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少年X  作者: てこ/ひかり
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第五話

 とにかく僕は心を閉ざしていた。周りの人間は全員敵だと思っていた。敵がいなくなるのは、僕が僕でなくなる時だけ。匿名になる時だけだ。


 インターネットの無料匿名掲示板に、いじめっ子たちの悪口を書き込むのが、僕の日課になっていた。もちろんそんなところに書き込んだって誰にも読まれたりしないのだが、だからこそ好き勝手に書き散らすことができた。そうやってストレス発散していなかったら、今頃僕はどうなっていただろう? 考えただけでもゾッとする。

 

 実名を忘れ、現実を脱ぎ捨て、僕はパソコンの前にいた。まだスマホを買ってもらえなかったのだ。もう中学生だというのに! 親が厳しかったのだ。


 どれくらい厳しかったかというと、僕は中学を卒業するまで漫画は読ませてもらえなかったし、高校を卒業するまではゲームも禁止だった。これの何が辛いって、教室で話題についていけない! みんなが漫画やらゲームやらで盛り上がってる間、僕はただ黙っていることしかできなかった。どうしても話に加わりたくて、知ったかぶりをして、それで余計に嫌われたりした。


 小学校の頃は、よくナントカという作品の敵役にされたりしたものだ。どんな作品でも、大抵の悪役はひどい目に遭って、それで読者はみんな「スカッと」するらしい。僕にはその気持ちが良く分からなかった。むしろ何故作者は、敵に優しくしてやらないのだろう? そう思った。じゃないと、幼子の無邪気なごっこ遊びがたちまちデスゲームになってしまう。


 貴方も一度敵役になってみればよく分かる。『世界平和』だとか『人類愛』だとか綺麗事言っておきながら、あんなもの、結局は自分たちの身内が可愛いだけの話なのだ。自分たちの仲間を依怙贔屓し、敵には容赦無く、馬乗りになってタコ殴りにする。それが彼らの騙る『愛と平和』の物語だ。


 話が少し脱線してしまったけれど。とにかくそういう訳で、僕はその時まだスマホを持っていなかった。持っている子がめちゃくちゃ羨ましかったのは言うまでもない。

 

 それで、机の前でパソコンを見ていると、不思議なことに気がついた。メールが届いている。もちろんイマドキネットを使っていると、企業の広告や迷惑メールの類はわんさか届くのだが、そのメールだけ、やけに目についた。真っ黒なのである。他のメールは、無地なのに、そのメールだけ画面が壊れたのか、黒く塗りつぶされている。僕の髪の毛よりも、瞳よりも黒かった。


「…………」


 僕は何かに吸い寄せられるように、『A太様宛』と書かれたそのメールを開いた。


 A太、というのはもちろん偽名だ。メールを開けると、中は一面真っ黒で、白い文字がでかでかと踊っていた。


『新型スマホ・モニター募集中! ただいまなんと新規0円! 6ヶ月間通信費無料!!』


 それだけである。ただの広告だったのだ。がっかりしたと同時に、むくむくと購買欲がこみ上げてきた。これも何かの巡り合わせではないか。機種代0円で、通信費も無料なら注文してみようか。6ヶ月だけ使って、お金を払う前に返してしまえばいい。


 軽い気持ちで、僕は注文ボタンを押していた。明らかに詐欺っぽいし、普段ならそんなもの見向きもしない。ただその時の僕は池から上がったばっかりで、気持ちが昂ぶっていて、酷く動転していた。メーカーも通信会社も確認せず、安易に怪しげな商品に手を出してしまった。


 今思えば、此処が分岐点だった。


 それから倒れるようにベッドに潜り込んだ。発熱で全身がかあっと熱くなるのを感じた。どれくらいそうしていただろう、少なくとも3日間くらい、意識が朦朧としていた。頭は痛いし、体は重いし、冗談抜きで死んだ方がマシだと思った。学校に行かなくていいのは幸いだったけど。


 3日後。ようやく小康状態になった頃。浮かない顔をして、僕はいつもより早く家を出た。地元の知り合いと顔を合わせたくなかったのだ。


 中学に進学する時、僕は地元の公立ではなく、少し離れた私立を受験した。そのせいか、クラスに知り合いとか、友達と呼べる生徒は誰もいなくなってしまった。実家から通っていたので、たまに地元の元クラスメイトと顔を合わせることもあるのだが、僕にはそれが堪らなく嫌だった。自分がいじめられていることなど知られたくない。知られたら死ぬものだと思っていた。


 街路に人気はなく、時折大型トラックが荒々しく幹線道路を駆け抜けていく。空気はひんやりとしていた。校門をくぐった時も、まだ空は暗く、蛍光灯の明かりが煌々と浮かんで見えた。廊下を抜け、誰にも見られないようそそくさと教室に入る。まだ誰も来ていない。僕が一番乗りだった。


 扉を開けて、異変に気がついた。教室の隅っこの方の、僕の席。色のない、特徴的な癖毛の人物と目が合う。机の上に、僕の白黒写真と、花が飾られてあった。


 どうやら僕は、みんなの中では死んだことになっていたらしい。齢13にして、僕は最初の死を迎えた。

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