表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
少年X  作者: てこ/ひかり
19/22

第十八話

「ひっ……!?」

「ダメじゃないか。ホラホラ、ちゃんと逃げないと」

「来るな……っ! 来るなぁ……!」

「芋虫のように地べたを這って、出口を探すんだよ。がんばれ、がんばれ」


 少年たちは目隠しをされ、両手両足に手錠を掛けられたまま、教室の床に転がされていた。その周りを、大勢の覆面を被った大人たちが取り囲み、やんややんやと囃し立てている。


 真夜中になっていた。


 教室のカーテンは閉ざされ、蝋燭の灯りだけが、暗闇の中で妖しく揺れていた。身を縮こまらせ動こうとしない生徒を、覆面の1人が哄笑しながら蹴り上げた。生徒は悲鳴を上げ、再びダンゴムシのように丸くなった。ある者は失禁し、またある者は鼻水と涎を垂れ流し、また床にはところどころ赤いものも混じっていた。


 狩りが始まったのだ。


 覆面の数は5〜6人だろうか。それぞれ手に蝋燭や松明を持ち、また鞭や竹刀を構えている者もいる。黒板には大きな文字で、荒々しく『脱出ゲーム』と書かれていた。大家楠雄が微笑を浮かべ、前髪を掻き揚げた。


「1時間以内に学校の敷地外に出れば、君たちの安全は保証される。簡単だろ? あと……56分。ほら、休んでる暇なんてないぞ」


 言いながら、手にした警棒で少年の膝を打つ。少年はギャッ! と悲鳴を上げ、身体をピクピクと痙攣させた。床の赤い染みが、また大きくなる。


「もちろん僕たちが全力で阻止する訳だが……安心してくれ、殺すつもりはない。ゲームが終わるまではね。それでは罪状を読み上げよう。まずCくん!」

 大家が教壇の上に腰を下ろす。名前を呼ばれた生徒が小さく悲鳴を上げた。


「君はクラスメイトに日常的に暴力を振るい……屋上から飛び降りるように強制した」

「ひ……っ」

「Cを屋上に連れて行け」

「了解!」

 大家の命令に、覆面たちが嬉々として生徒に手を伸ばす。


「やだぁ……やめ、やめろ、助けてぇ……!」

「助けて?」


 目隠しの間からポロポロと涙を零すCを、大家が睨んだ。


「『やめて』、『助けて』……きっと君からいじめられていた生徒も、同じこと言ったんだろうなあ。それで? 君はその時やめたのかい?」

「うぅ……! お願い……ごめんなさい! もうしません!!」

「大丈夫だよ」

 大家はにっこりとほほ笑んだ。


「『冗談のつもりだったんだ』。『まさか本当に死ぬとは思わないじゃないか』」

「ああああぁぁあ……!!」


 身をよじって暴れる少年Cを担ぎ上げ、覆面たちは教室を出て行った。残された生徒が、地面に重たいものが激突し、何かが折れる音を聞いたのは、それから数分後のことである。


「では次に……Dくん」

「うぁ……!」

「君はクラスメイトに毎月数万の金を持って来るよう恐喝した。さらに彼に万引きを無理強いし、それをネットに上げ、あたかもその生徒が加害者であるかのように炎上させた……」

「しょ……証拠はあるのか!?」

「証拠?」

 大家が小首を傾げた。


「面白いことを言うね……これは正規の裁判じゃない。私刑なんだ。証拠なんて必要ない。自分たちがスカッと憂さ晴らしできれば、それでいいじゃないか」

「あぁ……」

「ガスバーナーを」

「うぁあああぁぁぁ……っ!?」


 暗闇の中で真っ赤な炎が踊り狂った。私刑はまだ始まったばかりである。


「同志X」


 3人ほど『処刑』が終わった頃だろうか。覆面の1人が大家の元に駆け寄って耳打ちした。


「どうした?」

「連行してきた少年Aですが、途中で逃げられまして」

「何?」

「校内にはいるはずです。外は見張ってますから」

 覆面がやや緊張した面持ちで告げた。


「ですが……何やら閃光弾のようなものを隠し持っていたらしく……一瞬の隙を突かれて逃してしまったようです」

「閃光弾?」


 大家は胸ポケットに手を伸ばし、A太から取り上げたスマホを取り出した。一度だけ、『X』と表示された人物から電話がかかってきたが、こちらが取り上げた瞬間切られてしまった。その時パスワードを変更しておけば良かった、と大家は悔やんだ。指紋認証なのか、今は触れても何の反応もない。


「それと、床にこれが落ちてました」

「これは……フラッシュライトか」

 強烈な光で相手の目を潰し、一瞬行動や思考を奪う武器で、特に暗闇での効果が高い。世界中の軍隊や警察などが使用していて、種類は多く、こちらは数十万は下らないはずだった。


「どうして彼がこんなものを……?」

「……支援者がいるな」

「支援者?」


 大家は小さくため息をつき、立ち上がった。罪状の束を覆面に預ける。そのほとんどは白紙で、自由に加筆できるようにしてあった。


「お前たちはここで処刑を続けろ。私が探して来る」

「しかし……」

「この私が子供相手に遅れを取るとでも?」

「いえ……失礼しました」


 覆面が慌てて頭を下げた。大家は教室を後にして、1人暗がりの廊下を歩き始めた。


 彼のスマホは今やこちらの手の中にある。たとえ支援者がいたとして、通信手段が断たれては助けようがないだろう。


「自分1人でどうにかしなくちゃいけないって訳だ……本当のサバイバル・ゲームだね、A太くん」


 ここで死んでしまうようなら、その程度だったというだけの話だ。窓から差し込む月明かりに目を細めながら、大家は唇の端をキリキリと釣り上げた。その右手に、しっかりと銃を握りしめたまま。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ