第十八話
「ひっ……!?」
「ダメじゃないか。ホラホラ、ちゃんと逃げないと」
「来るな……っ! 来るなぁ……!」
「芋虫のように地べたを這って、出口を探すんだよ。がんばれ、がんばれ」
少年たちは目隠しをされ、両手両足に手錠を掛けられたまま、教室の床に転がされていた。その周りを、大勢の覆面を被った大人たちが取り囲み、やんややんやと囃し立てている。
真夜中になっていた。
教室のカーテンは閉ざされ、蝋燭の灯りだけが、暗闇の中で妖しく揺れていた。身を縮こまらせ動こうとしない生徒を、覆面の1人が哄笑しながら蹴り上げた。生徒は悲鳴を上げ、再びダンゴムシのように丸くなった。ある者は失禁し、またある者は鼻水と涎を垂れ流し、また床にはところどころ赤いものも混じっていた。
狩りが始まったのだ。
覆面の数は5〜6人だろうか。それぞれ手に蝋燭や松明を持ち、また鞭や竹刀を構えている者もいる。黒板には大きな文字で、荒々しく『脱出ゲーム』と書かれていた。大家楠雄が微笑を浮かべ、前髪を掻き揚げた。
「1時間以内に学校の敷地外に出れば、君たちの安全は保証される。簡単だろ? あと……56分。ほら、休んでる暇なんてないぞ」
言いながら、手にした警棒で少年の膝を打つ。少年はギャッ! と悲鳴を上げ、身体をピクピクと痙攣させた。床の赤い染みが、また大きくなる。
「もちろん僕たちが全力で阻止する訳だが……安心してくれ、殺すつもりはない。ゲームが終わるまではね。それでは罪状を読み上げよう。まずCくん!」
大家が教壇の上に腰を下ろす。名前を呼ばれた生徒が小さく悲鳴を上げた。
「君はクラスメイトに日常的に暴力を振るい……屋上から飛び降りるように強制した」
「ひ……っ」
「Cを屋上に連れて行け」
「了解!」
大家の命令に、覆面たちが嬉々として生徒に手を伸ばす。
「やだぁ……やめ、やめろ、助けてぇ……!」
「助けて?」
目隠しの間からポロポロと涙を零すCを、大家が睨んだ。
「『やめて』、『助けて』……きっと君からいじめられていた生徒も、同じこと言ったんだろうなあ。それで? 君はその時やめたのかい?」
「うぅ……! お願い……ごめんなさい! もうしません!!」
「大丈夫だよ」
大家はにっこりとほほ笑んだ。
「『冗談のつもりだったんだ』。『まさか本当に死ぬとは思わないじゃないか』」
「ああああぁぁあ……!!」
身をよじって暴れる少年Cを担ぎ上げ、覆面たちは教室を出て行った。残された生徒が、地面に重たいものが激突し、何かが折れる音を聞いたのは、それから数分後のことである。
「では次に……Dくん」
「うぁ……!」
「君はクラスメイトに毎月数万の金を持って来るよう恐喝した。さらに彼に万引きを無理強いし、それをネットに上げ、あたかもその生徒が加害者であるかのように炎上させた……」
「しょ……証拠はあるのか!?」
「証拠?」
大家が小首を傾げた。
「面白いことを言うね……これは正規の裁判じゃない。私刑なんだ。証拠なんて必要ない。自分たちがスカッと憂さ晴らしできれば、それでいいじゃないか」
「あぁ……」
「ガスバーナーを」
「うぁあああぁぁぁ……っ!?」
暗闇の中で真っ赤な炎が踊り狂った。私刑はまだ始まったばかりである。
「同志X」
3人ほど『処刑』が終わった頃だろうか。覆面の1人が大家の元に駆け寄って耳打ちした。
「どうした?」
「連行してきた少年Aですが、途中で逃げられまして」
「何?」
「校内にはいるはずです。外は見張ってますから」
覆面がやや緊張した面持ちで告げた。
「ですが……何やら閃光弾のようなものを隠し持っていたらしく……一瞬の隙を突かれて逃してしまったようです」
「閃光弾?」
大家は胸ポケットに手を伸ばし、A太から取り上げたスマホを取り出した。一度だけ、『X』と表示された人物から電話がかかってきたが、こちらが取り上げた瞬間切られてしまった。その時パスワードを変更しておけば良かった、と大家は悔やんだ。指紋認証なのか、今は触れても何の反応もない。
「それと、床にこれが落ちてました」
「これは……フラッシュライトか」
強烈な光で相手の目を潰し、一瞬行動や思考を奪う武器で、特に暗闇での効果が高い。世界中の軍隊や警察などが使用していて、種類は多く、こちらは数十万は下らないはずだった。
「どうして彼がこんなものを……?」
「……支援者がいるな」
「支援者?」
大家は小さくため息をつき、立ち上がった。罪状の束を覆面に預ける。そのほとんどは白紙で、自由に加筆できるようにしてあった。
「お前たちはここで処刑を続けろ。私が探して来る」
「しかし……」
「この私が子供相手に遅れを取るとでも?」
「いえ……失礼しました」
覆面が慌てて頭を下げた。大家は教室を後にして、1人暗がりの廊下を歩き始めた。
彼のスマホは今やこちらの手の中にある。たとえ支援者がいたとして、通信手段が断たれては助けようがないだろう。
「自分1人でどうにかしなくちゃいけないって訳だ……本当のサバイバル・ゲームだね、A太くん」
ここで死んでしまうようなら、その程度だったというだけの話だ。窓から差し込む月明かりに目を細めながら、大家は唇の端をキリキリと釣り上げた。その右手に、しっかりと銃を握りしめたまま。