第6話 リントの思い
※リント視点です!
「好きだよエメルダ」
赤面して目を見開くエメルダに、俺はこのどうしようも無い程の気持ちが伝わる様に笑顔で言った。
あぁ、まずい。最悪だ。
俺、リント・カーティスはかつてない程に焦っていた。
エメルダは、自分がしたことに気がついていないのかもしれない。
彼女が今、前王家の関わりや薬のことを暴いたのは現王家、ひいては国を救った様なものだ。
これから殿下との婚約を破棄させるのに、こんなことをされたら王家がエメルダを手放さなくなる。
「え⁉あの、私まだ婚約中で……」
「うん、知ってる。でも今言わないといけない気がしてさ」
赤面しているエメルダに更に近づいて、兄達に聞こえない様に耳元でそっと囁いた。
「無事に殿下との婚約が無くなったら、俺を選んでよ」
にっこりと微笑むとエメルダが一瞬固まった。
あ、今俺のこと可愛いって思ったな。
自意識過剰でもなく、エメルダは本当に俺を可愛いと思っている。
そして、俺もエメルダに可愛いと言ってもらえるこの顔が結構気に入っている。
「ほら、早く戻って今分かったこと王宮に報告しないと、でしょ?」
こてんと可愛らしく首を傾げて、エメルダを出口へ誘導する。
「え、えぇ⁉そうね⁉」
動揺しながらも激しく頷くエメルダを見て、またクスクスと笑ってしまう。
どんだけ初心なの。本当に普段は綺麗なのにちょいちょい可愛い。
6年空いて、久しぶりにエメルダに会ったら今度は大人の男のかっこいい路線で行こうと思っていたが、エメルダはどうやら可愛い系が好きらしい。
だから俺はあざとくても可愛い系でいっている。
クリス兄と兄上も俺の告白で固まっていたが、エメルダが動き出すと彼らも動き出した。
兄上達の恋愛偏差値も大概低いな。
俺が居ない6年間で恋人の一人も居なかったの?
……居ないか、兄上はそういったことに興味が無いしクリス兄は、クリス兄だからなぁ。
でも、俺も恋人は今まで居たことはないけど、あれくらいで動揺するのはこれからが心配になるなぁ。
馬車までエメルダをエスコートして、4人で乗った。
「俺、王宮に着いたらちょっとやることあるからエメルダから離れるけど、エメルダは大人しくそのまま公爵家に帰ってね?」
「大人しくって、私の方が年上よ?」
たった2歳差でしょ?
俺から見たらエメルダの方が子供っぽいよ。
思っていることは言わずに、エメルダが年上ぶるのが可愛くてクスクス笑いながら髪を触り、話を合わせる。
「そうだね」
また固まった。
本当に殿下に手を出されていなかったみたいでよかったよ。
王宮に着くと、俺はエメルダ達と別れてすぐにある人の所に向かった。
時刻は夕食終わったかなくらいであまり会いに行くには適していない時間だが、急ぎなんだから仕方がない。
近くを歩いている使用人にこれから会いたい旨を伝えてもらい、俺は応接室で目的の人物を待った。
出された紅茶の香りをゆっくり楽しみながら、物思いにふける。
今回のことでエメルダは完全に陛下に目をつけられる。
公爵家の令嬢としてではなく、エメルダ・オーウェンとして。
こんな日がいつか来るんじゃないかと思っていた。
俺はエメルダと殿下が婚約した6年前からずっと、2人の婚約破棄のために動いてきた。
出来るだけ早く殿下との政略結婚が無くなるように、これから伸びしろのある国に留学して内情を探って、飛び級して、国の情勢を伝えやすく且つ、俺の発言力が強くなる様に外交補佐にまでなった。
婚約が危ぶまれた時にすぐに動けるように、王妃や側妃に献上する物を買い、婚約破棄の意向同意書まで作って宰相である父に頼み込んでサインをしてもらったのに。
いくら宰相のサインが入っていてもあれは公的文書じゃない。
本当は効力なんて無いに等しい。
お願いだから、順調に婚約破棄してよ。
俺を選んでよ。
エメルダに出会ったのは8年前だった。
エメルダが10歳。俺は8歳。
「か、可愛い‼‼‼」
エメルダは俺と出会って開口一番、挨拶も忘れて俺を可愛いと言った。
俺としては本当によく言われる言葉。
(うん、よく言われる。でも、どうせお前もそのうち僕の事を気持ち悪いって言うんだろうな)
初めてエメルダを見た時は期待もしていないし、公爵家の令嬢だから顔を覚えておこうかなくらいだった。
俺はエメルダと出会うまで、感情が欠落した子供だった。
いつもニコニコして従順。
大人には扱いやすいからか可愛がられるけど、子供達は知り合ってしばらくすると俺を気持ち悪いと言った。
何を考えているか分からないと。
そんなもの、俺の方が分からない。
他の人間みたいに感情が動かないのが俺にとっての当たり前。
むしろ、すぐに泣いたり怒ったり拗ねたり何でそんなにコロコロ感情が動くの?
俺とは別の生き物なの???
全てに対してあまり興味も執着も無いから、物を取られても嫌がらせされても好きだと言われても同じ笑顔で返す。
彼らには、それがひどく怖くて気持ち悪いらしい。
最初は可愛いって言って近づく令嬢もそのうちすぐに居なくなる。
エメルダもそれと同類だと思っていた。
始めて会って、父親に挨拶を促され我に返ったエメルダは令嬢らしい挨拶をして、俺をとても可愛がった。
「髪の毛サラサラね!触っても良い⁉」
「わぁ、首傾げている姿も可愛い!」
「抱きしめても良い⁉」
「頭撫でてもいい⁉」
俺は珍獣か。
家同士のつながりもあり、会う回数も多い。しょっちゅう会うたびにエメルダは俺を可愛がる。
別に何かされることに抵抗も執着も無いから好きな様にさせていた。
でも、いつも出会ってすぐに強く抱きしめてくれて、今まで知らなかった人の温かさを感じて俺は少しずつエメルダに会うのが楽しみになっていた。
今日は会えるかな、次会ったら何を話そう。
この花が好きだって言っていたから、摘んでいこうか。
たった少し、興味という気持ちを知るだけで物の見え方すら変わってくる。
両親も兄も、俺にあまり関心が無い。
よく言うことを聞いてニコニコして手がかからないからか、叱ることも可愛がることもしない。
日常の会話も、会話というよりは報告だ。
そんな俺にとってエメルダの存在は徐々に大きくなり、初めて〝恐怖〟という感情を覚えた。
エメルダはいつまで俺を可愛いと言ってくれる?
今日は大丈夫?
明日は??
明後日は???
いつ、ずっと表情が変わらず笑顔しか無い俺を、気持ち悪いと突き放す時が来るのだろうと怖かった。
だから初めて俺から離れた。
エメルダに気持ち悪いと言われるくらいならいっそ、と自分から距離を置いて、エメルダが訪ねてきても仮病を使った。
しばらくはエメルダも俺の家まで来て心配してくれたが、それも少なくなっていき、一ヵ月を過ぎる頃には全く来なくなった。
俺のしたことを思えば当然の結果なのに、俺は初めて〝悲しい〟〝寂しい〟と泣いた。
自分でも、これだけ感情が動いたのが初めてでどうしていいか分からず、大声で泣いた。
珍しく兄が心配して来たがそんなことどうでもよくて、ただひたすらにベッドに突っ伏していた。
それから暫くして、王宮のお茶会に呼ばれた。
エメルダは公爵家の令嬢で絶対お茶会に居るけど、流石に王家のお茶会を断るわけにはいかなかった。
そこで事件が起こった。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
次は14時更新です。
ちなみに殺人事件ではありません(笑)