第6幕〜ナナ、ガイアールに立つ
━━ゴホッゴホッ!
そっぽを向いていたナナは、埃っぽい部屋でむせてしまい、小窓と玄関を開放し空気の入れ替えをした。
何かジメっとした空気が流れ込んでくる……。
小屋の周りは多少荒れている……が、その先には見たことない枝が垂れ、蔦が無数にある木々ばかり……。地面もぬかるみで歩きにくそう……。
(い、異世界って……こんななの?スタート地点にしては……なんか違う)
ラノベを読んでいるナナには、少し裏切られたかのように感じていた。
後ろからゼクセンの声がする。
「だいぶ年月が経ってるようじゃて……結界は機能してるようじゃが……」
小屋の脇の元は花壇であったろう所まで進んだゼクセンはナナに、土の中に何か種があるだろうから探す指示をした。何が何だかわからぬナナは言われるがまま、手を土まみれになりながらも種らしきものを探す……。
出てくるのは、石や木くずばかり……。
さらに深く柔らかな土壌を掘る……。
いくつかの木の実と種っぽいのが見つかった!それらを品定めするゼクセンは、ピンポン玉ほどの種を選んだ。
「おそらくこれじゃて」
首を傾げているナナに、申し訳なさそうにゼクセン。
「度々すまんのぉ……この種に魔力注いで埋めて新鮮な水をあげてくんかの」
「あ、うん……やってみる」
両手に乗せ、重なる魔法陣をそれぞれ回転させ、魔力を送るナナ。
種が微かに光る。
土に埋め、少し山のように盛り、ブルーキャットを呼び出し周囲に水を散布。
……
モゾモゾ……ひょこっ!
鮮やかな緑の双葉が芽吹いた!
「うっそぉー!信じられない!」
あまりの成長の早さに目を丸くするナナ。ゼクセンは水やりと魔力注げば勝手に成長すると教えてくれた。もちろんそれはナナの役目であると当然のようなゼクセンであった。
ブルーキャットとともに庭を散歩するナナは鉄柵の先へ進もうとすると━━
━━「そこから先は結界の外じゃて!」
大声で指摘され、ピタリ止まるナナとブルーキャット。
ゼクセンは自身の隠居生活にあたり、結界を張り続けていることを教えてくれた。盗賊や魔物対策として。結界周辺には惑わす魔法陣もあり、人は寄り付かないとも。
「まぁおかげで訪問者なんぞ……数えるほどじゃったな」
少し寂しげな言い方に感じたナナ。
(長い間……一人じゃ……辛いよね)
ナナの現代での環境と重ね合わせてしまっていた……。
と、庭の隅の方に池を発見したナナ!土まみれの手足、埃っぽい髪……。
「先生!あれでお風呂はいれますかぁ?」
「ん?あぁわしも使ってたから、構わんぞ」
喜んで池に近付くナナは幻滅した━━
全く底が見えない沼地で異臭まで漂う!
「うっ!うぅぅ!」
思わず胃液を戻してしまったナナ!
……
ブルーキャットに水魔法でまずは綺麗にしてもらうことに……。尻尾から高圧水で一気にへどろを結界の外へ飛ばし中を洗浄。そして水を貯め……レッドポニーの火球で適度な温度にしたナナ。白い湯気の立つ露天風呂の完成である!
「んー後は……」
ブラウンベアーを出し、池の周囲を岩壁で目隠しのようにした。
「ふふーん!どうだぁ!」
後ろで見ていた魔石片のゼクセンは……少し感心していた。
(なるほど……適材適所な使い方しとるな……まぁ悪くないのぉ)
……ちゃぽん……
ゆっくり肩まで湯船に浸かるナナは、今までの疲労を吐き出すかのような声を漏らし思い返していた……。
突然の異世界召喚、魔法が使えることの喜び、喋る石、目に入るもの体験する事全てが新鮮で自慢出来る話ばかり。
庭ではブラウンベアーが洗ったナナのワンピースを両手で摘み、焚き火で乾燥させている……。
(私……戻れるのかな?サキさん、ダイ兄ぃ……きっと心配してるよね……)
お風呂で頭が冴えたのか現代の事を考えていたナナ。
(先生には何とかして戻れるようにしてもらわないと!それに……転移って先生言ってたし!)
飛沫を上げ湯船から出るナナはグリーンスワローの緩やかな風で体を乾かし、ちょっと生乾きのワンピースを着て、ゼクセンの所へ向かった!
小屋の中ではゼクセンがD=Bに出入りし掃除用具を用意していた。
(ナナには悪いが……ちと働いてもらわんとな……)
大股でゼクセンの所へ行くナナは真剣な顔で
「先生、元の世界へ戻して!そして、またここに来られるようにして!」
━━!
「今……なんと?」
驚いたのか魔石片のゼクセンが跳ねた!
「えっと……その……最初に言ってたこと覚えてるかな?……私の居る世界と、ガイアールが行き来出来たら良いなぁって」
少し照れ臭そうに言い直したナナ。
老朽化した小窓からそよ風が通り抜けガタガタと音を出す……。
「少し考えさせてくれぬかのぉ……」
と、言い残し魔法陣のある地下へ移動してしまった。小さく頷くナナは、じっとしていても仕方ないので目に付いた掃除用具で小屋の掃除をし始めた……。
(先生に無理なこと言っちゃったかな?)
━━地下室
大きな魔法陣の上を何周も巡っている魔石片のゼクセン。
元々は大迷宮からの脱出先として作成したオリジナル魔法陣。どうにかしてこの魔法陣を元にナナを戻そうと思案する……。今までの経験や知識を総動員するゼクセン……。
……
中々結論へ導けないばかりか、余計に難解になってしまう。そもそも別の世界の人間なのだから、ガイアールの理屈が通用するとも考えにくい……。
それに今は自分の魔力でなく、ナナの膨大な魔力をエネルギーとして動いている……。仮にナナが戻れる方法があっても戻すに惜しい存在と、卑しい考えさえも出てきた……。
「いかんいかん!」
(今、説明出来る範囲で話すかの……)
━━小屋の中
濡れた雑巾で小窓を拭いているナナ。
「ナナよ……待たせたの」
雑巾を握り振り返るナナ。
「疲れたろ?椅子に座っておくれ」
気遣うゼクセンは、座ったのを確認し話す。
ナナの魔力をエネルギーとして動いている事。その魔力が無くなればただの石ころになってしまうだろうと言う事。そして、今時点では戻す方法が難解な事を。
「そんな訳でじゃが……しばらくわしと行動してくんかの?お主がおらんと動けないし……D=Bも使えんし……」
大きくため息を吐いてしまうナナは
「すぐには戻れないだろうなとは思ってた。けど、行き来したいって気持ちはあるんだよ!なんか楽しそうだしさ!」
「ふむ……」
「それに先生が居てくれた方が私も助かるし!ガイアールの事、全然わからないし……まだ教えて欲しい事もあるし」
「そう頼りにされてはのう」
嬉しそうなゼクセンは
「とりあえずは小屋の掃除かのぉ」
「アハハ!そうだねぇ。私こんな埃っぽくて、隙間風だらけなのは……嫌だな」
ナナはブラウンベアーを出し、掃除や片付けを手伝わせた。雑巾がけ、重たい物の移動と、そつなくこなしていく。
魔石片のゼクセンはD=Bの中にいた。
虹彩うごめく空間内━━
生前集めた貴金属、金貨や銀貨、鉱石、雑貨、本……自分でも何を放り込んだのか覚えて居ない……。
と、一枚の紙切れを発見!
……
……!
(こんな事を……わしは書き置きしておったのか!ふむふむ……可能性は……有り、じゃて!)
当時の記憶が蘇った瞬間であった。
D=Bから静かに出てくる魔石片ゼクセンは、一生懸命掃除しているナナの姿を眺める。
「はぁもう……汚すぎぃ……どれだけ住んでなかったのよぉ……そうだぁ、またお風呂入っちゃおー!」
ぶつぶつ文句を言いながらも床を雑巾がけするナナ。
(何事にも一生懸命じゃのう。大人として、導いてやらんとな……)
「戻す事と……見つけ出す、こと……」
ナナに聞こえないよう、ぽつりと口にするゼクセン。




