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少年X  作者: てこ/ひかり
14/22

第十三話

「これ見てください、タカさん」


 そう言って大家がスマホを差し出した。黒く光る画面の中に、細々とした文字がつらつらと踊っている。高杉は助手席で踏ん反り返ったまま、たちまち顔をしかめた。


「何だそりゃ」

「学校の裏サイトですよ。事件があってから、相当盛り上がってるみたいで」

「読めん」


 もうすぐ50代に差し掛かろうとしていた高杉は途方に暮れた。目を梅干しのようにする高杉に代わり、大家が苦笑しながら匿名掲示板を読み上げる。2人は大型ショッピングモールの駐車場にクラウンを止め、密かに買い物客を観察しているところだった。


 大家が読み上げた書き込みは「同じクラスの〇〇がウザい」とか「担任の〇〇は不倫している」とか、不平不満愚痴陰口がほとんどだった。高杉はますます顔をしかめた。最近の学生は匿名で人の悪口を言うのが当たり前なのだろうか?


「別に学生に限りませんよ。大の大人が、誹謗中傷で訴訟されてる時代ですから」

「昔は『口は災いの元』なんて言ったもんだが、今じゃ『手は災いの元』だな」

「その中で今一番耳目を集めているのがこの書き込みです。


 ……『犯人を捕まえてくれたら100万円差し上げます』……。


 元はどっかの学生が匿名で、何となしに書いたものらしいのですが」

 大家は眉をひそめた。高杉は欠伸しながら鼻毛を抜いた。


「『100万』ねえ。是非臨時ボーナスでいただきたいもんだな。それがどうした?」

「これがまた、匿名の誰かの目に止まったらしくて。SNSやらブログやらで、拡散されてるみたいなんですよね」


 大家は画面を切り替え、『今話題の呟き』を見せてくれた。同じ文面に、数万単位の「いいね」が集まり、その下には『犯人を見つけ次第殺せ』、『卑劣な殺人鬼に死を!』と言った過激なコメントがぶら下がっている。


「……これを面白がったまた別の暇人がですね、実際にカンパを募りまして……現在集まった金額は、3000万を超えています」

「何!?」


 高杉も流石に驚いて身を起こした。


「まずいな……」

「でしょう?」

 2人は目線が交錯する。

「こう言った金額に目が眩み、実際に私刑を実行する輩が出てこないとも限りません。むしろネット上では、私刑が日常茶飯事ですから」

「バカが真に受けて、この街にやってくるってのかよ。クソ!」

「たとえ捕まえられなくても、『犯人探し』の動画で一儲けできる……とでも考えてるんじゃないですか?」

「面倒なことになってきたな」


 高杉が深々とため息を漏らした。昔から野次馬はいた。探偵気取りの野次馬が、事件の解決に役立ったことは一度もない。現実は推理ドラマとは違うのである。


「探偵気取りならまだ良いですけどね」

 大家もまた憂鬱そうに目を細めた。

「事件に触発された犯罪者予備軍が、我も我もと模倣犯をやりだしたら目も当てられませんよ。ネガティブな事物ほど得てして引力を持ってますからね」

「指紋の照合はどうなった?」


 高杉の目つきが鋭くなった。また一段階ギアを上げてきた、そんな感じだ。学生たちに事情聴取を行い、その際指紋を取っていた。あれから5日経ち、そろそろ結果が出る頃だ。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 大家がデータを開きながら、高杉に手渡した。高杉は意外そうな顔をした。


「全員シロか?」

「ABCDEFG、7人ともシロです」

「……大きさから、ガキのモンだと思ったんだがな。俺の勘も鈍くなったもんだ」

「手の小さい人だっていますからね……」


 苦笑しながらスマホを取り返そうとする大家の手を、高杉がはたと掴んだ。


「……なんですか?」

「…………」


 車内がシン……と静まり返った。ベテランの域に差し掛かったその道一筋の刑事が、一回り以上年下の部下の目をじっと覗き込む。


「一番適合していたのは?」

「…………」

「完全一致じゃなくて良い。一番近かったのは誰だ?」

「一番は……A太くんですね。1()0()()()()()です」

 大家がデータを参照しながら答えた。


「だけど、日本じゃ1()2()()()()()一致しないと、本人とは認められません」

「分かってる。だが……」

 高杉は爪を噛んだ。10箇所は、ほとんど合っているようなものではないか? 確かに基準値以下ではあるが……指の傷や摩擦、やけどなどで特徴が消える場合も当然ある。生徒たちには指紋の件は言っていなかったから、準備や対策などできなかったはずだ。


 誰かが事前に教えでもしない限り。


「まさか……」

 大家が眉を吊り上げた。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? いくら何でも……」

「分かってるよ」


 高杉は窓の外を見た。夕方の駐車場にはだんだんと人や車が増え始めていた。陽が沈む。街を夜が覆っていく。何かを隠すように。何かを惑わすように。


「俺の考え過ぎ……だ」


 シートに背を預けながら、高杉は嗤った。隣から大家が探るようにじっと見つめていたことを、彼はとうとう気付かなかった。

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