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一番星のキミ

作者: 富樫かづや

 僕は人付き合いはあまり得意でなかった。

 友達も多い訳ではなかった。かと言って、自分から知り合おうとまではしない。

 一人が好きだったんだ。気楽で気遣う必要もない。寂しいとも思わない。

 ある日、そんな僕に父が望遠鏡をくれた。

 父に使い方を教えてもらい、僕は意気揚々と外へ望遠鏡を持ち出した。まだ体の小さい僕には少し重たいくらいだ。家から五分程歩いた所にある高台、僕のお気に入りの場所だ。元々、島生まれな環境にあるため自然が多い。そこは僕の秘密の場所。

 高台までやってきては、三脚を設置し準備すると晴天の夜空を見上げ一息つけ望遠鏡を覗き込む。

「――すごい……」

 まるで万華鏡のようなレンズの向こう側には星々が広がっていた。まだ星については詳しくないけど、レンズを通して見る景色はまるで別世界のようで、この時だけは悩みも忘れてしまいそうだった。

 そんな事を思いながら覗いていると突然、視界が何かに塞がれたように真っ暗になった。

「わっ!」

 驚いてレンズから慌てて顔を離し前を向くと、同い年くらいの少女が立っていた。

 黒髪のセミロングヘアを風になびかせ

「ごめんね、びっくりした?」 

 と、悪戯に笑いながら言う。

 知らない子だ。でも元々、友達が少ないからよくわからないけれど。

 ここは僕の秘密の場所なのに……

「少し……びっくりした」

「すごいね、これあなたの?」

 少女は興味津々に望遠鏡を触りながら言う。

「うん、父さんに貰ったんだ」

 口調が少し自慢気になってしまっていた。

「星、好きなんだね」

「好きだけど……見てるだけで詳しくはないよ」

 自慢気に言っていた自分が急に恥ずかしくなった。

「そうなの?」

「うん」

「ねぇ、ちょっと見てもいい?」

「……いいよ」

 少女は終始、望遠鏡に興味津々だったようで嬉しそうにレンズへ顔をあてがい覗き込むと

「――いちばんぼーし、いちばんぼーし、みーつけたっ」

 楽しそうに歌い出す、少女は望遠鏡から顔を離すと視線を投げかけながら口を開く。

「いつもここに居るの?」

「うん、まぁ……」

「じゃぁ、明日も?」

 ずぃっと、少女は少し前のめりに寄せながらワクワクした様子で問いかけてくる。僕は咄嗟のことに驚きながらも二つ返事で答えた。

「うん」

 すると少女は嬉しそうな面持ちを浮かべ

「明日も来るね」

 そう言って笑い返してくる。

 もちろん断る理由もない、僕は「いいよ」と返事をし、それから僕の秘密の場所は僕達の秘密の場所になった。


    ◇◇◇


 少女と出会ってわかった事。元々は地元でなく家の都合で転々とし離島に着てるらしい。それと、星が好きで物知りだ。会う度に僕の知らないことを教えてくれる。一人で居る事になれていたけど今では一緒にいるのが心地よいと感じている。いろいろなところを知っていくにつれ、そんな彼女と会うのが僕の楽しみになっていた。

 今日もいつものように、高台で天体観測の準備をしていると遅れて少女がやって来るがどこかいつもと雰囲気が違って、僕のところまで歩み寄り問いかける

「――裕くん」

「あっ、準備できてるよ」

 望遠鏡を弄りながら背中越しに返事をする

「わたしね、明日から来ないよ」

「……えっ?」

 突然のことで言葉が出てこない。いつもと変わらない口調で語る彼女は、どんな顔をしているんだろう?(きびす)を返すようにと顔を動かそうとする僕を彼女の言葉が制した。

「あした引越すの……ほんとはね、前から言えばよかったんだけど」

「どこに行くの?」

「東京だって」

 そう言って気丈に振舞う少女の言葉には切なさを感じる。「遠いね」とそんな言葉を返そうとしたけど、何故か口が動かなかった。

「裕くんの誕生日星座なに?」

「えっ?……おとめ座だよ」

 小さく答える。男なのに乙女座なんて、正直まだ恥ずかしく感じる年頃で少し顔が赤くなってしまう。

 少女は納得したよう意地悪げに微笑み呟いた

「そっかぁ、おとめ座かぁ」

「な、なに?」

「んー、なんでもないよ」

 なんでもない、そんな言葉とは裏腹に少女の瞳は少し潤んでいた。すると、夜空を見上げ南の一等星を指差す

「あれがおとめ座、裕くん」

「うん」

「そして、こっちが――」

 流れるように反対側を向くと

「――天秤座、わたしだよ。まだちょっと見えにくいけど」

「となり?」

「だからね、大丈夫。いつも一緒だよ」

 そう言って振り返り笑顔を投げかけてきた。月明かりに照らされた少女の姿はいつも以上に魅力を引き立たせ綺麗に映った。面と向かうと微笑んでいた。 


◇◇◇


 目を覚ました俺は部屋の床に倒れ込む形に寝ていた様だった。

 どうやら夢を見ていたみたいだ。不思議に懐かしいような感じがする。頭を抱えながら体を起こし、改めて辺りを見渡し、現状を再確認した俺は自分に呆れ額に手をあてがいながら溜め息を吐く。

 大学で上京して一人暮らしのため引越しをした。俺は送ってきた荷物の整理をしていた最中だった。手元には小学生の頃の卒業アルバム。どうやら、整理している途中で懐かしい物を眺めているのに夢中になり、いつしか眠っていたのだろう。

 引越しあるあるだ、多分……

 しかし、起きた時には夕方頃になっていた。本当なら今頃、大方の整理は終わっていたはずなんだが。

 俺は一つ溜め息を吐きながら

「……まぁ、明日から本気出すさ」

 荷物を出して何の進歩もしていない部屋の惨状を見なかったかのように言いながら頷いていた。やる気スイッチが切れた俺は、ゆっくり立ち上がると吸い込まれるようにベランダへと向かって行った。

 外はすっかりと暗くなっていた。

 俺は手すりに腕を乗せ身を任せながら天を仰いだ。

「今日は空がよく見える」

 夜だというのに空は澄んでいて星々が広がっていた。夢を思い出し突然懐かしくなる。

「――いちばんぼーし、いちばんぼーし、みーつけたっ」

「……えっ?」

 近くから声が聞こえる。聞き覚えのあるフレーズだった。辿るように隣を振り向くと、同じようにベランダに寄り掛かりながら空を見上げている女性がいた。

 俺が声を上げたのに気付いたのか、空を見上げていた女性はこちらに視線を移す。すると、驚いた表情で数十秒無言のまま見つめ返してきた。

 そして少女はゆっくり口を開いた

「――裕……くん?」 

 俺の名前は裕也『裕くん』と呼んでくる子は一人しか知らない。小さい頃、家の近くに越して来た女の子がいた。よく一緒に遊んだ、星も一緒に見た。とっても楽しかった。でも、家の都合で突然離れ離れになってからは会っていなかった。

「ゆかり……?」

 俺は怪訝な面持ちで呟いてしまった

「幽霊発見、みたいな目でみないでよねっ」

「あっ、わるい」

「ふふ、相変わらずボーッとしてるね」

「馬鹿にしてんのか」

「ん〜、変わらないなぁって」

 笑いながらに彼女は言う。

「隣に引越してきたの?」

「昨日な」

「それじゃぁ、あの時と逆だね」

 クスっと笑いながら言う

 そして彼女はまた空を見上げると口を開く

「ほんと、いつ見ても変わらないよね」

「あぁ」

 二人で星空を感慨深く星空を見上げていた。

 俺は月明かりに照らされる彼女の顔を横目に

「月が綺麗だな、ゆかり」

「んー、でも今夜は少し肌寒いかな」

 恥ずかしげに頬を染めながら笑いあった。

 夜風が少し身に染みる、互いに別れ部屋へと戻っていく。

 大丈夫、きっとこれからは一緒にいる時間が増えるのだから。


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