第5話 恐怖!乙女ゲームの裏事情‼
「エメルダ嬢、今までの所業本当に申し訳無かった。心から償いをさせてもらう。もちろん今までの君の落ちた評判の回復にも全力で努めさせてもらう」
「本当に悪かった。謝ってすむ問題じゃないけど謝らせてくれ」
エレンとクリスに頭を下げられて、私はというと微妙な心境だった。
確かに、攻略対象者達の振る舞いは傷ついた。
でも、それは何というか、ゲームの強制力的な物で彼らに非は無い気が……いや、3割くらいはあるか。
「謝罪を受け入れます」
「感謝する」
「ありがとう、本当に悪かった」
「エメルダの無実も晴れて一件落着だね」
リントが新緑の瞳で目を細めながら笑いかけてくる。
可愛い‼抱きしめたい!髪撫でたい!
「そうね、ありがとう」
私はリントを撫で繰り回したい欲求を押し殺して平静を装って答えた。
唇がむずむずしながら答えたけど、大丈夫だっただろうか。
リントと再会してから何回可愛いと思っているだろう。6年前はただ、弟みたいな心境で好きだと思っていたけど、今なら分かる。
私はリントが1人の男性として好きなんだ。
劇的に恋に落ちるというよりは、今更になって気がついた感じの落ち着いた恋だけど、自覚するととても納得する。
恋すると変わってしまう人もいるけれど、私はある意味6年越しだから変わらないのだろうか。
恋すると変わる……。
あれ?何か変じゃない?
今まで、ゲームの強制力で攻略対象者3人とも変わってしまったと思ったけど、本当にこの世界の神の力的な物なら彼ら3人が正気に戻ったのはおかしくない?
この監禁事件含めて今まで起こった事は全て、この世界の常識の範囲内で全て説明できる。
むしろゲーム内では語られず、こちらの世界に来てからの情報の方が役立っている。
この古倉庫のこととか。
……何でアリスはこの古倉庫の仕掛けを知っていたんだろう?
偶然?いえ、偶然見つけるにしては条件が厳しすぎる。
何かあると思って探さないと不可能だ。
「そもそもこの古倉庫は何でこんな仕掛けがあるのかしら?」
ふむとエレンが顎に手を当てた。
「推測だが、この古倉庫は前王家からの物だったのではないだろうか?この学園は確か前王家の王妃宮があったところを取りつぶし、造った物だ」
「前王家……」
ゲームでは語られなかったが、4代前の王家は凄まじく腐敗していたらしい。
贅の限りを尽くし、国民を苦しめた。
それを諫め、王家を乗っ取ったのが第一王子、クライスの居る現王家だ。
私はもう一度倉庫内を見た。
この倉庫、窓が無いことが少し気になっていたが前王家の物だとすると分かる気がする。
木箱が無ければ、窓も無く四方を平らな壁に囲まれ、外側から鍵をかけられると自力で出ることが出来ない空間。
上の隠し通路、今回は人の出入りに使われたが、足場になる木箱が無ければ本来は人の出入りは不可能だ。
木箱が無い状態で逃げられず、上から入れられる物が例えば獣とか毒虫とかだったら……。
うん。怖い、考えるのをやめよう。
気を取り直してこれからのことを考えようとすると、エレンが手に持っているピンクの宝石が光るブレスレットが目に入った。
あれ?乙女ゲーム云々かんぬんを全て取っ払って現実的に考えていくともしかして……。
「エメルダ?」
リントが黙り込む私を心配そうに見つめる。
あ、可愛い。いや、そうじゃない。
「リント、いえ誰でもいいんだけど惚れ薬的な物って本当にあると思う?」
「「「惚れ薬???」」」
「……エメルダ嬢、殿下は確かにアリスに心酔しているが今回の件を話せば考えを改めると思う。いくら何でも殿下に薬を盛るのは良くない」
「エメルダ、あの紙の事忘れてないよね?」
エレンが冷静に頭を抱え、リントがにっこりとそれは素敵な笑顔で笑いかけてくる。
紙=婚約破棄の意向同意書である。
もちろん、忘れていません。えぇ忘れていませんとも!
いかなることがあろうとも、復縁を望んだ場合死刑!
やっぱり偶にリントは怖いわね。
私はリントの可愛い笑顔に笑顔で返す。
「勘違いしないで私が使うんじゃないわ。殿下がよくマフィンを食べていたのを思い出したの。殿下は確か甘い物がそんなに好きじゃなかったはずよね?クリスとエレンも食べた?」
クリスは顎に手を当てながら、嬉しそうに言った。
「食べたなぁ、あれすっげー美味いんだよな。食べたらこう、幸せぇって思って」
エレンも無表情が瓦解して微笑んでいる。
「確かに、あれは特別な感じがしたな」
やっぱり、マフィンには薬が盛られているっぽい。
だとするとその薬の知識の出どころは……。
「エレンそのブレスレット見せてもらえる?」
「あ、あぁ」
エレンからブレスレットを受け取ると私は手に持っているランタンに透かしてじっくりと観察した。
銀で出来た、いびつな三角形の装飾をチェーンでつなぎ止め、一つだけピンク色の宝石がついている。
「……これ、きちんと鑑定しないと分からないけど多分ピンクダイヤモンドね。しかもすごく純度が高い」
「「「え⁉」」」
ピンクダイヤモンドは極めて希少価値が高く、それゆえ高額で取引されている。
ここまで純度が高い物は公爵令嬢の私でも見たことが無く、もちろん男爵令嬢がおいそれと買える物ではない。
私はチェーンを外し、銀の装飾品を取り出した。
「ちょ、人の物をそんな風に!」
クリスが止めに入ろうとするが、それを無言でエレンが制止した。
リントは私からランタンを受け取り、手元を照らしてくれている。
銀の装飾は一見すると、ただの可愛くない不完全な三角形が4つ。
でもこの形ってまるで、1つのキューブを対角線に切ったみたいなのよね。
じっくり見て三角形をはめていくと思った通り、中心に穴が開いたキューブが出来た。
ちょうどランタンを手元で照らしてくれていたこともあり、その〝穴〟の使用用途がすぐに分かった。
「まさか……」
クリスが思わず声をこぼす。
その場に居た全員が立ちつくし、ランタンの光を通りキューブの穴を通った床の影を見ている。
その陰にはライオンを模した様な紋章が浮かび上がっている。
その紋章の意味するのは前王家の証。
「アリスは前王家の血を引いた生き残りということね」
ゲームでは語られなかったこの世界の常識の1つに前王家の存在がある。
王妃教育で一般人が知らない所まで教えてもらったが、前王家は薬学に精通した家の令嬢を王妃に迎え入れたことから堕落が始まったとされている。
贅の限りを尽くし国民が飢えて亡くなっても見向きもせず、更に税を上げるなどの暴挙を振る舞い、それに憤りを感じた当時の王国騎士団団長が反旗を翻し、王家を打ち取り、現王家になったとされている。
確か、当時7歳の幼い王女は処刑されずに修道院行きになったのよね。
その王女から血と知識、そしてこのブレスレットが受け継がれたとなれば納得できる。
「「「「……」」」」
いや、想像より事件の背景が大きい‼
乙女ゲームの裏側ってこんなに怖いの⁉
私はブルッと震えて、思わずリントの袖を掴んだ。
ピクッとリントが反応して肩が揺れる。
「あっ!ごめん、つい」
すぐに手を放してリントの顔を伺うと、いつもの様にニコニコと笑って…………いない‼‼‼
むしろ私に向ける視線がかつて見たことが無いほどに鋭い‼
怖い‼
前王家やアリスのこと、殿下のこと、全て忘れて私の頭の中では警戒アラームがけたたましく鳴り響いている。
前代未聞の緊急事態発生!
嫌だった?
もしかして嫌だった⁉
袖掴まれてそこまで嫌ってどんだけ⁉
え⁉私って嫌われてるの???
「ご、ごめん、そのつい袖掴んじゃって。そんなに嫌だって思わなくて」
慌ててリントに謝るが、リントは私の目を無表情にじっと見つめる。
そして、急にふっと笑った。
あ、可愛い。
ほっと和んだのもつかの間、リントは私の後頭部に手をまわし額にキスしてきた。
「「「???」」」
にっこりと最上級に可愛い笑顔を、赤面している私に向ける。
「好きだよエメルダ」
「えぇぇえぇ⁉」
クリスが奇声ともとれる叫びをした。
今⁉ここで言う⁉
「え⁉あの、私まだ婚約中で……」
脳内処理が追い付かず、でも取り敢えずこれは伝えなければならないと口を動かす。
背後ではエレンの独り言が聞こえた。
「私は何を見せられているんだ」
いや、本当にね。
リントどうしたの。
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次は13時に投稿します。