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第2話 同意書

「なるほどねぇ。それで婚約破棄か」

「そう、そんなに好きならそちらで婚約すれば良いと思うの。ただこのままだと濡れ衣着せられた上に不当に婚約破棄されそうで……」


私はリントに殿下がアリスに夢中になっており、婚約者の義務を果たさず濡れ衣を着せてくること、こちらから円満に婚約破棄をしたいが取り合ってくれないことを伝えた。


もちろん転生云々は言っていない。

いや、普通に言えないでしょ。

リントに頭おかしくなったって思われたく無いし。



リントは顎に手を当てて、机をトントンと指で叩いている。

彼が物事を考える時の癖だ。


その姿が懐かしくて可愛くて思わず魅入ってしまう。

サラサラで毛が細く、触ると気持ちのいい銀髪、悪戯っぽいわりに思慮深く光る新緑の瞳。



「俺ってそんなにかっこよくなった?」


しまった、見すぎた。

ニヤリとリントが笑って顔を覗き込んでくる。


「カッコいい、よりやっぱり可愛いなぁって思ってた」

「えぇ?じゃあ昔みたいに抱きしめてくれる?」

「それはしない。だってもう16でしょ?」


私の答えにリントは目を輝かせた。

「いいね、頑張ったかいがあった。じゃあ、殿下に会いに行こうか?約束は取り付けてあるんだ」


そういうと自然と私の手を取って立ち上がらせる。立って気がついたが、身長が抜かされている。


昔は背が小さく、6年前は私の腕の中にすっぽり入るのが可愛くて、よく抱きしめていたのに。

今でも一般男性よりは少し小さいがそれでもヒールを履いた私より大きい。


「今から?やっぱりリントだから会ってもらえるのね。私のこと殿下には?」

「エメルダのことは言ってないし、俺だからって言うより殿下はコレ目当てだよ」


軽く旅行鞄を持ち上げて見せてくれた。


何が入っているんだろうとリントを見ると、悪戯っぽくウィンクされる。


「殿下が欲しがっている物を土産に持ってきましたって手紙に書いたんだ」

「欲しがってるもの?それって聞いてもいい?」


「いいけど、俺も知らないよ?色々持ってきて話の流れで一番食いつき良さそうな物を渡そうと思ってさ。殿下が想像した物じゃなくてもそれは勝手に殿下が思っただけでしょ?」


「そ、そうね」


なるほど。とりあえず会うこと優先ってことね。




リントにエスコートされて殿下の執務室に着くと、殿下は私を見るなり激高した。


「何で貴様がここにいるんだ!俺はリントだから会ったのに‼」


おぉ、凄まじい。

ここまで激怒されるといっそ清々しくなる。


側近の攻略対象の二人は偶々居ないようでとても都合が良い。


リントが目の色を変えて何か言おうとしたが、私はそれを抑える様にすぐに殿下に近寄った。


リントはたかだか二歳とはいえ可愛い年下だ。

全てにおいて任せるなど言語道断。私のプライドが許さない。

ここまで連れてきてくれただけで十分。


「殿下、息を深く吸ってください」

「ハァ⁉なんだ!また何か企んで」


「息を、深く、吸ってください」

「お前がアリスに何をしようと」


「殿下が息を吸ってもアリスさんに害はありません。深く、5秒息を吸ってください」


興奮して怒鳴り散らそうとする殿下にゆっくり落ち着く様に冷静に話しかける。

殿下が戸惑って言葉に詰まっているうちに軽く手拍子を加えて数を数え始める。


「1、2,3,4,5いいですね、流石です。ではゆっくり細く息を吐きましょう。今度は10秒です。そう、やはり殿下は飲み込みが早いですね」


息を吸っただけで何が流石で、ただの深呼吸に飲み込みが早いも何も無いのだが、今の殿下の様子から考えて褒めてみた。


「なんなんだ一体」

「落ち着きましたか?では、座ってみましょう。そうだ今日は暖かいのでペパーミントのハーブティーなどいかがでしょうか?」


「え、あ、あぁ」

殿下の思考が止まっているうちに殿下の執務室でありながら誘導してソファに座らせ、侍女にペパーミントのハーブティーを持ってくるように指示をする。


リントもすぐに座らせた方が良いと場所を確認すると、ちゃっかり殿下の正面に既に座ってクスクス笑っている。


空気の読める子‼でも笑って殿下の怒りには着火させないでね。


「では殿下、婚約の破棄についてご相談が」

「お前との婚約を続けているのは仕方が無く‼……破棄?」

「はい、破棄です」


きょとんと殿下は目を丸くしている。

やっと話を出来る状態になったようだ。


「私、殿下にはもっとふさわしい方が居ると気がつきました。ですから殿下にはその方と婚姻していただくためにも私は婚約破棄をしたいのです」


じっと殿下は綺麗な青い瞳で睨んでくる。

久しぶりに何かを考えている姿を見るわね。


感心したのもつかの間、素っ頓狂な返事が返って来た。


「そんなこと言って、アリスに嫉妬してまた何か企んでいるんじゃないだろうな」

「え?エメルダって殿下のこと男として好きだったことあったの?」


リントが意外!と声高に聞いてくる。少々演技臭い。


「無いわね」

「ですって殿下、良かったですね!男として見られていないそうですよ‼」

「…………」


もしかして、リントはこの殿下の変わりように怒っているのだろうか。

先ほどから笑顔なのに、図書館の時と違って嘘くさいしそれを隠そうともしていない。


「それと、そんなお互いを信じられないお2人に良いものを持ってきました」


「「良いもの?」」


リントは鞄の中から3枚の紙を机に置いた。


全て同じ事が書いてあるようで、タイトルは婚約破棄の意向を認める同意書。

と書かれている。


「これにサインしていただければ、これから2人の婚約破棄のために動き出して途中でやっぱりやめた、復縁しよう!なんて馬鹿げたことは心配しなくてよくなります。あっ、父にも第三者の確認としてサインはもらっているので安心してください」


なんだろう。リントがちょっと怖い。


いや、この同意書は殿下を説得するうえでとても助かる。でも、準備が良すぎない?

そして笑顔が怖い。

私達が無言でいるとリントは更に畳みかける。


「えぇ?2人ともどうしたんですか?嫌だなぁ、もしかしてこれだけ周りの人間を巻き込んでいて本気じゃなかったとか無いですよね?」


「リント……その、この同意書を無視して復縁を望んだ場合、望んだ側が『死刑』っていうのは……」

「うん、復縁せずに婚約破棄すれば問題無いね。エメルダもそのつもりでここまで来たんだよね?」


ズイッと顔を近づけて笑顔で見下ろされる。さっきまで可愛くキラキラしていた新緑の瞳が今はギラギラと輝いている。

やっぱりちょっと怖い。



ただまぁ、うん。婚約破棄するしか道が無いのだから。


そして復縁することなどありえないし、自分から復縁を望まなければ良いのだから書いてもいいか。


同意書と共に出されていたペンを握り、サインを始めると殿下もおずおずとそれに倣ってサインをする。

その姿をリントは晴れやかな笑顔で見つめていた。


「じゃあ、3枚書いてもらって、1枚ずつ2人に、もう1枚は父に渡します。もしもの時に効力を発揮するために父にもサインしてもらっているので」


「…………」


サクサクと進めていくリントに対し、当事者である私達は終始押され気味になっている。



「じゃ!次は現実的に内容を詰めていきましょうか!」

パンと手を打ってリントが空気を変える。

現実的に、か。


ゲームで婚約破棄が成立するのはエメルダ(私)がアリスを虐めて廊下の窓から突き落として殺そうとするのが最後の引き金だった。


ただ、私が悪いから婚約破棄というのは絶対に嫌だ。

目的と手段を見誤ってはいけない。


あくまでも目的は自身の身の安全のためなのだ。


「殿下から陛下に婚約破棄を打診していただくことは出来ないでしょうか?」


「難しいな。この婚約は政略結婚だ。いくら他に愛する人が出来たと言ってもなら側室にしろと一蹴されて終わりだな」


おぉ⁉

殿下が!殿下が正気に戻った⁉


「それなら、エメルダよりも更に条件の良い政略結婚をするためと言えばいいんですよ」


殿下の変化に喜んでいると、リントが優雅にハーブティーの香りを楽しみながら呟いた。

既に一仕事終えたかの様な雰囲気だけど、これからが本番だからね?


あ、でもリントにお願いしていたのは殿下と会わせてもらうことだから既に終わっているのか。


そう思いながらも聞いてみる。


「私よりも条件が良い?公爵家よりも条件が良いなんてあるの?」


「ある。さっきも話したけどこの6年で世界の情勢は変わりつつあるんだ。

今、殿下との婚約を考えるなら俺が留学に行っていたシャルベンス王国の王女かな。


年は18で殿下と同じだし、金の採掘方法を変えたことであそこは今、世界で有数の金の採掘国なんだ。国交をより強く結ばない手はないよね」



「それだと俺とアリスとの婚姻が結べないじゃないか」


「だから、それを婚約破棄の理由にだけ使うんですよ殿下」

にっこりと子供を諭すように告げるリント。


殿下が18歳、私が18歳、リントは16歳と一番年下のはずが一番余裕を醸し出している。


「婚約破棄の口実に使うだけで、その後、実際にシャルベンス王国の王女と婚約や婚姻が出来るかは別です。

何せあちらは今引く手数多ですから、頑張ってもちょっと難しいところですね。でも、莫大な利益が見込めるので国としてやらない手は無いでしょう」


「なるほど」


「では、殿下はその方向で。まず王妃殿下に相談した後、王妃殿下と共に陛下に打診してください。あ、シャルベンス王国の物で王妃殿下に献上品があるのでよろしければこちらどうぞ」


リントが鞄から取り出したのは箱に入った上質な金細工のネックレスと金糸。


ネックレスは金細工ではあるが金を全面に押し出した様な下品な作りではなく、中心となる青色の宝石を上手く引き立たせている。


金糸も、金が上質だからか何か製法が違うのか、光を浴びて通常の物よりも目を惹きつけるように輝いている。


そういえば、王妃様は瞳の色が青で刺繍が趣味だ。


「流石外交補佐ね。相手の好みを良く把握しているわ」

「これくらい普通だよ。それにまだ外交補佐の補佐って感じだけど」


照れたようにリントは頬をかく。

あ、可愛いリントに戻った。


「では殿下、これで失礼します。くれぐれも同意書の件は内密にお願いします。画策していることが他所にバレるといらない火種が出てきますので」

「あ、あぁ。分かった」


終わってみると、殿下との話し合いのほとんどがリントのペースで私は何か釈然としない気持ちでいた。


いや、良いんだけど、とてもスムーズに話が進んでありがたいし。

でも、これは何かお礼でもしないといけないかしら。


執務室をリントにエスコートしてもらいながら退室しつつ、私はリントへのお礼を考えており、準備が良すぎることには思いいたらなかった。






通常あるだろうか。


エメルダからリントへの手紙では婚約のこと、としか伝えていないにも関わらず婚約破棄の意向同意書が既に用意されており、しかも父親である宰相のサイン付き。


そして、偶然にもリントの留学先に殿下にあてがうのに丁度いい王女が居て、そこの国からのお土産が王妃の好みど真ん中。


いや、どんな偶然だ。


次の更新は10時30分頃です。


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