第十五話
「どうなってんだよ、クソ!」
鳴り止まぬ無線連絡に、高杉が苛立った調子で己の太ももを叩いた。
「これで3件目だぞ。今日だけで!」
「次から次に、模倣犯が現れてる感じですね」
ハンドルを切りながら、大家も流石に疲れた様子で応じる。立て続けに起きた不審者や通り魔の情報。犯人はいずれも、白昼堂々刃物を持ち歩き、道行く人々に襲いかかっていた。しかも奇妙なことに、取り押さえられたほとんどがS市に何の所縁もない、県外からの来訪者だった。
「またネットで妙な誘いとか、犯罪の募集とかあったんじゃないですか?」
「ざっけんじゃねえぞ、今すぐ※※※※※……」
それからしばらく、高杉がおよそ警察官にあるまじき発言を繰り返したので、大家は念のため無線を切った。パトカーが風を切り、街中を猛スピードで突っ切っていく。赤いサイレンの音が遥か後方へ吹き飛んでいった。
「はぁ……はぁ……オイ」
高杉が煙草を咥えながらギロリと隣を睨んだ。
「あっちの方はどうなった?」
「あっち?」
「少年Aだよ。まだ起きねえのか」
「……A太くんですか」
大家も難しそうな顔をした。A太は街外れの鉄橋から飛び降り、意識不明のまま病院に運ばれた。辛うじて一命は取り止めたものの、外傷が酷く、まだ目を覚ます様子はない。
飛び降りた理由は未だ分からない。だが、学校への聞き込みから、どうやら彼は亡くなった被害者からいじめを受けていた事が分かってきた。報道では、彼がSに誹謗中傷を繰り返していた、とのことだったが……加害者がいつの間にか被害者になり、被害者がいつの間にか加害者になる。こういうケースはいじめでは珍しくない。
「X。お前、様子見てこい」
「え……僕がですか?」
大家が目を丸くした。高杉は有無を言わさなかった。
「嗚呼。※※※の方は、俺が何とかすっから。運転変われ」
「でも……タカさんが見に行けば良いじゃないですか」
「ガキの相手は苦手なんだよ。良いから止めろ」
クラウンが急停止する。それから碌な挨拶もなく、フルスロットルで遠ざかっていく高杉を見送りながら、大家は小さくため息をついた。
「……仕方ない、か」
A太のことは、勿論大家もずっと気にかけていた。直接会う事は避けていたが、仕事なら仕方ないのかもしれない。その足で病院に向かうことにする。空にはいつのまにか厚い雲が広がり、これから一雨来そうな具合だった。
総合病院はS市の中心部にあった。何とか雨に降られる前にたどり着いた大家は、革靴の音を響かせ、まっすぐ病室へと向かった。
「ぁ……」
「……A太くん、だね」
音を立てないようそっと扉を開けると、ちょうど目を覚ましたところだったらしい。薄暗い部屋の中で、ベッドの上に横たわった少年が、ぼんやりとした表情で大家を見ていた。部屋には他に誰もいない。
「あなたは……?」
「初めまして。S県警の大家です」
大家は警察手帳を取り出し、爽やかな笑顔を振り巻いた。そう、これが初めまして、ということになる。大家は勿論、A太のことをずっと前から知っていたが。取り調べの時も、大家は色々理由をつけてA太の時だけ席を外させてもらった。
「……警察?」
「そう。高杉さんの部下だよ。生徒指導室であったろう?」
少年の目が虚空を彷徨い、警戒心を露わにする。無理もない。同級生があんな無残な方法で殺されたのだ。挙句犯人と決めつけられ、いわれなき誹謗中傷に晒されて。どれだけ精神的に負担だったか。大家の胸にも、こみ上げてくるものがあった。
「……安心してくれ。僕は君の味方だ」
「味方……?」
「そうさ。世間じゃ君が犯人だ、なんていってるけど……僕は真実を知ってる」
「真実?」
カーテンは締め切られ、向こう側の窓から薄く光が滲んでいた。未だ夢の中にいるような顔をしたA太に、大家が笑顔のまま、ゆっくりと歩み寄った。
「……何を隠そう、僕も昔いじめられててね」
「ぇ……」
「嗚呼、そうさ。昔は校内暴力が盛んで、酷いもんだった。子供同士の喧嘩……なんて親はよくいうけどね、だけどいじめらてる方からすりゃ、本当に、死ぬんじゃないかってくらい怖かったね」
「…………」
「だから僕には君の気持ちが分かる。君も、いじめられてたんだろう?」
その時、大家の肩にぶら下げていた無線が怒鳴り声を上げた。
『オイ、X!』
「タカさん」
『そっちはどうなってる!? 起きたのか!?』
「ええ。起きました。安心してください」
それからしばらく雑音が続き、無線は途絶えた。大家が顔を上げると、A太が目を丸くしてこちらを見ていた。
「X……?」
「ん? 嗚呼。大家楠雄だから、X。先輩からはそう呼ばれてるよ」
「あなたが……?」
A太がゴクリと唾を飲み込んだ。大家は肩をすくめた。
「本当は直接会うつもりはなかったんだけどね」
「あ……あなたが」
「だってそうだろう。直接会うと、色々説明しなきゃ行けなくなる。君を巻き込むことになってしまう……」
「あなたが……」
「安心してくれ。僕らの仲間は今のところ順調にやってる。ニュースを見ただろう?」
「は……?」
少年がぽかんと口を開けた。大家はクスクス笑った。
「Sの斬首。Bの轢死。君の敵は、僕らがきちんとやっつけてあげたよ」
「はい……?」
「それに、ネットで募集したら、君のために同志たちが大勢集まってくれた! この街から、いじめっ子を撲滅するために!」
「何を言って……?」
すると、今度はA太の方の携帯が鳴り出した。
「……あなたがXじゃないんですか?」
「取らなくていいのかい? 病院じゃ携帯電話の使用は禁止だけど、なぁに、気にするな。僕のことは、警察官だと思わなくていい」
「あなたは……?」
そう呟いて、A太は弾かれたようにスマホに飛びついた。真っ黒な長方形から、通話の主の声が大家にも漏れ聞こえる。
『オイ! 大丈夫か? A太、まだ生きてるか? 気をつけろよ、犯人がまだそこらにいるかもしれねえ……』
「大丈夫かい?」
派手な音を立て、A太の手からスマホが溢れ落ちた。それを拾い上げながら、大家は少年の肩にそっと手を置く。A太は震えながら、顔を真っ青にして大家を見上げた。
「あなた……誰?」
「僕は君の味方だよ」
大家はにっこり笑って答えた。
「君も彼らが、憎かったんだろう? 僕らと一緒に、いじめっ子を皆殺しにしようじゃないか」