第7幕〜ナナ、看病される
時折強めな風が通り抜ける馬車付近。エレナータは中のカーテンを開け偵察に行ったジルファスを待つ。
(ジルの嗅覚が反応したということは……何か争いの後なのでしょうか?)
不安の心音が風で音を立てて揺れる馬車と同調する。2人の護衛兵は武器を持ち警戒している。
大声を上げながら誰かを抱え戻って来たジルファス!
━━「救急箱とぉそれから……水、多めに!」
エレナータはすぐ馬車の中の救急箱を取り出しそのまま外へ!護衛兵は水を用意する!
「怪我人ですか?」
「あぁ!説明は後!すいません!お嬢も手伝って下さい」
頷きドレスの袖を肘まで捲ったエレナータ。ジルファスの指示で進む応急処置。静かにナナを寝かせ、兵士達に足の消毒と包帯巻き。ジルファスとエレナータは水を飲ませ吐かせることに。しかし上手く飲んでくれない!次に効くかわからないが解毒薬を飲ませる。ジルファスが口を開け固定しエレナータがゆっくり飲ませた。これも何度もむせては吐き出し、解毒薬が無駄になってしまう!
━━最後の1つ!
何かを決意したかのように解毒薬を見つめるエレナータは、それを一気に飲み干しナナに口移しを試みた!
「あぁ!お、お、お嬢!」
止められなかったジルファス!
混濁する意識の中、ナナの唇に柔らかな感触が確認出来た……ふわっとしてそして滑らか……それと同時に得体の知れない甘苦い液体が口の中へ!口内へ貯まる液体……飲み込まざるを得ない状況……。喉から音が出るように飲み込んで行く……。
(……これって……もしかして……)
ナナのファーストキスは……女性、しかも異世界にて……。そして味は甘苦かった……。
ゆっくりナナの喉元を通り、なんとか1瓶飲ませる事に成功!
垂れた解毒薬を腕で拭いエレナータ
「私だって約には立つでしょう」
怒鳴りたい気持ちと感謝の気持ちが拮抗するジルファスは……
「助かりました!……けど貴族としての振る舞いとしてはどうかと……」
「人命がかかっているのよ!貴族だとか何だとかは言ってられないわ」
「すいません……出過ぎた真似を……」
それ以上言えなかったジルファス。
エレナータは自分のストールを畳み枕代わりにした。足首の応急処置も終わり分厚く包帯が巻かれた。
まだ熱があるナナ!布を濡らし額に置く。
一段落したジルファスは説明する。
血の匂いの方へ行くと少女が怪我した足を応急処置されて倒れていた。良く観察すると首元に紫色の斑点があり毒の可能性を疑い、時間との勝負と考えすぐ戻って来たと。ついでにその少女の物か不明だが装飾された箱も持って来たと。
過渡な装飾された箱を開けようとするエレナータ。
……
どんなに力を入れても開かない!ピッタリと蓋と本体がくっつき離れない!
それもそのばす!D=Bはナナかゼクセンしか開けられないし使用することが出来ない。何も知らないエレナータは何度も試みている!
「諦めましょうよ……お嬢」
見兼ねて声を掛けるジルファスに開けられなかったのが恥ずかしかったのか無言でD=Bを置くエレナータ。
経過を観察すること1時間ほど……。
荒かった呼吸は治まりつつあり、紫色の斑点も広がりは止まっている様子。しかし発熱は治まっていない。空を見渡すジルファス……。真上にあった太陽が沈みかけていた。
「お嬢!この娘とりあえずディオーレまで運びましょう!町の救護施設なら処置してくれる」
「同意見です。今の私の立場なら誰か動いてくれるでしょう」
2人はカイン殿下の婚約者と言う事を使うつもりらしい。
馬車内へナナを運ぶ護衛兵2人。不規則な呼吸から何か言葉が弱々しく聞こえた!
「はぁ……マ、マ……ママ……ふぅ、はぁ……きぬ……お、ぼ、ろ……会い、たい……よ」
━━!
エレナータとジルファスは最後の言葉に聞き覚えがあり目を合わせた!
(おぼろ?)
(おぼろって……オンボロの奴のことか?)
━━━ディオーレ王国
国王サラン=ディオーレが治める王国。高い城壁、間口の広い正門から真っ直ぐに伸びる大通り。立派な石作りの建物が区画整理されている。
馬車の中ではエレナータが濡らした布を何度も変え、汗を拭き、手を握り、時折声掛けをしていた。怪我人がいるため普段よりも速度は遅く段差も回避しながら王国へ進めた。そのため到着したのは陽が沈み始めた頃になってしまった。
エレナータは馬車越しに訪問した事情を門番へ説明する。慌ただしく門番や衛兵が動く。先に怪我人のナナを衛兵達の馬車に乗せ、エレナータの馬車は宮殿へ。
(早く回復してくれると良いわ)
スーデルの土産を持ちクラン殿下の居る専用の訓練場へジルファスと向かった。
「すいませんお嬢。わがまま言っちゃって」
「そんなに私のことが心配なの?」
クスクス笑うエレナータに照れながらも目の奥は鋭いジルファス!
(何か有益な情報があれば良いのだが……)
ジルファスは領主でもあるバルスから王国内部の怪しい資金の流れを探る任務も任されていた。
━━王室専用訓練場
兵士に案内されるエレナータ達。
木製の剣がぶつかる音、気合いの声が響く。訓練していたのはクラン殿下と騎士団長ラッケル。細身ではあるが鍛えている感じの殿下。ラッケルは騎士だけあって背も高く引き締まった筋肉。夕方にも関わらず訓練しているとは王族は暇人なのかと考えてしまったジルファス。
(今の騎士団長はラッケルか……前騎士団長ゴームスは退いて指南役になったと聞く)
訓練を見学する兵士達を観察するジルファスは聴力を最大限使った。
「殿下は文武両道だよな」
「あぁ、剣も魔法も使えるって羨ましい」
「あそこに居るのって……婚約者では?」
そんな雑談の中、気になる会話をしている兵士が居た!
「なぁ……こないださ夜の裏門警備の時に王宮の人から差し入れ貰ってよ……それが酒だったのよ!飲み干したら朝まで寝ちまったみたいで……情けないよな」
「お前、酒は強いほうだろ?」
「あぁ……それで勤務終わって鎧脱いだら……金貨が3枚あったんだよ!」
「お前まさか!」
「もちろん、使うに決まっているだろ?」
(王宮内に誰かを侵入させたのか?裏門からなら人目は少ない……)
心に留めて置くジルファス。
一方エレナータはクラン殿下とラッケルの訓練を見ていたが、どことなくつまらなそうな目をしていた。以前にジルファスとオボロの共闘を間近に見ていたエレナータは少し物足りないと感じていた。
━━客室
鎧から正装へ着替えクラン殿下が現れた。訓練での険しい顔から優しそうな表情のクラン。エレナータは椅子から立ち上がり挨拶し座り直す。ジルファスは立ったまま挨拶しエレナータの後方で待機。
「今日エレナータに会えるとは思ってもおりませんでした!婚約発表までは会えないと思っていましたので」
笑顔で椅子に座るクラン。
「殿下、突然の訪問申し訳ありません。スーデルへ視察と休養を兼ねて行って来ましたの。これは殿下へのささやかなお土産です」
テーブルへ焼き菓子の詰まった篭を置く。
「これは……オッテハウスのでは?」
「良くご存知で!」
「母が良く好んで食べていましたので、存じておりますよ!」
他愛無い雑談が続く……。
クランは終始エレナータを見つめ表情が緩んだり、うっとりしている。
(パーティで大臣に紹介されていなかったら……エレナータの事を知らずに生きる事になっていた……)
そんなクランをエレナータは、時折憂うような面持ちで会話を重ね、頃合いを見て怪我人の少女の件をクランへ説明した。
「なんとお優しい!全力でその少女を助けようではないか!」
「今は救護施設で診てもらっています」
━━救護施設・特別室
大き目なベッドに横たわるナナそして脇の台に置かれたD=Bゼクセン。処置を終えた医師が見守っている。
(斑点もだいぶ引いてきたようだ。呼吸も安定してきた!)
ベッドでうわ事を弱々しく漏らすナナ。ゼクセンは適切な処置をしてくれた医師に感謝し見守る。
(昏睡と身体力低下の混合毒とは……)
「マ、マ……きぬ……お、ぼろ……」
落ち着きを取り戻してはいるが、まだ目を覚まさないナナ。
(私……このまま死んじゃうのかな?身体熱いし……身体も思うように動かない!それにまだ足が痛いよ)
「うぅ……お、ぼ、ろ……また、遊ぼう……ね」
指輪が2つ通されたネックレスの指輪がほんのり光る!転移した時にナナと共にガイアールへ来たネックレス。
(あれっ!リビング?サキさん?……ダイ兄?それに……おぼろ!)
ナナの意識の中は現代での何気無い生活が映っていた。皆で食事をする場面……おぼろが鳴いているようにも見えた!独特な鳴き声で!
……ナー、ナー……ナーナー
━━その刹那!
ナナを上下に挟むように魔法陣が展開され一瞬消え、そして元に戻った!
ゼクセンはその一瞬の魔力の放出量で察知していた。部屋に居る医師や兵士は全く気付かない!
『ナナ!わしじゃ!どうしたー?』
ブレインマウスで叫んだゼクセン!
(な、なんじゃ!先の魔法陣と魔力量!ナナが一瞬消えて見えたのじゃが……)
━━コンコン!
入って来たのはエレナータとジルファス……そしてクラン殿下!
医師から説明を受ける3人。明日には回復すると告げ医師は去って行った。エレナータはベッドへすぐに駆け寄り、手を優しく包み込む!
「良かったです……良かったです!」
その声に反応したのか、ナナがゆっくり目を覚ます……そして━━
エレナータとナナは目を合わす!
握られている手を目で追い、エレナータを見るナナは優しい微笑みで見られていた。そして右目尻には小さなホクロ!
━━!!
「え?……マ、マ?」
目の前には10数年共に生活してきた母親と見間違えるほどに似ていたエレナータ!髪色は違えど良く似ている!目が痙攣するほどエレナータの顔を見てしまうナナは涙が溢れそう。
「お目覚めになられましたか?ふふふ……私はエレナータと申します。貴女を助けた時には周りには誰もおりませんでした」
優しく指で溢れそうな涙を掬ったエレナータ。触れられた瞬間、安堵してしまうナナはその指の温もりが皮膚が覚えている事に驚く!
(この人が私を看病してくれた……それに……)
唇を自分の指先で触れたナナはエレナータの唇を見た。
(……私……この人と……キス……いや口移し……されたんだ……)
そう理解してしまうと顔が急に火照りエレナータを直視出来なくなり、毛布で顔を半分隠してしまった!その行動を察しエレナータは微笑みながら
「恥ずかしくなってしまいましたか?今夜はこちらでお休み下さい。明日またお伺いします。おやすみなさい可愛らしい少女さん!」
クランを先頭に部屋を退出して行くのを目で確認したナナは毛布を頭まで被った!
(凄く……ママに似ていた!もしかしてママ……転生したの?……それに一瞬現代に戻れたような感覚が……)
━━王宮・客室
クラン殿下の計らいでエレナータ達は客室で一晩過ごせることになった。クラン以外の国王、王妃、弟は港町ディホクへ視察に行っていてあと数日はクランが国王代理を務めていた。王宮の料理を堪能し部屋へ戻ったエレナータとジルファス。
「あの少女が回復して本当良かったわ」
窓から夜景を眺めているジルファス。
「王宮の医師は優秀ですわね」
耳がピクピク動いているジルファス。
「ねぇジル?聞いてますの?」
無視されてると思い声を大きくしたエレナータ。
「聞いてますよ、お嬢」
(王宮に泊めさせてもらったのは良いが……あまり良い情報が無いな……)
怪しい会話を聴力を発揮し拾っていたジルファス。
「はぁ……私に王宮の職務が務まるでしょうか……」
弱音を吐き出すエレナータ。
夜景を見たままジルファスは力強く励ます。
「お嬢ならやれます!小さな頃から見てきた俺が保証します!」
ジルファスの大きな背中を見つめエレナータ
「貴方はいつもそう言って励ましてくれていましたよね。ありがとうジル」
愛称で呼ばれ照れくさいジルファスはエレナータの方を向くことが出来なかった。
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