第8話 ありがちパターンです???
「エメルダ‼貴様、俺のアリスに向かって暴言を吐いたそうだな‼」
金髪碧眼の見目麗しいクライス殿下が私、エメルダ・オーウェンに向かって叫んだ。
例によって、ピンク色の髪色をしたアリス・キャメルの肩を抱いている。
私は今日も今日とて、王立学園の校庭で殿下からさらし者にされていた。
「殿下、一度話を聞いてくだ」
「クライス様‼エメルダ様は悪くないのです!全て私が‼私が可愛いから‼」
おっとぉ、その言葉、前世で聞いてみたいトップ10に入っていたけれど、まさか本当に聞ける日が来るとは!
「あぁ!可愛いアリス‼君はなんて優しいんだ‼」
今、アリスの言葉に優しさってありました?
いや、エメルダ様は悪くないのです!の所か、その後が強烈過ぎたけど。
ヒシッと2人が抱き合う。
「エメルダ・オーウェン‼覚悟しておくが良い!殿下とアリスを傷つけた罪は重い‼」
エレンが私と殿下の間に立ちふさがって見下ろしてくる。
「ソ、ソウダ!お……お前が!…………お前が、えっと……」
クリスもしどろもどろになりながらエレンの横に並び立つ。
クリス‼頑張って‼
『お前が全ての元凶だ!消えろ!』よ‼
心の中でクリスに声援を送るがクリスには伝わらない。
「この悪女が‼殿下の前から消え失せろ!」
『セリフ』を忘れてしまったクリスに代わり、エレンが私の退場を促す。
ナイスアシスト!
私は俯き淑女の礼だけを取り、校庭から逃げるように立ち去る。
生徒の視線は私に集中し、そのまま私は人目を避ける様に階段を上って空き教室に入った。
空き教室では、口元に手を当て必死に笑いをこらえている、銀髪に新緑の瞳を持つ可愛い青年が居た。
彼はここの学生ではないが、制服を手配したらしく学園の制服を着ている。
「おつかれ、エメルダ。本当にいつもあんなことやってたの?プッ……クフッ笑い堪えるのに腹筋が痛いんだけど」
「だいたいあんな感じ。大声出して笑ったら見つかるわよ、リント、抑えて」
リントは涙目になりながらクスクスと笑っている。
必死にこらえている姿も可愛い。
いや、そうではなくて……。
私はリントと共に窓際に立った。
この2階の空き教室からはいつも殿下、アリス、エレン、クリスがたむろしている校庭のベンチが見える。
そして、もうお気づきだろうがこれはアリス以外お芝居だ。
話は3日前、アリスと前王家の繋がりを知り、リントと別れた後まで遡る。
「そんな、アリスが……」
エレンから一連の事情を説明してもらい、殿下は絶句していた。
そういえば……。
「殿下が口にする前に毒見はされなかったんですか?」
「いや、俺とエレンがしていた」
クリスが手を挙げた。
あぁ、納得!だからこの2人も豹変していたのね。
「エメルダ、すまなかった……本当に……」
殿下は可哀そうになるくらいに、元気を無くして私に深々と頭を下げた。
私はエレンとクリスの2人の謝罪を受け入れた。
でも、殿下には違う対応をしようと思っていた。
それは殿下が国の第一王子だから。
たとえ、薬を盛られていた結果だとしても地位ある者の行動には責任が伴う。
この場合、毒見をさせてもう少し待ってクリスとエレンの様子見でもよかったし、2人の反応に異変を感じなかった殿下は責任があると思う。
だからこそ、この頭を下げる謝罪だけで終わらせることはしない。
「殿下、頭を上げてください。謝罪については私から出す2つのお願いを叶えてくだされば私は全て水に流します。私にこの件で頭を下げる必要もありません」
「「「2つのお願い?」」」
3人が私を怪訝そうに見る。
国の第一王子が頭を下げているのに何を要求するんだと。
いや、本当に反省してる?
前世だったら名誉棄損しまくりで訴えられているし、第一王子から反感を買っているということでお父様の事業にも支障がでているんだからね??
謝罪は頭を下げて終わりではなくて、事態の収拾までがセットですから‼
まぁ、でも今はそれどころじゃない。
「お願いについては後ほどお話しましょう。大丈夫です。何かを買って欲しいとかそういった類ではないのでかかる費用などもたかが知れています。それよりもアリスさんのこと、どうしますか?」
「あ、あぁ今から騎士団に捕まえさせよう」
殿下が頭を上げて未練たらたらの表情で呟いた。
そこに待ったをかけたのはエレンだった。
「待ってください殿下、今のままでは証拠不十分になります」
エレンはリントと同じ緑の思慮深い眼を光らせて、眼鏡を中指で押し上げた。
「現在の彼女の罪はあくまでも、エメルダ嬢に対する不敬罪です。前王家との関係はブレスレットが示していますが、それだけです」
「と、いうと?」
殿下は頭に?マークが飛んでいる。
恐らく殿下が一番マフィンを食べたから頭の回転が鈍くなっている。
エレンの言いたいことを私が引き継いだ。
エレンは頭が良すぎる分、偶に言葉足らずになるのだ。
「『マフィンに薬を仕込みそれを殿下に食べさせた』という証拠が今はありません。今、分かっているのは彼女が薬の知識を持っているかもしれないこと、そしてそれを殿下に食べさせることが出来た『かもしれない』というだけです」
そう、薬の知識があり、それを仕込める状況だからと言ってその現場を誰も見ていないし、証拠も食べてしまって手元に無い。
どんな薬なのかが分からない以上、検査もしようがない。
そもそも、この世界に検査で何かが出てくるという概念があるのかも怪しいが。
殿下は腕を組み、唸った。
「では…………陛下に相談して年若い騎士を借りよう。それと少し泳がせて俺に渡すマフィンに毒を仕込み、俺が食べる寸前まで芝居を打とう…………エメルダ、本当に申し訳ないんだが……」
私はコクンと頷いた。
「はい、もうしばらく濡れ衣を被り、悪役令嬢を演じます」
「すまない」
殿下がまた、頭を下げようとするので私は殿下に近づいてそれを制した。
「殿下、お伝えしたはずです。私の2つのお願いを叶えていただけるのなら、もうこの件で頭を下げる必要はありません」
困惑している殿下に私はにっこりと微笑んだ。
殿下が私の顔を見て、ビクリと震える。
あぁ、私今とっても悪い顔をしてる。
こんな顔、リントには見せられないわね。
そして、現在に至る。
校庭のベンチでアリスは殿下に腕を絡ませながらも器用にマフィンを鞄から取り出す。
あのマフィンには既にアリスの実家で調合された薬が含まれていることが、変装や隠れていた騎士によって確認されている。
殿下に毒入りマフィンを渡し、殿下が口をつけようとしたその瞬間、エレンが手を挙げて合図を出した。
瞬時にクリスがアリスの腕を掴み、拘束する。
生徒に扮していた騎士も数人やってきて、アリスは喚いていたが呆気なく連行された。
今頃キャメル男爵家では男爵やその妻、使用人含めて全員が取り押さえられ、薬も押収されているはずだ。
スリッと何かが手に触れてきた。
驚いて手元を見ると、リントが私の手を取っている。
まるで恋人の様に指を絡め、私の手はリントの胸に引き寄せられる。
いや、めちゃくちゃ恥ずかしい。
嫌じゃないですけど‼‼
自分でも顔が熱くなってくるのが分かる。
「リ、リント?」
私の心境などお構いなしに、リントは笑っているのに眉を垂らした泣きそうな顔をして、私の手を自身の心臓の上に当てる。
リントの鼓動が手の甲に感じられた。
「エメルダ好きだよ。だから…………」
握られた掌も、胸に押し当てられた手の甲も、その美しい新緑のまなざしも全てが熱い。
私はリントの欲しい言葉を分かっていながら、スッと手を離した。
何せまだ殿下と婚約中だ。
リントの気持ちに応えるわけにはいかない。
気持ちに言葉で答えない代わりにその熱い瞳を正面から受け止める。
私は後日、殿下と共に陛下に謁見する。
殿下から婚約破棄の件がどこまで伝わっているのか分からないが、私に出来る準備はした。
「大丈夫よ、出来るだけのことはしたの」
私がリントを安心させるように微笑むと、リントも私の大好きな可愛い笑顔を返してくれた。
あぁ!やっぱりリントは可愛い‼
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