第6幕〜オボロとエレナータ・②
首元がゾワゾワして落ち着きのないオボロは町長館の前に立っている。
首に赤い蝶ネクタイ………。
パーティーだからとメルが至急用意し無理矢理着用させられたオボロ……。「マスターらしくない!」と腹を抱えて笑うホノカがいた。
クロネは黄色いストールを羽織り髪もまとめ上げうなじが艶めかしい。アミュは普段通りなゴスロリメイド服で問題無さそう。
こっそりメルからは頼んでおいたハンカチをポケットへ忍ばせたオボロ。
エレナータの桜色の髪色に合わせ━━
━━隅に肉球のワンポイントの刺繍がある桜色のハンカチ━━
オボロは渡すタイミングを考えていた。
パーティー会場の客間にはアルス伯爵家と面識ある町民や関係者が集まりつつある。町長ギラクは当然のこと、ギルド長トスクール、雑貨店のカインツ、菓子屋主人オッテとその娘のクルミ、着飾った裕福な町民達。そしてスーデルまで同行した棟梁のオーノル、冒険者スコット、その他関わった冒険者達とパーティーのサポートだろうか、ギルド受付のミティーラ他の女性陣も居た。ジルファスは相変わらず本能なのか会場内外に警戒心を絶やさずにいた。
客間は立食形式になり各々手に取り楽しむ。メインとなる肉やスープ料理の他に、町の名物でもありエレナータも好物なフルーツタルトや甘いお菓子も並ぶ。
エレナータが忙しなく動き町民や護衛兵に何やら会話をしている。口に手を当てひそひそと。
会場内をしきりに気にしていたエレナータはオボロが客間に来ると毅然とした態度へ変えた。
美味しそうな料理を前に会場を走り回るアミュ。オボロとクロネは、やはりこうなると予想はしていた……。
カランカランカラン!
手持ちのベルを町長ギラクが鳴らす。
少し高めな台に立つエレナータは昼間同様形式的な挨拶から始まり……
「今夜集まっていただいた皆様には、これまでの感謝と、今後の繁栄を共にしたいと言う我がアルス家の意思でもあります!」
と、貴族らしくしっかりとした言葉を伝え
「とは言え……今夜は非公式なので、身分は関係無く多いに語り、楽しんで下さい」
会場の皆に広角を上げにこりと優しく微笑むエレナータと目が合い、ドキッとしてしまうオボロ。
会場内を料理を持ち走り回るアミュは……ミティーラとクルミに捕まってしまう。こう言う場所ではお利口さんにしないといけないと諭されている様子。素直にアミュは壁側のソファーにちょこんと座り料理を頬張る。その姿を微笑ましく眺めるミティーラとクルミ。
クロネはエレナータの護衛兵に話しかけられていた……。少しデレッとしてる護衛兵に対しあからさまに怪訝そうなクロネの態度と表情……。護衛兵が去ると………今度は女性陣がクロネに群がり……押されるかのようにオボロから離されてしまった!不安そうなクロネには申し訳ないとは思い料理のテーブルへ足を運ぶオボロ。
料理を選び終える頃……横から話しかけれた!雑貨店のカインツだ。エービー襲撃の件で危険を省みず避難させてくれたことと町への貢献を感謝され、去り際に小声で
「ひょうたん梨の件、よろしくお願いしますよ」
やはりカインツは商人だと感じたオボロ。
その後、町長ギラクとトスクール、オーノル……そして普段話したことの無い着飾った町民に話しかけられた。スコットはと言うと……クルミと言う彼女がいながら、エレナータにベッタリ付いてエスコートしていた。しかも、冒険者の時とは違い正装で!自分は間に合わせの蝶ネクタイだけで会場でも浮いた服装に後悔していたオボロは、メルに正装を人数分用意してもらうことを決めた。
エレナータにはやはり入れ替わり立ち替わり人が集まるそんな中……バッタリとクロネと目が合う!
……
お互い目で会話するかのような距離感……。先に話しかけたのはエレナータ。
「そうそう!驚きましたわクロネさん!空を飛ぶってどんな気持ちなのでしょう?」
「……本能と生存のため……私としては当然のこと」
……
「またクロネさんのお力を借りることになるのでよろしくお願い申し上げます」
人間と魔獣の相違を感じたエレナータであった。まだエスコートしているスコットを少し鬱陶しく思うエレナータはジルファスに目配せする。その合図を逃さずスコットの背後へ寄り……太い腕を首に回し━━
「よぉー若いの!まだまだ飲み足りないだろ?……ここはオス同士付き合ってくれないか?」
力任せに酒のテーブルまで引っ張られていくスコット。
(さすがです!ジルファス)
ようやく身動き取れたエレナータは会場を見渡す。探しているのは━━
━━!
料理に満足したのか、椅子に腰掛け水分補給しているオボロを発見!
ドレスを少し持ち上げ足早に近づきエレナータは!
「オボロさん……今はおひとり?」
エレナータに話しかけられ緊張してしまうオボロはグラスを置き……頷く。
それを確認するなり手を取り庭へ……。
微かに聞こえる会場からの話し声、笑い声、食器の音……。
薄明かりに照らされ色とりどりの花咲く花壇の前……。
オボロとエレナータ……しばし二人だけの空間になる。
平然を装うが内心真逆なオボロは目だけきょろきょろしてしまっていた。エレナータはオボロの顔を下から覗き込むように━━
「自由気ままなオボロさんとお話したかったの」
微笑むエレナータを目の当たりにしさらに緊張と動揺が走るオボロ!
「……湖畔での戦い、とても見事でしたわ!そう……まるで曲芸のような動きでした!」
どうやら普段、獣と戦うのを間近では見たことが少なく、見たとしてもジルファスが戦う姿くらいらしい。
「いやぁ……いつも必死なのですよ……それに曲芸だなんて……お恥ずかしい」
後頭部を撫で答えるオボロ。
「いいえ!そんなことはありません!戦う事が無縁な私ですが……オボロさんの何か自由に戦う姿に……興奮と憧れを覚えました!」
褒められ嬉しいオボロは未だ目を合わせられずにいる。
エレナータは夜空を見上げ……
「……自由って……羨ましいです……」
ぽつり呟く。
夜空を見つめる横顔のエレナータには、マキと同じ場所にある右目尻に小さなほくろ……。
と、振り向き二人目が合う!
「あっ!ごめんなさい……私ばかりお話しちゃって!」
オボロは初めて会った時の疑惑をそれとなく聞くとこにした!
「えーと、エレナータさんは……子供の頃はどんな子でしたか?……もっと言えば……一番古い記憶とかあれば……」
さすがに前世の記憶とか、他人の意識がなど聞けなかったオボロ。
質問にきょとんとしたエレナータは幼少期の事を話してくれた。
領地内を走り回る元気な子で度々両親を困らせていた事。5歳の頃に領地内で深手を追ったジルファスを父が保護しそのままアルス家の専属護衛になり、今日までジルファスと生活を共にして来た事。そして……一番古い記憶を話してくれた。
「3歳くらいかしら……母と入浴中に浴槽で溺れてしまったこと、でしょうか……」
と、恥ずかしそうに語ってくれた。
(……これ以上の追求は止めよう……エレナータさんはエレナータさんだ)
そう心に言い聞かせたオボロ。
「もしかして、幼少の頃から獣人と生活していたから……こんな俺みたいな獣人でも抵抗無く話せた?」
「ふふふ……そうかも知れませんね」
広角を上げ微笑んだエレナータ。
……会話が途切れてしまった。
妙に意識していまい落ち着き無いオボロ、そして何か迷いのあるエレナータ。
「……少し先の未来……私は今よりも自由の無い生活になります」
「……ん?」
「……近く婚約発表の式典が執り行われます。お相手はディオーレ王国第1王子クラン=ディオーレ」
━━!
(ってことは……結婚!)
「そ、それはおめでたい事です」
複雑な心境で答えてしまったオボロはドレスを強く握りしめたエレナータを確認した。そして顔を見ると━━
涙が頰を伝っていた!
(あっ!渡すのは━━今!)
ポケットから桜色のハンカチを取り出し、見えるように差し出すオボロ。
「これを……お使い下さい」
黙って受け取るエレナータは涙は拭かず両手で握りしめた。
「あれ?なんで……涙?」
オボロは涙で悟った。恐らく転生前で言うなら政略結婚。こちらであれば家の都合での結婚であろうと……。
かける言葉が見つからないオボロは……静かに会場へ戻る……振り返らずに……。
会場へ戻ると寝てしまったアミュを抱っこしているクロネがいた。慌てて駆け寄るオボロはクロネから静かにアミュを受け取り、周囲の人に挨拶をし会場を後にした。
スー……スー……
アミュの寝息。
寝顔だけ見ると天使のようである。
「無理言ってパーティー参加させて悪かったねクロネ」
まだ人間に慣れていないであろうクロネを気遣うオボロ。
「いえ、私が参加しない事でオボロ様の評判が下がる事の方が嫌でしたので!お気遣い……嬉しいです」
「……まだ人間に慣れてないよな?」
「……正直申し上げますと……慣れていないですわ……特にオスは理解できません!妙に落ち着き無く接してくるし、視線が……その、何か、嫌ですわ」
「……なんかクロネには苦労ばかりさせているな……」
オボロより数歩先を歩き振り向かずに
「私が選んだ事ですわオボロ様」
3人は宿屋へ戻って行く。
━━庭の花壇の前
オボロから受け取った桜色のハンカチをまだ強く握り締めているエレナータ。
(後少し……もう少しだけ……この自由を楽しみましょう)




