計画と準備5
「ああ、やっぱり」
佐々木は冷蔵庫を見た。
「どうかしたのか?」
「これで犯人が絞り込めるかもしれません。」
羽島は驚いた顔はしないものの、目は輝いている。
「本当か?どうやって?」
「まず順を追って説明します。先輩はこの事件において、武田が自らケーキを食べたと思いますか?」
「ああ、そうだろうよ。ケーキは賞味期限ギリギリだぞ。ケーキを買ってきてその後思い出して食った。ってことだろう。だが、不幸にも思い出して、食べようとしたケーキが毒入りだった。ってとこだろうな。」
「ええ、普通はそう考えるでしょう。ですが、そう考えると多くの矛盾点がでてきます。例えば、ケーキはどのように毒を入れられたのか。」
「そんなもの、ケーキ屋に細工させたか、もしくはケーキを渡した奴が細工したんだろう。」
「いえ、そう考えるとおかしな点に気付くのです。
私は先ほど冷蔵庫を見て見ました。
すると、買いだめしておいたのか、冷蔵庫にケーキが入るスペースはありませんでした。
ここからは二つの分岐点に別れます。
一つは仕事帰りにたくさんの買い物をしてきて、冷蔵庫に入れようとしたときにケーキを食べようとし、ケーキと入れ換える形で冷蔵庫が満杯になった。
二つ目はそもそも満杯であった。と考えてみましょう。
この仮説は意外に正しいかも知れません。
それは被害者の死亡推定時刻は『月曜日』の夜となっています。
ですから、たくさんの買い物を『日曜日』にした。
という仮説です。
詳しくは当日の被害者の行動を見てみるしかありませんが、我々警察の仕事は仕事帰りにたくさんの買い物をする余裕なんてありません。となれば、日曜日もしくは土曜日にたくさんの買い物を買い物をしたと考えてもよいはずです。」
「ということは!…どういうことだ?」
まあ無理もないだろう。ここでわかったら私はいらない。と佐々木は思う。
「もし、二つ目が正しいなら、元々冷蔵庫が満杯であったなら、買ってきてそのまま食べたか、誰かにもらったかです。ですが、最初の『買ってきた』はおかしいということがわかります。それは、一つ目を警察の仕事が忙しかったことで、省いたからです。
となると、どういうことがわかるのか。それは犯人が武田の部屋まで持ってきたということになります。」
「ああ、だが、それじゃ捜査範囲は縮まらんだろう。勿論、犯人のしぼり込みもだ。」
佐々木は思う。
普通の人間ならわからないだろうが、佐々木にはわかる。
羽島、佐々木コンビがなぜうまくいかというと、佐々木が異常すぎるくらい神経質すぎるところがあるからだ。
また、羽島の勘が100パーセントと言ってもいいほど当たるというところもあるだろう。
佐々木は気になることがあると解決するまでは
落ち着かないたちだ。
そんなとき、羽島の経験則で、「あいつはクロだ」と言われると、そこを探って推理を巡らせることができるため比較的早期解決に持ち込みやすい。
昔の羽島は今のように勘があたるような刑事ではなく、とにかく現場に足を運んで先輩刑事の立ち回りを見ていたようだ。
佐々木にとってはそれは考えられないことである上、非効率的だ。
見習おうとは思わないが尊敬に値するとは思う。
しかし、連れ回されるのは不本意だったが、今回はそれが吉とでたようだ。
冷蔵庫を確かめたときから何かが引っ掛かっており、それが解けた。
「あくまでも仮定ですが、今までに推測できたことを整理してみます。被害者の武田は月曜の帰宅後ケーキ食べた。すなわち武田は何らかの方法でケーキを調達している。また、毒は引き出しの中にあった。つまり誰かが引き出しの中に毒をいれた。以上のことから何がわかると思いますか?そしてもう一つ追加の情報を、私たちがマンションに入るとき、どこにも防犯カメラはなかったのです。」
「毒は犯人がケーキを持ってきた時にこっそりと棚にいれたんだろう。防犯カメラがないことから犯人の絞り込みはできないはずだ。」
「いいえそんなことはありません。今までの推測でわかったことですが、武田はケーキを誰かから持ってこられた。そしてそのときに犯人は毒を棚にいれた。ですから、犯人は自然と武田の部屋に入った者ということになります。」
「ああ、だが、それでは何も絞り込めないだろう。」
羽島は苛立ちを隠そうともしない。まあ仕方ないだろう。
「ですが、まだありますよ。この家には不自然なことがあります。武田の部屋に入れたのは武田の友人もしくは仕事仲間等ですが、フォークや皿は武田の分しかなかったのです。持ってきてくれたケーキを果たして相手の目の前で堂々と食べれるでしょうか。」
「それは武田が一人で食っちまうやつだったからじゃないのか。そんなことじゃ証拠にならないぞ。」
「ええ。そうかもしれません。もし武田が一人でケーキを食べようとします。しかし、まだおかしなことがあります。それは、飲み物の数です。部屋には一つのコップに牛乳が一杯分入っていたのみです。おかしいですね。二人の人間に一つのコップ。これは犯人に飲み物を出す必要がなかったことを意味します。」
「それでどうした。細かいことはさっぱりわからんぞ。」
羽島の勘の正確さには尊敬するが、それを証明できなければ意味がない。少しは頑張ってほしいものだが…
「飲み物を出す必要がなかった。すなわち『出せなかった。』ということですが、結論を焦らずここで一度インターフォンについて考えてみましょう。このマンションのインターフォンはカメラがなく、相手の顔が見えません。ですから、自分で玄関まで行って覗き窓で確認する必要があります。ここでは少なくとも声だけは武田が知っている人でなければなりません。しかし、録音した声ではばれてしまいます。なので、インターフォンを押した人物は武田の関係者である必要があります。次に、仮にインターフォンにカメラ機能があった場合となかった場合を比較してみます。
あった場合、カメラの視野は広いものですから必ず顔全体が見えてしまいます。
一方で、カメラ機能がなく覗き窓を使用した場合、視野は狭いものとなります。顔の全体像が掴めない場合もあるでしょう。最悪、犯人は死角にいれば良いのです。
以上のことから犯人は武田の親友である必要はなくなるのです。
では武田が扉を開けた場面から考えます。武田はさぞ驚いたことでしょう。」
ここで佐々木は言葉を止める。羽島の様子を窺ってみるが何を言いたいのかわからないという顔だ。まあ仕方ない。
「なぜだ?」
「なぜなら最低でも関係者であったはずの人が『拳銃を自分に向けている』からですよ。」