第十四話
悲劇はその数日後に起きた。
S市から30kmほど離れた農村で、中学生の男子が貨物列車に轢かれて死亡した。白昼の出来事だった。亡くなったのはBという名の、先日S市内で殺された少年の同級生。被害者のSとBは仲が良く、自宅に遺書の類は残されていなかった。
「単なる自殺……ではなさそうですよね」
黄色いテープを潜り、現場の様子を眺めながら、大家が隣に尋ねた。
「カメラのある地元の駅を避けて、わざわざ無人駅まで出向いて自ら死を選ぶ。怪しいと思いませんか?」
「フン」
カメラ解析の結果、Bが地元のS駅を利用した様子は写っていなかった。見た者もいない。またバスやタクシーなど、公共の交通機関を使った記録もなかった。最後に被害者が目撃されたのは、前日、家族と一緒に朝食を食べた時だった。それ以降、Bの足取りは掴めない。
「誰にも目撃されず30kmもの距離を歩くというのは、中々現実的ではありませんよ。つまり犯人に連れてこられた可能性が高い」
「…………」
「この間の事件と同一犯だと思いますか?」
大家は周囲を見渡した。彼が現場に到着した時は、すっかり夜になっていた。近くに住宅街はなく、目の前には雑木林が広がっている。駅は1時間に1本鈍行が停まるような無人駅で、狭い通路に自動改札が一つ置かれていた。これでは目撃者も見込めないだろう。
「あの手の輩は、やたら自分の手柄をアピールしたがるもんだと思ってたがな」
気に入らねえ、といった表情で高杉が目を細めた。確かに被害者同士で繋がりはある。しかし、一方は斬首で、もう一方は自殺とも他殺とも取れない、微妙なところだった。
「Bに自殺する動機なんかないだろう?」
「どうでしょうね。同級生が殺されて、平常心でいろという方が難しいんじゃないですか」
「これが連続殺人だったとして、先ずあれだけ派手に殺しててよ。次は自殺に見せかけて……っていうのも引っかかるな」
「だけど、死体はある意味で首を斬られるより悲惨な目に遭ってますよ」
時速100キロ近くでぶつかった数100トンの鉄の塊は、死体を粉々に磨り潰していた。
「原型を留めていませんから。写真見ます?」
「いい、いい。夢に出てきちまう。それより、被害者の携帯電話には、何かやり取りなどは残ってなかったんだな?」
「ええ。あの事件以来、生徒たちは自宅待機でしたから、中々外に出ることもありませんでした」
「じゃあどうして、Bは外に出てきて、尚且つこんなところで死んだんだ?」
高杉の疑問も尤もだった。電話やメールの痕跡もない。無理やり誘拐などすれば、いくらなんでも人目についてしまう。大家は口元に手をやった。
「考えられるとすれば……犯人は被害者と顔見知りだった、とか。電話やメールではなく、直接家に出向いたんでしょう」
「もう一度生徒たちに話を聞く必要があるな」
高杉が唸り声を上げ、大きな瞳を動かした。
その時だった。錆びついたフェンスの向こうに、黒い影が現場をジッと見つめて佇んでいた。頭まですっぽりとフードを被った、黒いパーカーの男。細身で、背はそれほど高くない。ほとんど闇に同化するようで、注視して見なければ気付けないほどだった。
「……待て!」
男がスッ……とその場から離れようとしたのを見て、高杉が鋭い声を上げた。そばにいた大勢の警察官が何事かと目を瞬かせる。
「そこの男だ! 捕まえろ!」
高杉は自動改札まで回らず、金網に駆け寄ると、そのままよじ登り始めた。だが彼がアスファルトに着地した頃には、男は雑木林の中に颯爽と姿を消してしまっていた。
「タカさん!」
「見失った……」
高杉が自分の膝を拳で叩いて悔しがった。
「今のアイツ……こっちを覗いてやがった」
「もしかして犯人ですかね?」
「分からん。とにかく……」
追いついてきた大家を見上げ、高杉は大きく息を吐き出し、汗を拭った。
「もう一度生徒たちを集めろ。詳しく話を聞いてみよう」
だが結局それは叶わなかった。次の日、また別の町で被害者の同級生が鉄橋から飛び降り自殺を図ったのだ。飛び降りたのは、A太という少年だった。