第5幕〜懐かしい味
ギルド前━━
スコットを待つオボロ、クロネ、アミュ……。行き交う人間達の視線も気になるが……何故か一緒に私服のミティーラも来た。
「あれぇ?皆さん早いねぇ?」
欠伸するミティーラ。
「時間を守ることはマナーかと思いますので……」
ここは異世界ガイアールだが……現代人としての礼儀である。
と、私服のスコットも手を振り現れた!
揃ってる事を確認し、スコットの後を付いていく。
噴水広場を通り、広めな路地へ入る。大小様々な飲食店や店舗が並び、広場と同じくらい人通りもあり活気がある。
しばらく歩きスコットが止まる。
周りの建物とは違い、色鮮やかな建物で周囲は甘い香りがした。
ドアを開け店内へ━━
装飾された内装、テーブルや椅子……店内にはさらに香ばしい匂いが漂い、客席はほぼ満席状態!
二階へ案内するスコット。
少し広めなテラスにテーブルと椅子。
とりあえず座るオボロ達……。
パンッと手を叩きスコット
「さぁて、オボロさん?約束を果たす時が来たぜ!オボロさんが忘れてても……俺からの感謝の気持ちって思ってくれよ!」
(あー決闘の件ね)
忘れてはないが、どうでも良いかなと思っていたオボロ。
「さぁ!スーデルの町一番の名物にして、名店!」
『オッテハウスのぉフルーツタルト!』
「約束通り、遠慮せず食べて欲しい!」
やたら、元気の良いスコット。
と、一人の女性店員が両手にフルーツタルトを持ち現れた。丁寧に並べてくれる店員。後ろでソワソワしながら見ているスコット。
すでにカットされていた円形のフルーツタルト。色とりどりのフルーツが乗せられ、パイ生地のほんのり焦げた匂いと甘いフルーツの香り!
「いただきます!」
手に取り……食べる。
ひと噛みするとサクッと音を鳴らし、口の中で噛めば丸いフルーツが弾け甘い汁が広がり、肉厚のあるフルーツやすぐに溶けてしまうフルーツ……それぞれのフルーツの味が邪魔してなく、飲み込んでも胃の奥からフルーツの香りが漂って来るようだ!
━━!
(なんだろう……凄く懐かしい味……)
フルーツタルトを味わいながら思うオボロ……。
一切れ食べ終わり、迷わずもう一切れ手に取るオボロ。クロネも味わっている様子。アミュは、気に入ったのか……両手に持ち夢中になって食べている……。ミティーラは喉に詰まらせないか心配そうに見ていた。
二つ目を食べながらオボロ
(あっ!……うん……そうだよ……マキちゃんのアップルパイの味に似てる!どんなフルーツ使ってるか良くわからないけど……凄く懐かしい)
愛する妻の得意中の得意料理━━アップルパイ!
初めてマキちゃんからもらって、公園のベンチで告白の手紙を読みながら食べたあの時の味!
そうわかってしまったら自然と涙が溢れたオボロ……。
━━!
オボロがなぜ涙を流したかわからない一同。
「オボロ様?大丈夫です?……涙が……」
いち早く声をかけたクロネ。
涙が溢れているのを気付いてないオボロ!
━━!
「ん?あー……俺、目が大きいから……ちょっとゴミが、さ……」
(俺、泣いていたのか?)
なんとか言い訳するオボロは、テラスから見える噴水広場を眺め
(こっちにも似たような食べ物や料理ってあるんだな……。ナナはもう……マキちゃんのアップルパイは食べられない……恋しがっていないだろうか……)
元居た世界で生きている娘のナナを想うオボロ。
と、すでに数切れしか残ってないフルーツタルト!この減り方の犯人はアミュなのは見ていて皆わかっていた!
スコットが慌てて下へ降りて行く。
口の周りをべとべとにしながらアミュ
「お兄ちゃんっ!これすっごく美味しいっ!気に入ったぁ!」
━━!
(やばい!牙が出るかも!)
(牙が出たら羽扇子で隠しますわ)
オボロもクロネもヒヤヒヤしていた!
━━が、普通に笑顔を出すアミュ。
安堵するオボロ、クロネ。
と、ミティーラが気を利かしアミュのコップにジュースを足してあげた。
(はぁ……この子……なんか可愛らしいわぁ……放っておけない感じ……)
アミュのファン第一号は……ギルド受付ミティーラ!
と、慌ててスコットが来る!
━━ドンッ!
籠に山盛りのクッキーの様な焼き菓子がテーブルに置かれた!
「すまねえ、焼き上がるまでこれ食べて待っててくれ!」
それだけ言い残し、また下へ行くスコット。
ミティーラにどう言うお菓子か聞くオボロ。
右が甘いクッキーで、左が固めなビスケット。両方ともここで取れた麦を使って作っていて、もちろん先程食べたフルーツタルトの生地も、と説明してくれた。アミュは説明を待たず、ばくばく口へ放り込み、バリバリ食べていた……。上品の欠片も無いアミュ……。少しは落ち着いたクロネを見習って欲しいとも思うオボロであった。
「はぐ!んぐっ!……うん、お兄ちゃんっ!これも美味しいよっ!」
ゆっくり頷くオボロ。
「ねぇねぇ!これきっとメル達欲しいんじゃないの?」
何気なく話すアミュ━━
━━!
(油断してた!メル達のこと!)
ミティーラは不思議そうに
「あれぇ?まだお仲間居るのぉ?」
と、聞いてきた。
咄嗟にオボロは━━
「あー……えーと……ザザ村に居るアミュのお友達の事ですよぉ」
と、嘘をついてしまう。
クロネはその隙にブレインマウスで
『アミュ?メル達の事は人間には秘密なのよ!それと……たまに笑う時、牙が出てるわよ!』
━━クッキーを頬張る手と口がピタリと止まったアミュ!
クロネとオボロの顔を伺い……
『うぅ……お菓子に夢中で……忘れてたよぉ……牙は……思わず出ちゃうの……クロネちゃんごめん』
『次から気をつけてちょうだいね?』
と、クロネは牙の件も含めて釘を刺す。
お友達発言を特に違和感無く受け入れてくれたミティーラ。
再び安堵するオボロとクロネ……。
と、オボロが気になっていた事をミティーラに聞く
「今日はなんでミティーラさんも呼ばれたのですか?」
少し含み笑いをしミティーラ
「オボロさん達には悪いかなぁとは思ったんだけどぉ……たまにはアイツにご馳走してもらおうかなって」
「スコットに貸しでもあったり?」
クスッと笑うミティーラ
「貸しなんて有り過ぎよねぇ……アイツとは家が近所だからねぇ……幼馴染みって奴ぅ」
「そんな関係だったんですね」
「本当、実技試験で乱入とか……アイツ、バカでしょ?」
呆れ顔のミティーラ
「バカかどうかは、わかりませんが……スコットの熱意は伝わってましたよ」
なるべく悪く言わない方向で話すオボロ。
と、席を立ち上がるミティーラ
「そうそう!運んでくれた店員さん……あれ、スコットの彼女よ!おそらく紹介でもするんじゃないのぉ」
━━!
(ちゃんと見てなかったけど……スコットの彼女だったのか!)
彼女、と言う言葉に反応してしまったクロネ……
(羨ましいわね!人間のくせに!オボロ様の方が数倍オスらしいですわ)
僻みとしか思えない本心のクロネ。
「私は、もう十分食べたから、少しお店手伝いしてくるねぇ」
と、ミティーラは手を振り下へ行ってしまった。
入れ違いにスコットがフルーツタルトを持って来た!
「ほいっ!お待たせ!」
最初と同じフルーツタルトが二皿テーブルに置かれた!
早速飛びつくアミュ!
オボロもクロネも手に取る。
スコットが椅子に座り、呼吸を整え
「今日は来てくれてありがとう、オボロさん、クロネさん、アミュちゃん」
やはり見た目からアミュは……ちゃん付け。
「これで約束は果たした!」
食べながらオボロ
「約束は守るもので、出来ない約束はしない!」
己の格言を口走ったオボロ。
「へぇー中々面白い事を言うんだねオボロさん!」
(この辺の獣人の口から出るような言葉じゃねーよな……)
そんな疑問が残るスコット。
と、ミティーラと女性店員がテラスへ来た。
スコットが立ち上がり、照れながら店員を紹介した。
「えーと、まずは俺の彼女のクルミです!ちなみに……この店の看板娘!」
素朴そうな雰囲気なクルミ
「あの……スコットがかなり迷惑かけてしまったみたいで……すみませんでした!」
謝罪からのスタートのクルミ……しかも彼氏の。
オボロは首を横に振り、気にしてない事を伝えた。
(良い子そうだな……なんか)
そんな第一印象のオボロ。
エプロンをぎゅっと握りしめクルミ
「あ、あともう一つ!今日のフルーツタルト……お父さんじゃなくて……私が作りました!嘘ついててごめんなさい!」
またも頭を下げられてしまったオボロ達……。
その事実を知っていたのはどうやらスコットだけの様子で、ミティーラがスコットに問い詰めていた。
まだ美味しそうに食べているアミュを見てオボロ
「んーにゃ!とても美味しかったし、個人的にも懐かしい味で……昔を思い出させてくれましたよ。それに……アミュがこんなに笑顔で食べてるんです!美味しくないわけはありませんよ!」
と、笑顔で褒めた。
両手を合わせ、背伸びをするように喜ぶクルミ!
「少しでも、お父さんの味に近づけたくて、練習してたんです!そしたら、スコットが……残すのは勿体無いからって……皆さんを招待する事になってしまって……」
後半は声が小さくなってしまったクルミ。スコットが後ろから首を出し
「オボロさん!ちゃんとお代は払うんで心配ご無用!半額だけどね」
と、調子の良い事を言う。
さらに後ろからミティーラの文句が……
「本当アンタ、バカでしょ?周りを巻き込んでばっかでさぁ」
苦笑いしているスコット。
━━!
『お土産……マスター……お土産……マスター……お土産……』
━━!
D=Dから野太い声で呪文のように伝わって来るメルのブレインマウス!
『わ、わかった、お願いしてみるから!』
『さっすがマスター!んじゃよろしくね!』
普段の口調で返事をするメル。
食べ終わったアミュが席を降り……
トコトコ歩き……
クルミの前へ!
━━むぎゅ!
背の小さなアミュがクルミの太ももにしがみつく!
クルミ「え?あ?」
アミュは、そのまま上目遣いで、にっこり笑顔で
「すっごく美味しかったよっ!クルミちゃんっ!また食べたいから……作ってくれる?」
アミュの純粋無垢な言葉がクルミの心を撃ち抜いた!
太ももにしがみつくアミュの頭に手を置き
「ありがとうアミュちゃん!凄くお姉さん嬉しい!頑張って作るから……お店に来てね!」
(頑張らなきゃ!美味しいって言ってくれる人のために!)
感動したのか目を潤わせたクルミ。
*アミュは人ではなく……蜘蛛の魔獣ブラックウィドウです*
クルミの隣にミティーラが来て
「ね!可愛らしいでしょ?アミュちゃんは」
「うんうん!ミティーラの話してた通りだね!」
二人目を合わせ小さく笑い合う。
(俺、スコットに上手く利用されたかなぁ……)
悪い方向に利用された訳ではなさそうだし、気に止める程度にしたオボロ。
(人間って……こんなに笑ったり感動したり、相手の事を思いやったりするものなのね……今日はなんだか悪い気はしませんでしたわ)
人間達の表情や感情を、間近で体験したクロネは、少しだけ人間の事が理解出来た一日だった。




