第7話 リントの増えた感情
※リント視点です。
この話でリント視点終了です。
お茶会で、侯爵家の令嬢が持ってきたブローチが無くなった。
他の令嬢に自慢するために、家にある高価な物を内緒で持ってきたらしくかなりの騒ぎになった。
誰が盗んだんだと。
「誰よ‼誰が盗んだのよ‼」
金切り声を上げ、俺と同い年くらいの令嬢が泣き叫ぶ。
周囲もザワザワするだけで何もしない。
王宮の使用人だけが、令嬢を宥めようと必死に声をかける。
大人達はこの茶会に出席しておらず、一番身分が高く諫めなければならない立場の殿下やその側近候補の兄達は、自覚が無いのか関心が無いのか遠巻きに見ている。
でも、俺も同感だった。
そんなもの、持ってくる方が悪い。
盗まれたって仕方がないし、親に怒られるのも自業自得。
「本当に盗まれたんですか?」
凛とした、落ち着いた少女の声が響いた。
大きい声では無かったのに、周囲の人間は静まりかえる。
声の主はエメルダだ。
「何よアンタ!」
ヒステリックに騒いでいる令嬢の前に、エメルダが進み出る。
「オーウェン公爵家のエメルダです。あの、どんな風に盗まれたんですか?」
「どうもこうも無いわよ‼盗まれたのよ‼こんな時に目立とうとするなんて犯人はあんたね‼」
どんな理屈だ。
エメルダは動じずに、傍に居た使用人に何故かジュースを持ってこさせた。
「少し落ち着いて考えてみませんか?ここに居る人間は皆、身元が割れています。盗まれたなら犯人は見つかるかもしれないです。これでも飲んで」
「いらないわよ‼」
エメルダが渡そうとしたジュースを令嬢が弾き飛ばし、エメルダのドレスにかかった。
「あっ……」
俺が思うに、王宮の茶会に着てくる様なドレスはこの年齢の令嬢にとってそれは大事な物だ。
興奮していた令嬢も、エメルダが公爵家と名乗っていることもあり、一瞬にして青ざめた。
「私……、貴方が……」
震えて、言葉がとぎれとぎれになっている。
エメルダはじっと自分のドレスを見て、1人で頷くと、もう一度ジュースを持ってこさせた。
「ほら、これを飲んで少し落ち着いて。ドレスのことを悪いと思っているなら代わりに何があったかを聞かせてください。ブローチが盗まれた所を見たんですか?どんな物ですか?」
言われるがままにジュースを飲み干し、落ち着いた令嬢はポツポツと話し始めた。
「盗まれた所は……見ていないわ。サファイアで出来たブローチよ」
「最後に見たのはどこですか?」
「……あれは確か、ケーキを食べようとして、邪魔になって、でも私の服に着けることはお母さまが許してくれないだろうし、テーブルにそのまま置いておくと盗まれそうで怖くて、この辺のナプキンの中に隠して」
その場に居た全員が、そんなところに大事な物を置くなと思ったが誰も声を上げなかった。
たった一人を除いて。
「え‼」
ゆっくり令嬢が話していると、使用人の一人が驚きの声を上げた。
カッと令嬢の目の色が変わる。
「アンタが盗んだのね‼出しなさい!」
「あ、私……そんなつもりじゃ……」
「大丈夫。まだ盗んだと決まったわけじゃないから知っていることを教えて」
令嬢の背中を優しくさすりながら落ち着かせ、エメルダがゆっくりとした声で使用人に話しかけた。
「あの、そちらにあったナプキンでしたら、汚れて丸めてありましたので……そのまま洗濯に持って行きました」
「では、洗濯物を集めている所か、持って行くまでの道に落ちているかもしれませんね」
エメルダがちらりと遠巻きに居た殿下を見やる。
飲み物を持ってこさせるくらいなら王宮の使用人に指示しても良いが、それ以上は自分の領分じゃないとエメルダは考えたんだろう。
殿下もそれを察したらしく、使用人に彼女が言った所を探す様に指示をした。
すぐに洗濯物の中から見つかり、泣き叫んでいた令嬢は真っ赤になって殿下とエメルダに謝っていた。
結局は皆そのことを笑い話にしてしまったけど、俺はその光景を見てドキドキしていた。
令嬢が泣き叫んだ時、誰が洗濯物の中にブローチが入っていることを予想しただろう?
始め、全員がブローチは『盗まれたのだ』と決めつけて疑わなかった。
エメルダだけが、その事実を初めから疑っていた。
盗まれたということ自体を疑い、令嬢を落ち着かせ、事実を抜き取ったからこそ見つけることが出来たのだ。
エメルダはもしかして、普通じゃないんじゃないか?
俺の中で期待と疑念が生まれた。
エメルダが普通でないなら、俺のことを気持ち悪いと思うことも無いのではないか?
もっと一緒に居ても大丈夫なんじゃないか?
でも、もう既に嫌われてしまったかもしれない。
でも……。
俺の中でいくつもエメルダに近づくことを否定する言葉が生まれたけど、エメルダが帰ろうと背中を見せた瞬間に俺の足は勝手に動いていた。
「エメルダ‼‼」
「リント⁉」
振り返ったエメルダは目を丸くしていた。
「あの、俺あの……」
「リントごめんね、私、貴方が何に対して嫌だったのか分からないの。抱きしめたり、頭を撫でたりしたの嫌だった?だったら本当にごめんなさい」
「違う‼俺……俺は、エメルダに気持ち悪いって思われることが怖かったんだ。だから」
エメルダはきょとんとして首を傾げた。
「こんなに可愛いリントを何で気持ち悪いなんて思うの??」
「だって俺、ずっと笑顔で考えていることが分からないって言われるし、それで気持ち悪いって……」
「相手の考えていることが分からない方が普通でしょう??分かったら怖いわ」
何を当たり前なことを、とエメルダは当然の様に答える。
「……分かったら怖い?」
「えぇ、皆の考えていることが筒抜けだったらお茶会どころじゃないわ。大惨事よ」
「大惨事……そっか……大惨事…………フフッ」
俺は腹の底から温かい気持ちと一緒に笑いがこみあげてきた。
想像してしまったのだ。
皆が真正面から嫌いや好きなどを言っている光景を。
確かにそれは、お茶会どころじゃない大惨事だ。
「プッ!……クフッ!アハハ‼ハハハハ‼」
初めて、作り込まれた笑顔ではなく心の底から声をたてて笑った。
近くに居た俺を気持ち悪いと言っていた子息や令嬢、兄さえも目を見開いている。
こんなに大勢の中で一人腹を抱えて笑う俺はきっと、皆、何を考えているか分からないと思っている。
おかしい、気持ち悪い奴だと。
でも、エメルダからするとそれが普通なのだ。
エメルダと会ってから色んな初めての感情を知る。
興味、恐怖、期待、疑念、安心、喜び、楽しさ、執着。
そして、どうしようもないくらい『好き』という気持ち。
エメルダは静かに問題を解決しようとするから、あまり目立たない。
お願いだからそのまま、誰にも見つからないで。
俺だけのエメルダで居て。
そう願っていたのに、まだ時間があると思っていたらエメルダは王家と婚約してしまった。
軽いノックが聞こえ、俺は現実に引き戻される。
返事をすると茶髪に青い眼をした青年が入って来た。
「殿下、こんな時間に申し訳ございません。ご足労いただきありがとうございます」
「いや……」
俺が会いに来たのはこの国の第2王子、モルフ・ベルティオス。
兄の第一王子とは2歳差で現在16歳。
兄とは母親が違い、兄のクライスは正室である王妃が母親、このモルフは側妃を母親にもっている。
王位継承権争いは兄であるクライスがぶっちぎりで優勢だけど、まだこちらの王子も諦めてはいない。
そして、この王子の後ろ盾である側妃は社交界で影響力があり、かつ王妃よりも陛下の寵愛を受けている。
「お前はお前の兄やクリスと同じ様に、第一王子派だと思っていたがどういう風の吹きまわしだ?」
「えぇ?嫌だなぁ、私は王家に忠誠を誓っております。お二人の味方ですよ」
にっこりと微笑んでみるが、モルフは怪訝な顔をしている。
「怪しまれるのは分かりますが、今回は確実に私と殿下や側妃様と利害は一致しています。殿下、クライス殿下とエメルダ嬢の婚約について破棄を促す様に側妃様と陛下に進言していただけませんか?」
「な、なぜ……」
俺は鞄の中から書類を出して、殿下の前に置いた。
「ここ数年、オーウェン公爵家の財政は潤い、第一王子であるクライス殿下との婚約が決まってからは更に勢いづいています。
万が一にもこのままエメルダ嬢が王妃となられれば、貴族の勢力図に偏りが生じます。そうなれば、困るのは国でしょう??」
「あ、あぁ、そうだな」
モルフ殿下は公爵家の近年の動きや外側から見た財政状況の書類を受け取り、真剣に見ているがどうにも煮え切らない態度だ。
俺は笑顔で更に畳みかける。
「……と、言うのは陛下に進言する建前で、モルフ殿下への利点はオーウェン公爵家とクライス殿下の婚約が無くなればクライス殿下の後ろ盾が減るので少し有利になります」
「こちらの利点は分かったが、リント・カーティス。お前の狙いはなんだ?」
「私はエメルダが好きなんです。彼女が手に入るなら誰にでも付くし、悪魔にだって魂を売りますよ」
会ってから初めて本音を取り繕わない微笑みで言うと、モルフ殿下はビクッと震えた。
あぁ、エメルダに会ってから本当に感情が増えたな。
俺は今、エメルダには絶対に見せることの無い黒い笑顔で殿下に接している。
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