終結1
佐々木は羽島に仮説を伝える。
「今回の事件の容疑者は東村刑事、伊々橋刑事、吉川刑事、細崎刑事です。
ここで大事なのは誰に犯行が出来たかです。
始めに、四人には共通で鉄壁のアリバイがあると思われました。
アリバイがあるので動機の線から犯人を推し量ろうとしましたがそれは不可能でした。
四人のうち動機があるのは二人だけでした。
まず吉川さんから、東村刑事と、武田刑事の口論が報告されましたが、それぞれ捜査方針の行き違いで口論になったようです。
また、三集警部からは、吉川刑事と武田刑事の口論も報告されていますが、こちらも、キャリアとノンキャリアの行き違いで起こったようなものです。動機としては不十分です。」
ここで一旦止めて、羽島の顔を盗み見る。
今のところ反論はなさそうだ。
羽島は佐々木に黙って先を促す。
「そのための私は動機が犯人とは全く関わりの無い人物によるものだと考えました。すなわち第三者の関与です。すると毒の入手方法や、殺害方法の提案などいろいろになことに説明がつきます。」
ここで羽島が言う。
「そうなら、動機で犯人を見つけることは難しいだろうな。何せ第三者の関与なら誰でも説明がつくわけだ。」
「ええ。ですから、どのみち動機からの推理はできません。となると、アリバイを崩すことが必要です。ここでもう一度容疑者たちの行動を確認してみます。ですが、その前に一つ前提条件があります。」
「なんだ?」
「今回の事件では正確な時間が必要です。そのため、早田署から早田駅までを徒歩20分早田署からマンションまでを徒歩10分、早田駅からマンションまでを足して、30分とします。警部補どうでしょうか?」
「ああ、大体あってるんじゃないか。」
「容疑者たちのアリバイはいたってシンプルなものです。20時30分には早田署を出発し、23時50分には店を出ています。彼らが行ったのは二つの店です。一つは焼鳥屋ですね。これです。」
羽島に店の写真を見せる。この店はもともと羽島に教えてもらったものだった。
「ああ、ここか。ここなら知ってるぞ。」
次に二軒目をみせる。
「ここは最近オープンしたばかりの店なのですが知っていますか?」
羽島は少し考えたあと言う。
「いや、知らん。何か関係あるのか?」
「私が注目したのは一件目にはあって二軒目にはなかったものです。」
「なんだ?」
「トイレですよ。警部補。」
「うん?トイレか?そんなの早田駅の地下街なんだから近くにあるだろうよ。」
「ええ。私はこの一見、鉄壁のアリバイを崩す鍵は店にトイレがあるかどうかにかかっていると思いました。そもそも、『歓迎会』にいたメンバーから一人で抜け出せた可能性はそれしかありませんでしたから。そこで確認してみると、23時ちょうどに細崎刑事が、23時5分に伊々橋刑事が、23時10分に吉川刑事がトイレに行くためと席を立っています。鍵はここです。二軒目で、店内に、トイレが無いため、三人はこの時、店から出ています。ここで犯人は武田を殺しに行ったのだと思います。」
「そんなことが可能なのか?
もちろんその三人は5分やそこらで帰ってきたんだろ?」
「いえ、私はそう思いませんよ。」
佐々木は笑いを浮かべる。
羽島は苛立ちながら続きを促す
「この中の三人のうちの誰かは入れ替わっていたのですよ。赤の他人に。」
羽島が目を剥く。そんなことがあってたまるか。といったところだ。
「そんな、馬鹿なことがあるか!何か証拠はなくても根拠はあるんだろうな。」
「あります。言ってしまえば、それ以外の可能性がないからです。残った可能性がこれでした。となると、どうやって犯人の代わりの人物は犯人本人のように振る舞えたのでしょうか。
答えは私たちの身近にあったものでした。
そう、マスクです。マスクをキーとしてこの事件を考えてみます。細崎、伊々橋、吉川刑事は始め、インフルエンザ対策のためかマスクをしていました。しかし、二軒目からは苦しかったのか、飲み辛かったのか、マスクを二人がはずしていました。それは、吉川刑事と、細崎刑事です。となると、残る伊々橋刑事が犯人となります。」
ここで、羽島が疑問を口にする。
「顔は隠せても体つきは隠せないだろ。似た体つきの人間を探すのは一苦労だぞ。」
「ええ。ですから、伊々橋刑事はトイレから帰ってきた後、終止上着を着ていたのですよ。上着がある状態なら多少の体格差はごまかすことが出来ます。
証拠も揃う予定です。というのも、鑑識に聞いてみると、最近は、店内の防犯カメラの映像を解析することで、耳の形や体格差を確認することが出来るそうです。伊々橋刑事の直接的な犯行の証拠ではありませんが、決定的証拠とみて間違いはないでしょう。」
羽島はどうやら納得したようだった。
佐々木の予想道理だった。
羽島は伊々橋をひそかに尊敬していたのだが、マスクを着けていたのは完全犯罪のためか、と落胆した。
「ところで、佐々木。カメラの映像には劣るが、もう一つ証拠は欲しくないか?」
佐々木は見落としがあったかと焦る。
「お前の見落としとかじゃあないが、鑑識にもう画像解析の要請は出したんだろう。結果が出るまでの暇潰しだ。俺も、店内の防犯カメラを見た。東村のパンフレットに全員が目を通していただろ。それは三人がトイレから帰ってきた後だった。だから、お前の仮説が正しけば、伊々橋はパンフレットに目を通していないことになる。万が一目を通していたとしても、ほら、見てみろ。伊々橋の机にはご丁寧にパンフレットが置いてある。あいつ以外の指紋が見つかれば証拠にもなるだろ?」
そう言って羽島は三集班の伊々橋刑事のところへ行く。佐々木も慌てて着いていく。
「伊々橋刑事、失礼、警部補の羽島というものだ。」
伊々橋は緊張して、固まっているが、数秒間の沈黙の後、正気に戻ったようだ。
「はい!羽島警部補。ご用は何でしょうか。」
落ち着いた見た目に反して、声は上ずっており、これから彼女が糾弾されていくのは少しばかり気が引けた。
「君は東村君の捜査ポリシーを知っているかね?」
伊々橋は返事に窮する。
詰めが甘い。佐々木はそう思った。普通の刑事相手なら十分だろうが、羽島相手では先手を打ってパンフレットの中身まで目を通しておく必要があるのだ。
「わ、かりません。申し訳ないです。」
「そうか、それならいいんだ。あいつは昔っから変なポリシーを持っててな、容疑者を百人のレベルまで拡大するんだ。そんなの迷惑極まりない話だろう?
おっと、それは東村の自己啓発本かな?少しかりてみても?」
伊々橋は羽島の狙いを察知したようだ。だが、もう遅い。後悔先に立たずだ。
「どうした?伊々橋刑事。何か、貸せない理由でもあるのか?」
羽島が一気に畳み掛ける。これには佐々木も恐怖を感じる。
効果は覿面で、伊々橋はおどおどしている。
「い、いえ。警部補お貸しします。」
彼女はそういって去っていった。とにかくこの場にいたくなかったのだろう。
「これは鑑識に出しておく。ビデオの解析結果が出たら教えてくれ。ご苦労だったな。」
羽島から労いの言葉が出るのは数少ないものだった。
「いえ!警部補こそ、お疲れさまでした。」