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少年X  作者: てこ/ひかり
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第十七話

「ええ……A太くんは元気です。今はまたベッドの上でスヤスヤ眠ってますよ。応援は要りません。安心して下さい」

 高杉からの無線を切ると、大家は胸ポケットから個人用の携帯電話を取り出した。


「……俺だ。少年Aが病院から逃走。至急応援を頼む……殺すなよ」


 暗がりの病室を足早に出ていく。駐車場に駐めてあった公用車(覆面)を素通りして、隠してあった私用車に乗り換える。

 意図して同じ車種、同じカラーリングで、見た目には違いが分からないクラウンが、獲物を狙う蛇のようにするりと街に繰り出して行った。通話をハンズフリーにして、雨の景色を流しながら同志たちに指示を送る。


「ああそうだ。Cは俺が途中で拾う。残りの5人を学校に連れてきてくれ。学校を処刑場にしようじゃないか」


 雑音の向こうで、歓喜の声が湧き上がる。いよいよ『狩り』が始まるのだ。この世に百害あって一利なしのいじめっ子どもは、全員粛清せねばならない。自分たちが我が物顔で闊歩していた学び舎で、命乞いをしながら逃げ惑い咽び泣く獲物の姿を想像して、大家は知らず知らず勃起していた。


 車はそれから1目的の家にたどり着き、大家はとびっきりのスマイルを作って、玄関のチャイムを押した。

「……ああ、刑事さん」

 インターホンの向こうから、Cの母親が安堵のため息を漏らす。母親は無警戒で鍵を開けた。全く先入観というものは恐ろしい。相手が警察官だというだけで、この哀れな子羊たちは疑いもしないのだ。その思い込みを、大家は存分に利用させてもらった。


「あの、どうされました? うちの息子に、何か御用でしょうか?」

「ええ、実はもう一度、抜き打ちでCくんの話を聞きたいと思いましてね。また息子さんをお借りできますか?」

 地獄まで。

「ああ、ええ、ええ。そういうことでしたら……今呼んできますので」


 母親が力強く頷く。それから数分後、Bを誘い出したのと同じ手口で、大家は呆気なく獲物を手中にした。道中、後部座席で少し怯えた表情をしているCに、病院から拝借してきたクロロホルムを押し付ける。

「ムグ……!」


 Cが目を飛び出さんばかりに顔をひん剥いて、だが化学薬品に抗えるはずもなく、次の瞬間には意識を失った。雨で濡れたフロントガラスの向こうで、信号がゆらゆらと赤から青に変わる。大家は『ドナドナ』を口ずさみながら、休校中のS中学校に車を走らせた。


 てっきり校門は閉まっているかと思ったが、存外解放されていた。職員室に向かうと、大柄な男が1人、ガランとした部屋の中で机に向かっていた。あの男は確か、


「……平井先生?」

「……あれ? 刑事さん」


 平井と呼ばれた教師は弾かれたように立ち上がった。A太やS、事件の起きたクラスの担任だった。大家は驚いて目を丸くした。


「大変ですね。こんな時まで残業ですか」

「ぬぁに、生徒たちのことを思えばこれしきのこと。それより刑事さん、どうされました?」

「いえ、ちょっとそばを通りかかったら門が開いていましたんでね。様子を見に来た次第です」


 車の中でCが眠っていることは言わない。平井もまた、顔馴染みの刑事だと、早々に警戒心を解いてくれた。身体の方は屈強そうだが、どうやら頭はそうでもないらしい。


「や、これはどうも。お忙しい中ご苦労様です」

「平井先生お一人ですか」

「ええ、本来なら休みなんですがね。どうしても、いても立ってもいられなくなって」

「何をされてたんですか?」

「ちょっとばかし調べ物をね……」


 大家がパソコンの画面を横目見ると、監視カメラの販売会社のサイトが写っていた。平井が深々とため息をついた。


「今回の事件を受けて、我が校でも監視カメラを導入せにゃいかんと、私はそう思っとるわけです。校長は予算の関係で渋るでしょうが……これだけの事件が起きたんだ。今回ばかりは、首を縦に振るでしょうな」

「なるほど、それはいい心がけですね」

 もっとも、一手遅かったようだが。

「それからこれ! 見てください」

 平井は机の脇に置かれていた特殊警棒を、嬉しそうに見せて来た。


「個人的に買ったんです。卑劣な殺人鬼が、いつ学校に侵入してくるか分からんですからな。いざと言う時のために、警棒術も習う予定です。他の先生方は、私のことを時代遅れの熱血だとかやり過ぎだと言いますがね。しかし、こういうことはやり過ぎて何の損がありましょう。防犯意識は大切ですよ。生徒を守るのが教師の務めでしょうが」

 先生と呼ばれる奴らの話はどうしてこう、長くてつまらないのだろうか。とはおくびにも出さなかった。

「素晴らしいですね。平井先生は教師の鑑ですよ」

「いやぁ……刑事さんだって大変でしょう。犯人はまだ見つからんのですか」


 平井が照れ笑いを誤魔化すように顔を背けた。煽てられるのはどうやら不慣れのようだ。平井は机に向き直ると、パソコンを操作し、殺人事件のニュース記事を検索し始めた。大家は肩をすくめた。


「申し訳ございません。こちらも全力を尽くしているのですが」

「いえいえ、そんな! 謝らないでください。私にできることがあったら何でも言ってくださいよ。早く犯人が見つかって、事件が解決すると良いですね」

「皆さんそう仰りますがね」

 大家はため息をつき、ホルスターから拳銃を抜き取った。生徒のいじめも見抜けなかった無能教師が。貴様も粛清対象だ。


「犯人が見つかったからと言って、それで終わりじゃありません。ミステリー小説と違って、実際は……」


 そう言いながら、平井の後頭部に銃口を押し当てる。


「……犯人が見つかってからが、本番ですから」

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