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少年X  作者: てこ/ひかり
2/22

第二話

 あばらの骨が折れたような衝撃が、脇腹から、脳天を貫いた。

 僕はくの字に身体を折り曲げながら、口から嗚咽と、涎を吐き出しながらその場に突っ伏した。尻に、太ももに、コンクリートの尖った先端が食い込んでくる。ズボンは履いていなかった。Sたちに脱がされてしまったのだ。


「オラァッ!」

「もう一本〜ッ!」


 シュッ、シュッ、とボクサーの真似事をして息を吐き出したSが、丸太のように鍛え上げられた拳を僕の顔面に振り下ろした。ペキャ、と鼻の骨が折れる音がして、僕は一瞬、視界が暗転し、気がつくとポタポタと滴り落ちる自分の鼻血を眺めていた。


 それからSたちはドカドカと、2〜3人で寄ってたかって、僕の体を蹴り飛ばし始めた。悶絶する暇もない。僕は亀のように体を縮こまらせてひたすら耐えていた。鼻の奥でツン……と鉄の匂いがする。放課後。いつもの光景だった。


 近所の複合施設まで追い立てられた僕は、裏手側の荷物搬入口、ちょうど木々が生い茂り死角になったところで暴行を受けていた。もちろん監視カメラが映らない場所だ。Sたちはこの街のどの時間に、どの場所で、どれくらい人目につかないかというのを狡猾に把握しているのだった。その労力をもっと別の方向に活かせばいいのに、と思うのだが、今はもっぱら、僕をサッカーボールにするために使っている。


「立てよオラ!」

「じゃ、撮影開始と行きますか」


 周囲はすでに薄暗かった。近くの電灯も壊れているので、余計暗闇が際立つ。Sたちはこれから僕の下着を脱がし、隠部を撮影しようとしていた。それをネットに上げて、世界中に拡散しようというのだ。放課後。いつもの光景だった。


「お。コイツ、スマホ持ってたんだ」


 1人が脱ぎ捨てられた僕のズボンを弄り、ニヤニヤしながらポケットからスマホを取り出した。僕が、自分で撮影したように見せかけるためだった。


 ネット上には僕名義で立ち上げられた個人のホームページが存在する。そこに僕の裸の写真や、性器の写真がずらりと並んでいて、「僕の裸見てください」とか「僕は※※野郎です」なんて言葉が踊っている。もちろん僕が作った訳じゃない。いわゆる成り済ましという奴だ。ネットの海を漂うそれらの情報は、もはや半永久的に消えることはない。


 全くいつもの光景だった。こういうことが、ネットの世界では日常茶飯事なのだ。


「ほらほら、暴れないでね〜。痛くないでちゅよ〜」


 蹲って抵抗を続ける僕を、1人が脇を抱えて立たせようとする。もう1人が下着を脱がし、あと1人はカメラを構える。見事な連携プレーだった。僕はというと、ブルブルと体を震わせ、ぎゅっと目を閉じていた。カメラのレンズが僕に向けられた、その時だった。


 瞼の向こうがカッとオレンジ色に輝き、強い熱源を感じた。途端に、


「ぎゃっ!?」


 と大声がして、Sが僕のスマホを取り落とした。


 カメラの、フラッシュだった。至近距離から突然50ルーメンの光を浴び、今度は彼らが悶絶する番だった。『X』だ。少年Xが僕の危機を察知し、タイミングを見計らってフラッシュを焚いてくれたのだ。


 僕は下着を履き直し、地面に転がったスマホを手に取ると、転がるように走り出した。


「テメッ! コラ待て……ッ!!」


 後ろから怒号が追いかけてくる。ズボンまで履いている余裕はなかった。下着姿のまま、自動ドアの向こうに飛び込んだ。買い物客が何事かと目を丸くして僕をジロジロと眺める。僕は近くのトイレに駆け込み、急いで鍵をかけた。


 便器に寄りかかった瞬間、痛みがぶり返してきた。殴られた箇所を抑えつつ、イヤホンを繋ぐ。


『……ソが!』

『何処行った!?』


 ノイズ混じりに、Sたちの声が微かに聞こえてくる。どうやら上手く行ったようだ。殴る蹴るに夢中で、盗聴器を貼り付けられたことまでは気付かなかったらしい。小型の盗聴器を調達したのも、もちろんXだった。


『……ゃく様が一階フロアで迷子になっております。繰り返します。川中様のお子様が、現在一階フロア付近で迷子になられ……』


 穏やかなチャイムとともに、店内放送が聞こえてきた。川中様というのは、万引き犯の隠語だというのをXに教えてもらった。店内放送で、客に知られないようスタッフに注意を促すのだ。


 Sたちが近所の商業施設で万引きを繰り返している。

 そんな”情報”を引き出してきたもまたXだった。


 逃げたふりをして、その商業施設にまで誘導し、逆にSたちに日頃目をつけていた警備員に追わせる。

『まんまと罠にかかったぜ。今度は奴らが逃げる番だ』

 ノイズの合間に、Xの楽しげな声が聞こえてきた。僕は、念のためトイレの個室に隠しておいたズボンを履きながら、よろよろと立ち上がった。


 思惑通り事が進んだとはいえ、Xほどには楽しい気分にはなれない。本来の計画だと、殴られる前に店の中に飛び込み、奴らを巻く予定だった。その前に捕まってしまったのが、腹立たしいやら情けないやら……。


『……んも盗ってねえよ!』

『黙らんかい! 映像はしっかり残っとるんだ、詳しくは裏で聞かせてもらおうか』

『ざっけんなよ! 濡れ衣だ、冤罪だろ……』

 

 やがて警備員がSたちの首根っこを捕まえたらしい。Sたちが60過ぎの爺さんとやり合っているのを聞きながら、僕はそっとトイレを後にした。


 確かに万引きは犯罪とはいえ、その程度では補導が関の山だろう。少年なので前科にもならない。しかし一度補導されれば、悪質な場合携帯電話は証拠品として没収される。これでしばらくは『撮影会』がなくなるのだと思い、僕はホッと胸を撫で下ろした。


『お疲れさん。今日も一日、生き延びたな』

 画面の向こうから、Xが労いの言葉をかけてくる。殴られてない方は、囮じゃない方は気楽なもんである。僕は鼻の穴にティッシュを詰めながら、ふがふがとため息をついた。


「最近どんどんエスカレートしてくるんだ。これじゃ命がいくつあっても持たないよ……」

『逃げてばっかじゃな。次はこっちから仕掛けていくぞ』

「え?」


 僕はスマホを覗き込んだ。

 真っ黒な四角い画面の上で。赤文字で大きく、『X』の文字が、嗤うように愉しげにゆらゆら揺れていた。


 少年『X』。僕がどうやって、彼と知り合ったかというと……。

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