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少年X  作者: てこ/ひかり
6/22

第六話

 机の上に並べられた、自分の遺影と死者への献花。


 その景色を、僕は一生忘れることはできないだろう。

 血液が逆流しているような、目の前の景色がスーッと遠のいていくような。

 ガラガラとその場に崩れ落ちたり……はしなかった。その代わり、ズシンと胸の奥に重さを感じながら、何故か僕は笑みを浮かべようと必死だった。

 

 とにかく気丈に振る舞っていなくてはならない。


 何故だか分からないが、そう思った。他人に弱みを見せてはいけないと、そう信じ込んでいたのだ。僕は平気だ。みんなに、自分にそう思われたかった。そうしないと、身体が爆散してしまいそうだった。


 小刻みに震える手で花瓶を片付け、白黒写真をポケットの中にねじ込む。それから数人が、何事もなく登校して来た。僕には目もくれない。死人になった僕は、それから半年間、みんなから無視された。


 僕が話しかけても、誰も何も答えない。向こうから話しかけてくることもない。文字通り、死んだもの、いないものとして扱われていた。


「何だ、たった半年か」そう思われる方もいるかもしれないが、中学生にとっての半年というのは、永遠に近い体感速度だった。


 きっと僕が何か悪いことをしてしまったのだ。


 それでこんな報いを受けるのだ。そう思った。じゃないと、全員が全員、申し合わせたように僕を無視するだろうか? 半年間の村八分は、皆の狙い通り僕の中で「自分が悪いのだ」という罪悪感を育て続け、僕は僕の自尊心を傷つけ続けた。


 この罪悪感というのが実に厄介で……人を卑屈にさせ、少しも動けないよう縛り付けるのにぴったりの毒なのだ。周りの全員が敵、どころの騒ぎではない。罪悪感によって、今や自分ですら、自分の敵になってしまったのだ。自分が自分の味方じゃないと言う感覚。周囲から見れば滑稽に映るかもしれないが、僕は僕自身をずっと罪人のように扱っていた。


 それでしばらく、自分で自分を※※※※む妄想とか、心の中で自分で自分を罵倒し続けるとか、何をしてもひたすら謝り続けるとか……ずっとそういうのに悩まされ続けた。その間、誰と喋ることもないので、僕はすっかり喋り方を忘れてしまった。なのに、学校を休もうとしなかったのはどういうわけだろう? そこでもやはり、意地になって、僕は何故か気丈に振る舞っていたのだった。


 余談だが、死んだとはいえ、元々僕に霊感などなかったので、幽霊にも出会えなかった。一度、もしかしたら幽霊なら友達になってくれるんじゃないか、と思って夜中まで起きていたことがあったが……結局何も出てきやしなかった。哀れ幽霊にさえ見放された僕は、生きることも死ぬことも許されず、しばらく虚無の空間を彷徨い続けた。


 それで、実際に僕が何をしたのか? それは今でも分からない。自分に何も落ち度がなかったとは思わない……とにかくみんなにとって、無視するだけの何かをしたのだろう。案外、いじめと言うのは特に理由なんて無いのかもしれない。彼奴の顔つきが気に入らないとか、生意気だとか、そんな些細なことが原因かもしれない。


 死後の世界を彷徨って、約半年……精神と肉体を腐らせ、劣等感の化身となった僕にも、ようやく転機が訪れる。2年生になり、クラス替えが行われたのだ。


 4月。

 クラスの顔ぶれが変わる。自分の黒歴史を知らないでいてくれる人間がいることが、こんなに有難いなんて! 少なくとも初対面の彼らは、僕を人間として扱ってくれるのだ。ゴミを見るような目で睨みつけたりしないし、話しかけても目を逸らしたりしない。


 耳が、急に周囲の声を声として拾い出して、教室が騒がしくなった気がした。今までは、僕を無邪気に斬り付ける言葉の刃、くらいにしか思ってなかった。みんな口を開けば僕の悪口をいい、僕を嗤っているものだとばかり思っていたが……新しいクラスだと、どうもそうではないらしい。どこにでもいる『少年A』に戻れたのだ。悪目立ちしなくなり、僕は心底ホッとした。


 もちろん、教室には今までのクラスメイトも何人かいた。が、それ以上に新しい出会いがあった。挨拶をする友達ができた。一緒に帰る友達ができた。学校にこっそり漫画を持ってきては貸してくれたり、家に遊びに行って一緒にゲームをしたりした。僕は最高に嬉しかった。こんな日が来るなんて、夢じゃないかと毎日浮かれていた。


 そしてそんな日々も、ある日突然、終わりを迎えることになる。


「静かに」


 ある日の午後のことだった。担任の先生が、ホームルームが終わっても教室に残っておくように、と厳粛な態度で僕たちに告げた。またお説教が始まるのか……とみんな内心辟易していたが、先生があまりにも深刻な顔をしているので、妙な緊張感が教室の中に漂っていた。


「皆に残ってもらったのは他でもない」

 全員が静かになるのを待って、先生はようやく口を開いた。


「今、このクラスでいじめが起きています」

「……!」


 どきり、とした。一瞬自分のことを言われているのか、と思った。しかし、僕はもう誰とも話さない訳ではない。映画だって観るし、ゲームだってする。僕はもう、以前の僕ではないのだ。


 不穏な言葉に、教室中がざわついた。僕は、もし僕のことを言っているのなら、もうこれ以上引っ搔き回さないでくれ、と願っていた。僕は今のままで十分幸せなのだ。確かにひどい目に遭ったとは思うが、これ以上問題をほじくり返されて、奴らを刺激し、下手に報復されたらどう責任を取ってくれるのか。またあんな日々には戻りたくない。僕は無意識に、髪の毛を指先でくるくる巻いていた。


 仮に僕じゃなかったとしても……みんなの前で、「この人いじめられています!」なんて、公開処刑にも程がある。こんなやり方、今まで知らなかった人にまでいじめの事実を広めているようなものだ。みんなから可哀想な目で見られるほど惨めなものはない。そういう間違った正義感や使命感が、生徒の心を余計傷つけているのだと、どうして先生は分からないのだろう? 先生だって昔は子供だったくせに!

 

 じっとりと手のひらに汗が滲んだ。僕が、クラスメイトが固唾を飲んで見守っていると、先生はみんなにプリントを配り始めた。


「目を逸らしたくなるような内容だが……みんな、心して見てほしい」


 一体何なのか? みんなで不審そうな顔を見合わせた。

 前の席から回ってきたプリントを、僕は恐々と覗き込んだ。

 それは、どうやらパソコンの画面を印刷したものらしかった。


 見たことのあるサイトだった。無料匿名掲示板に、特定の生徒の悪口が、これでもかというほど書いてある。


「クラスメイトの悪口が、ネットに書き込まれていた!」

「……!」

「こいつは、裏サイトにコソコソ人の悪口を書いている、最低の卑怯者だ!」


 先生がみんなを見渡し、一喝した。全員がビクッと体を跳ね上げた。僕は、そのプリントの文字をじっと眺めていた。何という罵詈雑言だろう。読んでいるだけで嫌な気分になる。こんな言葉遣いの悪い奴が、世の中にはいるのだな。これって誹謗中傷じゃないか。本当に最低だな。僕はこんな人間にはならないぞ。


「この投稿のせいで……この生徒は不登校になってしまった」


 先生は悲痛な顔をして呟いた。僕はプリントを食い入るように見つめていた。なんて酷い……この、心の叫びをそのまま書き殴ったような支離滅裂な文章……どこかで見たことのある文章だな……まるで僕が書いたみたいな……僕が……。


「これを書いた()()が、この中にいる!!」


 はっ

 

 と顔を上げると、みんなが僕を見ていた。全く温度のない、冷え切った目つきで。


 その書き込みは、僕があの日、鬱屈した感情を発散していたあの投稿に他ならなかった。


 その日から、僕は『少年A(加害者)』になった。

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