第6幕〜妖精伝説
恵みの森・湖畔━━
馬車は広めな所へ置き徒歩で湖まで来たエレナータ達。
湖に何ヶ所か大きな岩が飛び出して影を作っている。陽の光が透き通る水面に反射され輝いている。
大きく深呼吸し景色を見渡すエレナータ。
「あぁ!空気が美味しい!景色も素敵!この透き通る水!……来て良かったわ!」
湖畔の水を手で掬いながら話すエレナータ。
後ろには護衛の狼獣人のジルファスが警戒しながら立つ。
「ねぇジルファス?ここの湖の伝説……知ってるかしら?」
湖を背に立つエレナータ。
「はぁ……伝説、ですか……」
あまり興味無さそうなジルファスに強引に語るエレナータ。
昔から変わらぬこの透き通る湖には、小さな光る玉が湖の水面に沢山現れる事があるらしい。それを見たものには幸運がもたらされると噂になった。見た者は大金を手にしたり、好意を寄せていた人と結婚できたり、自分の畑が大豊作になったりなど……。その後、小さな光る玉が人間のような姿で浮かんでいたり、湖に浸かり楽しく歌い、踊る光景を目にした人間もいたと言い、そして人々は『妖精』と呼ぶようになったと。
「……なんかロマンチックだと思いません?……実際そういった書物もありますし……私も一度見てみたいわ!」
と、子供のように語ったエレナータ。
現実主義者のジルファスは
「たまたまでしょう?湖に反射した光りとか……木のざわめきが歌声みたいに聞こえたりとか━━」
「━━もうっ!本当!乙女心がわからないジルファスねっ!」
被せるように言い放つエレナータは少し拗ねていた。
「……黙ってますよ……お嬢」
悪気は無かったが……機嫌を損ねるのは良くないと思い折れたジルファス。
静かに簡素なドレスを脱ぎ、桜色の長い髪をまとめ……ゆっくり片足ずつ湖へ入って行くエレナータは
「ちゃーんと見張ってて下さいね、ジルファス」
少し恥じらいながら告げた。
(ひんやりしてて……気持ち良いわ!足元まで見えてしまう水質……透明なガラスのよう!)
目を瞑り湖に身を委ねるエレナータ。
……
……話し声が聞こえる……。
女性の声……男性の声……。
(他に水浴びをしている男女がいるのでしょうか?)
まだ目を閉じているエレナータ。
徐々に声がはっきりと聞こえてくる……。
「俺はマスターのお腹の上だ!」
「いいえ!背中なのっ!」
「お前ら……いつも意見合わないよなぁ」
板切れに両腕を乗せて静かに泳いで来るオボロ達……。
大きな岩を曲がり……。
━━!
「ん?……あっ!人間……!」
一人の女性に気付き目が合ってしまう!
「みんな!隠れて━!」
━━!
近づく声に反応し目を開けたエレナータは両手で口を覆い目を大きく見開き━━!
(ね、猫?それに飛んでいる可愛らしい女の子達!)
オボロの周りを飛ぶメル、ホノカ、隣を泳ぐミナモ……確実に目の前の女性に見られてしまった!
即座にミナモは深く潜り水中を泳ぎ逃げる!メルとホノカも先程通った岩陰へ隠れる!
オボロは目の前に居る女性に見覚えと懐かしさが込み上げていた!
驚いた時の両手で口を覆い目を見開く仕草!
それに━━
右の目尻に……
小さなほくろ━━!
(━━マ、マ、マキちゃん?)
穴が開くほど見たいが、意識してしまい凝視出来ないオボロ!
(雰囲気だけで言うなら……マキちゃんそっくりだ!)
生前は青葉爽太として、妻のマキ、一人娘のナナと生活していたオボロ。妻の仕草や雰囲気は憶えている!
顔も身体も恥ずかしさで温度が上がる!
「し、し、失礼……しましたぁ━━!」
飛沫が飛ぶほどのバタ足で逃げるオボロ!
そして━━
「きゃ━━っ!」
大きく悲鳴を上げるエレナータ!
タオルを持ち駆けつけるジルファス!
「お嬢ぉぉ!」
と、タオルを頭から被せる!
「何がありました?怪我は?」
警戒を強めるジルファス!
投げられたタオルに身を包み湖から上がるエレナータは前のめりで━━
「━━ねぇ!私に幸運が訪れるかも!一瞬だけど……見たのよ妖精を!」
まるで少女のような面持ちでジルファスに話す。
「本当ですかい?その辺の植物に幻覚魔法かけられたのでは?」
信じようとしないジルファス。
「それに……猫が泳いでいましてよ?」
「は、はぁ……猫?」
━━!
「━━まさか!その猫がお嬢を?」
危害があったと思ってしまったジルファスは携えた剣に手を掛け━━
「私は何もされてませんわ!慌てないでジルファス!」
止めるエレナータは、何があったか説明した。
「……はぁ……で、目の前に泳いで現れて……直ぐ逃げて行ったと……」
半分信用したジルファスは、二名の護衛を残し……
「怪しい輩のようなので……様子を見てきます!お嬢は着替えて馬車へ!」
警戒しながら湖畔伝いに走るジルファス。
湖畔━━
慌てて泳いで戻ったオボロは身体を震わせ水気を飛ばし身支度を急いだ!ハーフパンツを履き、篭手と角錐を装備。
メル達も後を追うように来る。
「見られた……よね?」
メル、ホノカ、ミナモ三匹並んでいる……。
「見られたら見られてただぜ!マスター!」
あまり気にしてないホノカ。
「……一瞬だけだと思う」
人差し指を顎に当て話すメル。
「潜って、隠れた」
ミナモは言う。
(みんな言うことバラバラだな……やっぱり他のホムンクルスと違うんだな)
そんな事を思うオボロは、半ば強引にD=Dへ戻らせた。
『ごめんな……せっかくの水浴びがさ』
ブレインマウスで伝えるオボロ。
『仕方ないよマスター!それよりもマスターが無事だったから皆も安心してるよ!』
メルは伝えてくれた。
一人になったオボロは湖を眺め……
(あの女性……髪色は違うけど……マキちゃんそっくりだった……)
手元の小石を投げる……。
チャポン……。
水面に波紋がゆっくり広がる……。
(もしマキちゃんも転生していたら……奇跡としか言いようが無い……戻って確かめる?……いや……獣人が馴れ馴れしく寄って行けば……驚かれるよな……)
もどかしいオボロ……。
━━!
「おいっ!そこの猫の獣人!」
大声で話しかけらたオボロ!
振り向くと……
剣を構えた狼獣人が息を荒く立っていた!
「はい……猫の獣人……ですが?」
とりあえず答えたオボロ。
カチャリ!
剣を強く握る狼の獣人!
「貴様ぁ!お嬢に何をしたぁ!」
いきなり襲って来た!
(え?マジで?)
サッと角錐を抜き、剣と交え鍔迫り合いになる!
(まだ身体が本調子じゃないときに!)
カチャカチャ!
押し迫る狼獣人!
「猫の分際でお嬢に何をしたぁ?」
と、追求する!
少し押し負けてるオボロは
「あの水浴びしていた……女性の……ことにゃ?」
「あぁ!良ぉくわかってるじゃねーかっ!」
鼻息も吐く息も荒い狼獣人は体重を掛け潰しにかかる!
「き、危害は……加えて無いにゃっ!」
肉球脚星で一気に後退したオボロ!
(上手く出来た!)
「はぁ?」
(急に……下がった?)
驚く狼獣人!
距離を保ち剣と角錐を構えている二人……。
「危害は無くても……お嬢が悲鳴上げたんだ!」
大きく剣を振り上げ一気に振り被った!
剣先からオーラが放たれた!
(にゃ?オーラ使うのか!)
タイミング良く角錐で弾くオボロ!
━━!
「や、やるじゃねーか!」
仕留められると思っていた狼獣人は強がり、真正面から当たりに来る!
ガキーン!
またも両者鍔迫り合い!
剣と角錐の攻防!
「狼さんも……オーラ使えるにゃ?」
横から角錐で鋭く突くオボロ!
「誰がっ!狼さんだぁー!」
仰け反り避け、下から剣で角錐を弾き上げる!
狼獣人の死角になるよう移動し角錐で攻撃するオボロ!
「ったく!ちょこまかとー!」
狼獣人は鼻も耳もオボロよりも利く!ギリギリでかわし、当たってもかすり傷程度。
━━!
「お止めなさいっ!ジルファス!」
強い口調で戒める女性が現れた!
「お、お嬢?」
横目で確認するジルファス。
(あっ!……さっきの女性?)
走り疲れたのか、木に手を当てもたれ掛かり息を切らしている女性。
簡素なドレスに身を包み、桜色の長い髪に見え隠れする右目尻の小さなほくろ……。
(うん……さっきの女性だ!背格好も……どことなく似ている……マキちゃんに!)
見続けてしまうオボロ!
その女性もオボロを見ていた……。
(あのジルファスと互角に戦っていたのかしら?……だとしたら……かなりの腕前では?)
━━!
「貴様ぁ!お嬢ばっか見てんじゃねぇよっ!」
オボロの方へ剣を突き立て威嚇するジルファス!
オボロの耳と髭が動く!
「俺は……あの女性に何もしてないにゃ!」
角錐を背中の鞘へ納め両手を挙げ敵意は無いことを表す。
「ジルファス!あの方に何もされてませんわ!……少し裸を見られただけ……」
両手を頬へ当て恥じらう女性。
━━!
「それは……駄目でしょっ!お嬢!」
剣を突き立てたまま女性の方を向き吠えるジルファス!
「グルルルルゥッ!貴様ぁ!婚姻前の女性の裸を見るとは!……お嬢が許しても……俺は許さねぇ!」
牙を剥き出して威嚇し、今にも襲いかかって来そうなジルファス!
「は、裸は……見てないにゃ!……目には映ったけど……」
(あの両手を当てる仕草も……なんか似てる)
余分な事を言ってしまうオボロ!
━━ズバッ!
剣先からオーラを飛ばすジルファス!
かろうじて避けるオボロ!
脇腹の体毛が削られ……宙に散る……。
「すいませんねお嬢!……少し懲らしめないと━━」
……ザザザ……
━━ザッバーン!
水面から何か飛び出し、横回転しながらオボロとジルファスの間に落下して来た!
━━ドッスーン!
オボロよりも背丈のある大きな突起物のある巻き貝が現れた!
「な、なんだ?……獣……か?」
「あーん?邪魔しねぇでくれよ!」
オボロ、ジルファス両者つぶやく。
「ヒャッ!な、何あれは?」
女性も小さく悲鳴を上げた!




