第7幕〜ナナのギルド生活②
カーテンの隙間から射し込む朝日で目を覚ますナナ。昨夜はヒール習得のため魔力を余計に使ったため、知らぬ間に寝ていたようだ。……毛布が掛かっている!
(先生、掛けてくれたのかな?)
「……ありがとう先生」
「……体調崩されても困るからの」
二人ともちょっぴり照れて言葉を交わし、ゼクセンはヒールに関しては焦らず訓練すれば良いとアドバイスしナナを気遣う。
━━ギルド館
朝一番の依頼争奪戦は苦手なので、それを避けるようにギルド館へ向かい掲示板を見る。
……
期待はしていないが……討伐依頼は無く、残っているのは採取や畑仕事の手伝い、雑草の刈り取りなどの依頼ばかり……。ロビーの隅の方で会話が聞こえる。
「今日はお嬢様の日かよ!」
「いつもの兵士が討伐依頼全て引き受けやがって!しかもGランクのばっかり!」
「お嬢様って……暇なんだな……」
(ギルド長が話していた……ヘレンと言うお嬢様のわがままね)
なんとなく察したナナ。
するとスタッフから声をかけられた。とりあえず話を聞くナナ。どうやらレンガ工場で怪我人が出て手伝いが必要だと。ブレインマウスでゼクセンと相談し、町のことを知るために受ける事に。そしてスタッフに連れられ数人の冒険者は工場へ。
━━レンガ工場
工場長から軽く説明され、原料の石や土を運ぶのを依頼された。まさか力仕事とは思っていなかったスタッフは、女性であるナナに、無理なら断っても問題無いと告げられたが、ナナはやりますと即答。
ナナより少し年上にみえる男性2人と女性のナナ……。寄せ集めでの作業。内容としては倉庫から工場内部まで原料を運ぶと言う単純なもの……だが、結構距離がある。本来は荷車で運搬なのだが、その荷車が壊れて怪我人が出た為、人力でやらなくてはいけないこと。
冒険者の男性達はオーラで身体強化をし担いで運び始めた。
魔力しかないナナ……。
『魔力で身体強化出来るじゃろ?』
ブレインマウスでゼクセンは伝える。
『あぁ、うん……まだ慣れてないけど……』
魔力を身体に巡らせ身体能力を強化するのが苦手なナナ。
『うーむ。この機会に慣らすのも良いのぉ。それに逃げ足も速くなる!』
『それもそうだね』
くすっと笑ってしまうナナ。
魔力を身体全身に巡らせ、原料を担ぐナナ。
(そんなに重たく感じない!これなら運べそう!)
男性冒険者達に数回遅れての運搬スタート。
ゼクセンには見えている。ナナの身体を覆う分厚く濃い魔力が!
(魔力使い過ぎて、倒れなければ良いのじゃが……)
昼休憩後の作業は、ほぼ男性と同じペースで運搬していたナナ。共に運搬する男性冒険者は、自分よりも体格が小さな女の子なのに頑張るなと感心していた。
工場長の計らいで早めに終了。報告するためギルド館へ戻る。
━━ギルド館
何やらロビーが騒がしい。
「聞いたか?べっこう蜂の巣ごと討伐って誰が?」
「ララさんがパーティ組んでじゃなかったのか?」
「いや、そのララさんが話してたんだよ!」
「ここの冒険者で総出でやらないと無理だよな……」
と、ララが奥から現れ
「ちょうど良かったぁ。皆さんも知っての通り、べっこう蜂の巣ごと討伐されました。ただ依頼は誰も受けておらず討伐されてしまったので……」
少し声を大きく
「誰が討伐したかご存知の方が居ましたら教えてもらえないでしょうか?」
さらにざわつくロビー。
ブレインマウスで会話をするナナ。
『ねぇ先生?もしかして昨日の蜂って』
『そのようじゃな……』
『どうする?名乗り出た方が良いのかな?』
『名乗り出たところで目立つだけじゃ!報酬がもらえないのはちと残念じゃが……知らぬふりじゃ!』
そして知らぬふりをし本日の報酬を受け取り、ロビーの隅っこを歩きギルド館を出て行く。
━━ギルド館長室
報告書を眺める館長のバルス。ララと同行した冒険者も部屋に居た。
弱々しい口調でバルス
「まぁ……誰が討伐したかは別として、1つ中規模な案件が片付いたと言う事にしましょうよ」
(私としては誰が討伐しようが構わないのですよ)
自分の立場が危うくならぬよう場を治めるバルス。ララは顎に指を添え
「館長がそう言うならそれでも良いけど……すでに冒険者の中には犯人探しする者も……」
眉間に皺を寄せるバルス。
「冒険者同士の揉め事が無ければ良いのですが……」
「注意して見ておきます」
ララ達は部屋を出て行く。ララは誰が討伐したかも気にはなっていたが、それよりもべっこう蜂の仕留め方のバリエーションの多さが気になっていた。複数人だったのか?単独であれば様々な武器を使う手練なのか?それとも複数属性の魔法使いなのか?色々考えてしまうララ。
━━夜、宿屋
ヒールの魔法を訓練するナナ。頭の中でのイメージが出来ていないのか中々3つ目の魔法陣が現れない。
「ふぅぅ!お医者さんじゃないから……やっぱり厳しいかー」
深いため息を吐き出すナナ。
今夜もD=Bの中の整頓に励むゼクセン。
「すまんのう。上手くアドバイス出来ず」
「んーん!少しでも教えてくれただけでも、嬉しいよ先生!」
「それよりもどうじゃった?魔力での身体強化は?」
……
ベッドでゴロゴロしながら話すナナ。
「うん!なんかね……アスリートになれた感じ!身体が軽ぅくなってぇ……力が溢れてるって」
「そう体感出来たのなら問題無さそうじゃの。魔力で身体強化しておれば反応速度も上がるし、多少の衝撃やかすり傷程度なら防げる!」
「それならプロテクトも同時なら頑丈じゃん!」
(普通の人間ならどちらかしか出来んと思うが……)
「お主なら可能じゃろな!」
━━翌日
今日は依頼をせずナナの魔力身体強化も兼ねて散歩をすることに。疲れるのが嫌なナナは渋々従う。行きは徒歩で、帰りはレッドポニーでと多少譲歩したゼクセン。以前購入した周辺の地図を片手に出発。街道を薬草採取した場所とは反対方面へ進む。魔力で身体強化をし安定して使えるようになることが目的。
行き交う人々、見たことの無い花、危険そうではない野うさぎや小鳥、見上げれば雲1つ無い青空。
「バタバタしてたから……ちゃんと景色見られてなかった!自然がいっぱいって感じ!」
広大な大地と大空に目を忙しなく動かすナナ。
「そうじゃろ!そうじゃろ!」
休憩しながら、街道で商売してる馬車で並べられた品物を物色したり、たまに襲ってくる野犬を魔法で追い払ったり……。
街道から少し離れた場所にはぽつんぽつんと集落があり、そのうちいくつかは家屋も崩れ人が住んでいる気配が感じられない集落もあった。
「そのまま……なんだね……なんだか悲しい……」
光景を見てぼそり呟くナナ。
「大きな町もあれば、その土地から離れたくない理由や町に住めぬ事情がある者……集落とはそんなもんじゃよ」
「それでも……必死に生きてたって感じるよ」
と、先に高台が見えたのでそこへ行くナナ。
高台から見える景色━━
緑豊かな草原、遠くの山々、今まで歩いて来た街道周辺が一望出来た!
少し風が強く、前髪を押さえ見渡すナナ。
(日本の自然とはまた違った感じがする!)
高台の岩に寄りかかり景色を見ながら食事する。街道沿いの露店でたまたま見つけた美味しそうなパンを頬張る。
D=Bからてるてる坊主のゼクセンがひょっこり出て来る!ふわりふわりと移動するてるてる坊主……布が揺れ、両腕もなびく……。
(多少地形は変化したようじゃが……あの山や川……なんとなく見覚えがあるのぉ)
800年も前の景色を絞り出すかのように思い出し目の前の景色と重ねていたゼクセン。枯れ井戸の周囲を囲むように倒壊した家屋が見えた。井戸水が枯れ住めなくなり人が離れて行ったのであろう……。
静かにゼクセンの隣へ行くナナ。
「……もう人は住んでないんだよね……」
「数十年くらいかの……放置されて」
ぼんやり枯れ井戸を見ながら、昔話を語り出すゼクセン。
放浪中に立ち寄った集落で毒性な強い井戸水を飲み集落内で多くの人が苦しんでいた。助けて欲しいと懇願されたが……たかが魔法使い1人で何が出来ると思ってしまったゼクセン。家々から苦しむ声が聞こえてくる……。井戸水は封鎖するしかないと考え、アクアボールで水をタライや桶に貯め家々を回った。集落のまとめ役に色々話を聞き、行き着いた答えは……水源と思われる鍾乳洞。ゼクセンは単独で鍾乳洞の中へ行く。鍾乳洞に入ったあたりから嫌な匂いしかしない……奥へ進めば進むほど!長い布を鼻と口が隠れるよう巻く。鍾乳洞の内部を流れる川伝いに進むと、高い天井の広い空洞に出た!そこには小さな湖ほどの大きさの水源が!ゼクセンは異臭原因がようやく理解出来た!中央に毒性の強い獣の死骸!大百足と大蛇が縄張り争いでもしたのか絡まり合った姿。互いに力尽き亡くなったのだろう。そのまま放置され体内の毒が水源に流れ……集落の井戸へ……。
ゼクセンの話を想像してしまい悪寒が走ってしまうナナ!
ゼクセンは魔力を存分に使い死骸を水源ごと燃やし、鍾乳洞の中の毒気をエアストームやエアショットで外へ流しだした。経過を観察し水源の水も綺麗になり集落へ戻るゼクセン。
集落の人達は大いに感謝する!しかし死者は戻らず体調不良の者は手持ちの毒消しでも回復していなかった。そのもどかしさからゼクセンは治癒や回復の魔法の必要性を感じ旅の目的の1つとした。
「わしらの時代は治癒専門の魔法使いがおったのじゃよ。だからわしは覚えてなくての……あの時は後悔しとったよ」
年配者の長話を飽きずに聞くナナ。
「それでも人助け出来たんだからやっぱり先生は凄いよ!」
微笑むナナ。
顔面をナナとは反対にし照れたゼクセンは
「……褒められるのも悪くないのぉ」
━━「見つけましたわよ!そこの地味な小娘!」
てるてる坊主のゼクセンを鷲掴みし雑に胸ポケットへ押し込み、振り返るナナ!
声をかけてきたのは……ヘレンとお付きの兵士2名!ヘレンはじっとナナを見て
「あーら?今日は依頼してないのかしら?1人寂しくピクニックですの?」
やたら話しかけてくる!
(げっ!なんかこの人とは合わないんだよなぁ……)
人とは初対面での印象はとても大切。ナナはギルドの実技試験で初めて会話をしたがその時点で好印象ではなかった。
なおも続けるヘレン。
「私今日は忙しいの!Gランクの討伐依頼、で!あぁそう言えば貴女、Gランクになれたそうですわね?ごめんなさーい!本日のGランクの討伐依頼はす・べ・て私が受けましたの!」
ナナはヘレンに聞こえないくらいの小声で
「忙しいなら早く行ってくれないかなぁ……」
口元が動くナナを見逃さずヘレンは耳に手を当て
「あら?何か仰りました?」
ナナは少しひきつった笑顔で
「いいえぇ!何も言ってませんことよぉ」
口調を少し真似て言ってみた。真似されたのが気に食わないのか、舌打ちするヘレンは深く息を吐き━━
「貴女!私のパーティに入りなさいよ!もちろん報酬は出しますわ!1回参加するごとに……大銅貨3枚よ!細々と安い報酬のギルド依頼をこなすよりも、よっぽど生活には困りませんことよ?」
突然のパーティの勧誘!
(え?何で私?実技試験で私が勝ったから?それとも嫌がらせ?)
色々考えてしまうナナはしばらく黙ってしまう。
腕組みして返事を待っている雰囲気のヘレン。お付きの兵士は高台からの景色を眺めている。
「あ、あのぉ……どうして私?」
呆れたような顔でヘレン
「地味な小娘のくせに私をあそこまで追い詰めたし、なんか地味なわりに強そうだから!」
唇を少し噛みながら伝えたヘレン。
(私の方が強いのは間違いじゃない……けど地味、地味って何回も言わなくても!)
ゼクセンからパーティの参加は断るようにと言われていたナナは
「ごめんなさい……お断りします!」
深々と頭を下げた。
間髪入れずヘレン。
「金額が不満かしら?だったら……大銅貨5枚!」
「それでもお断りします!」
頭を下げたまま伝えるナナ。
「くっ!大銅貨6枚!」
(上げ方が……なんかせこいな)
そう感じつつも断るナナ。
興奮してるのか顔が赤いヘレンは
「あと1人居れば、先日のべっこう蜂の巣の討伐くらい私が引き受けましたのに!」
(そう言う訳ね……)
「ふん!もう良いわ!やはり貴女みたいな地味な小娘が居ては……私の品位を疑われますわ」
(えぇー!そこまで言うのぉ?)
ナナの胸ポケットに押し込まれていたゼクセンはもちろん2人の会話を聞いていた。
『ナナよ!魔力で身体強化の準備じゃ!』
『え?わかった』
『その前に1つ提案じゃ!』
ブレインマウスでゼクセンの案を聞くナナ。
……
『それ良いかも!』
お付きの兵士と話をしているヘレン。
ナナは数歩前に歩き━━
「えーと……ヘレン……お嬢様?」
凄い形相でこちらを向くヘレン!
「先日のべっこう蜂の巣の討伐って誰がしたのかわからないんですよね?」
語気は強めでヘレン。
「えぇ!そのようね!冒険者達が誰がしたのか話題にしてるようね!……で?それが何か?」
ナナは唾を飲み込み……
「ヘレンお嬢様達が仕留めた事にしてはいかがでしょうか?」




