せてもらう事は出来ますか?」
ジルファスと目でコンタクトを取りエレナータ
「まだ足の痛みもあるでしょう。途中まで送りますわ」
━━ディナン付近
馬車の中ではエレナータと二人きり。病室の時と同様にエレナータの質問や身の回りの出来事を話しそれを聞くナナ。時折見せる笑顔、横を向いたときに見える目尻のホクロ。会話しながらもそこだけは母と重ねてしまうナナ。開けた街道で止まった馬車。ディナンの門が小さく確認出来た。
馬車から降りるナナとエレナータ。横からジルファスが声をかける。
「この広い街道なら人通りもあるし安心かと思います。お嬢の話し相手になってくれてありがとうございました」
「んーん!この世界の事が聞けてとても楽しかったです」
笑顔で話すナナ。
「それは良かったわ!私もナナさんとお話し出来て楽しかったわ」
微笑み返すエレナータ。
1歩前に出たナナは
「あの、お礼としては変ですが……防御の魔法をしても良いですか?」
突然の提案に驚くエレナータとジルファス。
「魔法……?」
「はい!魔法です!」
何か不安そうな二人にプロテクトと結界を簡単に説明するナナ。
「ナナさん!お願い出来ますか?」
納得したエレナータは即決してくれた。
大きく返事をしナナは馬車に結界、ジルファスと護衛兵2人にプロテクトを施した!
不安そうなジルファスは足元の小石を馬車目掛けて放り投げた!
コーン!……コンコンコン
結界に跳ね返り地面に転がった!
(野犬くらいなら防いでくれそうだ)
「助かります!お嬢さん」
「あと半日くらいは効果あると思います!」
魔法が役に立った事に喜びを覚えたナナは威勢良く話す!
「ナナさん、お体お大事にしてください。それでは失礼致します」
窓から微笑み挨拶したエレナータを乗せた馬車が動き出す。
見えなくなるまで馬車を見つめるナナ。
(ママ……だったら良かったのに……)
見た目も自分と同年代と感じたナナは母が転生しエレナータとして引き合わせてくれたのかもと考えてしまった。一方エレナータは……
(私の事をママって呼んだり、飼い猫の事を凄く嬉しそうに話したり、聞き慣れない言葉を使ったり、魔法は詳しくはないけどジルファスが驚くほどの魔法を使ったりと……)
「なんか不思議な子」
そんなことを考えていた。
怪我をした足をかばいながらゆっくりディナンへ戻ったナナは真っ直ぐ宿屋へと向かう。見覚えある兵士が前に立ち塞がった!
ナナを舐め回す様に見る兵士2人……。
ぞわっと悪寒が走るナナ!
屈強な兵士が
「これ、ヘレンお嬢様から……」
と、皮袋を渡され中身を確認すると……大銅貨が5枚。
「ちゃんと渡したからな」
兵士2人はさっさと去って行った……。
ナナの手のひらには大銅貨5枚……。
「なんで5枚?意味不明なんだけど……」
━━宿屋
ベッドに前から倒れ込むナナはしばらく静止。D=Bからてるてる坊主姿のゼクセンがもそもそ出る。
「まぁ、その……災難じゃったの……」
椅子の背もたれに座るゼクセン。
「……うん」
「わしが付いていながら……すまぬ」
「……うん」
「わしかて、必死に処置したんじゃ」
「……そだね」
未だうつ伏せのナナ。
「……運も実力のうちじゃて!」
なんとか励ますゼクセン。
むくりと仰向けになり天井を見つめているナナ……。
「ねぇ先生?」
仰向けのナナの顔を見るゼクセン。
「私……一瞬だけどね━━」
少し前のめりになるゼクセン。
「━━戻れたかも知れないの」
背もたれからベッドへ頭から突っ込むゼクセンは、ナナと同様に隣に仰向けになった。
(やはりあの時かの……)
ナナは救護施設のベッドでうわ事を言っていた時に現代に居る義母、義兄、飼い猫達と食事している風景があり、まるでそこに自分も存在したような感覚があったと話す。
「……サキさんはね、凄く行動力があって背も高くてスタイルが良いの!ダイ兄は……ちょっと照れ屋さん。少し前まではケンカが強いヤンキーだったみたい!で、きぬって言う白い雌猫とその子供のキジトラ柄の雄猫のおぼろが居てね、2匹とも凄く私に懐いてるの!」
話す内容の単語が所々聞き慣れないと感じるゼクセンは、その嬉しそうなナナの表情から察する。
仰向けで両手を伸ばし身振り手振りで楽しげに語るナナは、現代が恋しくなり徐々に口調が遅く弱くなって行く……。
真横に同じく仰向けのゼクセンを掴み取り抱きしめたナナ!
━━むぎゅう
ナナの胸元で両腕に包み込まれるてるてる坊主ゼクセンは抵抗することなくじっとする。
「……戻りたい……帰りたい……」
天井に届くか届かないくらいのナナのか細い声……。
「……何か戻れるヒントでも見つけたかの?」
両手でゼクセンを持ち上げナナ
「……なんとなく、だけどね」
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